野蛮王子と傭兵団ととびきりの家庭料理7
「おい、メイド! 飯はまだできねえのか!? こっちゃもう腹が減って、どうにかなりそうだぜ!」
私が調理を始めて、数時間後。
意外にも大人しく待ってくれていた傭兵団の皆さんが、ついにしびれを切らして騒ぎ出しました。
「はいはい、ただいま! もうまもなくできますから!」
私はワンオペの厨房から顔を出し、そう叫び返します。
ああもう、できたら呼びに行くから、自由にしててくださいって言ったのに!
「そもそも、一人であの人数分の料理を用意しろってのが無茶すぎるわよ、もう!」
最後の追い込みをしながら、ぶつくさと文句を言う私。
いつも的確に手助けしてくれるアンや、メイドのみんながいないとやっぱり大変です。
だけど、まあ……一人で思うままに料理するってのもなんだか久しぶりで、楽しいことは楽しいですけども。
「おい、いい加減にしろ! もうよそに飯食いに行っちまうぞ!」
ついに我慢できなくなったのか、傭兵さんの一人が厨房にやってきて怒鳴ります。
ちょうどよかったので、私はそのモヒカンヘアーの人にこう言い返しました。
「今終わったところです! はい、あなた、料理を運んで!」
「えっ!? おっ、おい、俺は客だぞ!? 客に料理を運ばせるたあ、おまえ……」
「早く食べたいんでしょう? 手を動かせば、それだけ早く食事にありつけます。さあ、早く運んでください!」
「お、おう……。なんだよ、ちくしょう。……でも、なんか美味そうな匂いだな、これ……」
と、白いスープの詰まった大鍋を運びながら、鼻をクンクンさせるモヒカンさん。
さらに、こちらの様子をうかがっていたほかの傭兵さんたちにも、私は声をかけました。
「あなたたちも、ちゃっちゃと運んでください! さあ、早く!」
「ええー……。聞いてた話と違う……。俺たちゃ、国賓だからデカい面してろって言われたのに……」
なんて、ブツクサ言いながらも素直に料理と皿を運んでくれる傭兵さんたち。
王子様の子分をこき使うのはやっぱりまずいかしら、と一瞬思いましたが、まあこの人たちは私と同じ平民なのでいいでしょう。
それに、なんだかんだと言いつつも、できた料理を運びながら、嬉しそうな顔してますし。この人たち。
騒ぎ出したのも、料理の良い匂いがただよってきて、我慢できなくなったからでしょう。
そうして、大量の料理と皿を並べ終わると、私はウルリックと傭兵さんたちに、満面の笑みで言ったのでした。
「お待たせしました! こちら、シャーリィ流の家庭料理にございます! どうぞ、存分に召し上がってください!」
そう、今日のテーマは、家庭料理。
お腹いっぱいになれる、とびきりの料理を多数取り揃えてみました。
ですが……それに対する傭兵さんたちの反応は、なんとも微妙なものでした。
「……いや、召し上がってください、と言われても……」
と、目の前に並ぶ料理を見て、困惑する皆様。
そして、口々に文句を言い始めました。
「いざ並べてみると、なんだ、この見たことねェ料理の山は? それにこの白いスープ、匂いはいいんだが……野菜が入ってんのかこれ? 俺ぁ、野菜は嫌いだ! 貧乏くさいからな!」
「ああ、なんか思ってたのと違う。なんだ、この黄色い奴の上に、赤いのが塗りたくってある妙な料理は?」
「この茶色いのも、なんだこれ。肉をこねて焼いたものか? 俺は肉なら、そのまま焼いたのをガブリと食うのが好きだ。なんでこんなことするかねえ」
なんて、先ほどまでの嬉しそうな表情はどこへやら、料理にダメ出しを始める傭兵さんたち。
んまっ、外見に似合わずうるさいやつらです!
「そちらの白いのは、シチューでございます。黄色いのは、オムライス。茶色いのは、チーズインハンバーグ。どれも、絶品でございますよ。食べたら、ほっぺが落ちること間違いなし!」
「けどよぉ……」
「ほらほら、グダグダ言ってないで、料理の感想は食べてからにしてくださいな! 味を知れば、見た目も好きになりますから!」
と、私が力説すると、なおも文句を言おうとしていた傭兵さんたちは、うっと言葉を飲み込みました。
そして、それに便乗するようにウルリックが言います。
「こいつの言うとおりだ。まずは食ってからってやつよ。とりあえず試してみて、それからお前らの意見を聞かせてくれ」
「ま、まあ……。ボスが、そう言うなら」
そう応えると、傭兵さんたちはしぶしぶといった様子でナイフやフォークを手に取り、丁寧にナプキンをつけて言います。
「よし、じゃあ食ってやる! けど、お前、まずかったら許さねえからな!」
なんて、いきがって私の料理に挑みかかる皆さん。
そして、数分後──。
「うおおおっ……! う、美味え、美味すぎるぅ! なんだ、このシチューとかいうスープ、五臓六腑に染み込みやがる……! とろっとろのあまあまで、肉だけじゃねえ、野菜がこんなにもうめえなんて!」
「オムライスっ! なんだこりゃ、未知の味だが美味すぎる! 卵料理なんざ、大したもんじゃねえと思ってたが……赤くて甘いケチャップライスとやらと、トロトロ卵が絡み合い、口の中で完璧なハーモニーを奏でやがるううう!」
「うっ、嘘だろ、なんだこのハンバーグってやつ、あまりにも俺が知ってる肉料理と別格すぎる……! 噛めば噛むほど肉汁があふれてきて、それがソースやチーズと絡み合って、遥かなる高みへといざなってくれる! 食えば食うほど新しい衝撃だ、こんなの最高すぎる!!!」
「こっ、この鶏肉を揚げた、からあげとかいうやつ、なんだこれ、美味いってもんじゃねえ! パリッと揚がった外側と、肉汁あふれる中が一体となって、口の中で美味しさが爆発しやがる! ああっ、さらにレモンを絞るとそれに酸味が加わって……美味ええええええ!」
「そ、それに、この発泡酒、なんだこりゃ、ありえねえぐらい美味え……。この国が、酒の美味い国なんて聞いてねえぞ! 冷たい酒ってのも、悪くねえなあ! おかわり!」
と、狂ったように料理をむさぼりながら、美味しいの大合唱をするみなさん。
……いやあ……思ってた以上に、この人たち、ちょろいなあ……。
なんだかんだ言ってたくせに、食べ始めたらあっというまにこの様です。
でも、こうなる自信はありました。
なにしろ、シチューは、カレーと並んで私の得意料理なのですから!
アガタ農園のとびきり健康野菜をしっかり下準備し、じっくりコトコト煮込んだそれは、まさに絶品!
野菜と新鮮な牛乳の甘みがこれでもかと味わえ、さらに一緒に煮込まれた最高級の鶏肉が、ぷりっぷりの触感で素晴らしい味を発揮してくれて、どれをすくって食べても最高の一口が味わえます。
しかも今回は、粒コーン入り!
噛むとぷちりとはじける後入れコーンが、違う種類の甘みとともに、楽しい食感を演出してくれます。
さらにオムライスは、しっかり炒めて甘さを引き出したケチャップライスを、とろふわ卵で覆った自信作。
卵が固いタイプではなく、今回は気取って、お店風のトロトロ半熟卵にしてみました。
彼らにしてみれば、ケチャップは未知の調味料であり、それをふんだんに使ったオムライスは理解しかねる一品でしょうけども。
まあ、世界が違えども、オムライスが嫌いな人なんてそうはいないです。でしょ?
ハンバーグに唐揚げは、言うまでもありませんね。
こんな、いかにもお肉が好きそうな人たちに、これがウケないわけがない!
さらに、今回はいわゆるチューリップ唐揚げもご用意いたしました。
独特の形状で揚げたそれにかじりつきながら、大喜びでビールを飲み干す傭兵さんたち。
いやあ、実に絵になっています。見てるこっちまでお腹が空いちゃうような光景、ってやつでしょうか。
先ほどまでの困惑はどこへやら、完全に宴会モードに突入した傭兵さんたち。
なにはともあれ、お口に合ったようで良かったです。
……と、それはいい、のですが。
私的に、どうしても気になることが。
それは。
(……なんでこの人たち、王子であるウルリックより語彙が豊富なんだろう……。流ちょうに食レポするならず者って、なんかやだなあ……)
と、どうしようもなく思ってしまったのでした。
……まあ、嬉しいですけど。それに、達成感もあります。
なにしろ、これは私の大好きな、日本の家庭料理のオンパレード。
それを、長い研究を経て、私はほぼ完ぺきに再現できるまでになったのですから!
ここにある何気ない料理たちは、この世界で私が頑張ってきたことの総決算。
それを、こうして人様にふるまい、喜んでもらうこと。
それこそが、私の誇りなのです!
どうですか、美味しいでしょう、日本の料理は。
素敵でしょう、日本の料理は!
なんて、私が言葉にできずとも鼻高々で思っていると。
そこで、驚くべきことが起きました。
なんと、傭兵さんのお一人が、急に涙を流し始めたのです!




