シャーリィと恋と決戦の舞踏会16
舞踏会が終わり、無事に迎えた新年のこと。
王宮の王の間に、この国の重鎮の皆さまが勢ぞろいしてらっしゃいました。
「我らが王、偉大なるウィリアム賢王。御身が正しく統治なさる新たなる年は、我が国にとって栄光の年となることでしょう!」
王座に座すおぼっちゃまの前で片膝を突き、宰相ティボー様が心底嬉しそうにおっしゃいます。
その背後には、あらゆる有力貴族様と、将軍の皆様。
全員、片膝を突き、誇らしそうにおぼっちゃまへと忠誠を誓っています。
そして、おぼっちゃまの傍らには、笑顔の大司教様。
この国の、あらゆる皆さまが、今やおぼっちゃまの王権を認めているのでございます!
「皆の者。お主らの忠誠、余は嬉しく思う」
王様らしく、厳かに口を開かれるおぼっちゃま。
そして、立派な配下を見回して、ご自身の考えを口になさいました。
「まず、余は国を富ませ、お主らの豊かさを保証しよう。そして、それと同時に、民が穏やかに過ごせる国にしたいと考えている」
そして、一呼吸いれ、王の間の隅っこにいる私にちらりと視線を送ってくださり、続けます。
「知ってはいると思うが、余の周りには、平民出の者たちも多く、よく尽くしてくれておる。彼らが、才覚、誠意、努力を発揮し、我らを支えてくれているのだ。それは国の力に他ならぬ。余は、民の力を信じている。彼らが、それを発揮できる国であるように、責任ある者として努めるつもりだ。どうか、お主らもそうであってほしい」
「全ては、御身のお心のままに!」
それに同意するように、全員がうやうやしく頭を垂れました。
その素晴らしい光景を見て、私は思わず目元をぬぐってしまいます。
(うっ、うっ……。おぼっちゃま、おめでとうございます……!)
長い長い戦いでしたが、ついに、ここまできたのです。
もはや、おぼっちゃまに敵はなし。
我が国の未来は、保証されたようなものでございます!
……ですが、その前に。
王宮では、少しだけ、騒動が起こったのでした。
◆ ◆ ◆
「……いいか、おまえら。これが最後のチャンスだ。一気にウィリアムの野郎の首を取り、腑抜けた騎士どもを一掃し、この国を俺たちがいただく。いいなっ!」
王宮の離れにある一室で、数十人の男たちが、密談を交わしていました。
その輪の中心にいるのは、誰であろう、オーギュステの部下であるギリガンでした。
二度ローレンスに負けた彼は、それでも懲りずに、最後のチャンスを狙っていたのでございます。
「王宮の見取り図は完璧に頭に入っているな? 陽動部隊と、実行部隊の連携が重要だ。ヘマすんじゃねえぞ! それと……」
語気荒く、部下たちに最後の確認を行うギリガン。
ですが、その時、見張りをしていた男が声を上げました。
「ギリガン親分! 敵が来る! ローレンスと部下たちだ! 計画が、ばれっ……」
そこまで言ったところで、見張りの男は、とびかかってきた兵士に取り押さえられてしまいました。
「なにっ、馬鹿なっ……」
ギリガンが焦った声を出す間にも、部屋へと兵士たちが乱入し、次々と部下たちを捕縛していきます。
そして、その中を縫うようにして、鎧姿の男がギリガンめがけて突っ込んできました。
「ギリガン!」
「ローレンス! 貴様ぁ……!」
慌てて、腰の剣を引き抜くギリガン。
ですが、構えを取るより早く、それはローレンスが振るった剣によって弾き飛ばされてしまいました。
「ぐっ……!」
そして、ギリガンの喉元に、ぴたり、とローレンスの剣が突きつけられます。
恐怖に固まるギリガン。
そんな彼に、ローレンスは、冷徹な瞳で言ったのでした。
「言ったはずだ、剣のほうが得意だと。……愚かな野心など捨てて、とっとと逃げるべきだったな。ギリガン」
「……ローレンスぅ……!」
そう、ギリガンの計画は、すべてローレンスに筒抜けだったのでした。
もはや、何も言えなくなったギリガンを、ローレンスの部下たちが手際よく捕縛します。
そんな彼を冷たく見下ろすローレンスを見て、部下たちがささやき合いました。
「ローレンス隊長、なんだか機嫌が悪いな……なにかあったのか?」
「それがな、噂では女に振られたらしい」
「えっ、あの隊長が!? 嘘だろ、そんな女いるのか!」
そんな部下たちの噂話に、ローレンスは気づいていましたが、あえて無反応を通します。
ですが、心の中では、深いため息をついたのでした。
(はあ……)
やはり、自分はシャーリィの事が好きだったのだと、改めて思わずにはいられません。
ギリガンに八つ当たりしても、ちっとも気分は晴れないのでした。
◆ ◆ ◆
そして、同じ日に、離れで怠惰な時間を過ごしていたオーギュステにも、ついに使いがやってきたのでした。
「オーギュステ閣下。お迎えに上がりました。今後は、僧院で御身をお守りしたくあります」
それは、多数の兵士を連れ立った神官でございました。
自分を取り囲む彼らを見て、オーギュステは気だるげに言います。
「なんだ、処刑ではないのか? ウィリアムも、甘いやつだ。殺しておいた方が、後腐れのないものを」
オーギュステは愚かな男ですが、この期に及んで悪あがきをするほどではありません。
ギリガンの一件も、彼が勝手にやったこと。
自分をだました悪女エレミアにもまんまと逃げられ、オーギュステは、いよいよ運命を受け入れることにしたのでした。
「やれやれ、短い夢であったか。さらば、華の日々よ」
そう言うと、オーギュステは静かに立ち上がり、大人しく連行されていきます。
そして、王宮の正面入り口に差し掛かったあたりで。
誰かが、彼に駆け寄ってきたのでした。
「オーギュステ様!」
「……貴様……」
それは、オーギュステも知っている顔でした。
ウィリアムの部下の、奇妙な料理を出す、生意気なメイド。
自分の野望を阻んだ憎い相手の顔を見て、オーギュステは思わず顔を歪ませます。
「なんだ、貴様! 俺を笑いに来たのか!?」
「ちっ、違います! え、えと、その……こちらを、お渡ししようと……」
そう言うと、その可愛い顔をしたメイドは、そっと大きなバスケットを差し出してきました。
「なんだ、これは?」
「その、お料理と、甘い物が入っております。よろしければ、馬車の中でお召し上がりいただきたいと……」
「……貴様! 平民の分際で、この俺に、憐れみをかけるつもりか!」
カッとなったオーギュステが叫ぶと、そのメイドは、ヒッと首をすくめましたが、やがて恐る恐るといった様子で言います。
「で、でも、その……。僧院では、お肉や甘い物は食べられないと思いますので……。せ、せめてもと思いまして……」
「……」
その言葉に、オーギュステは沈黙し、額に手を当てて考え込みます。
そして、やがてそっぽを向いたまま、そっとバスケットに手を伸ばしたのでした。
「……もらっておく」
「はい! あ、以前お気に入りでしたチーズケーキも入っております! あと、ドーナツやチョコも入っておりますので、どうかお楽しみください!」
それは、自分が作ったチーズケーキを美味しいと言ってくれた彼への、シャーリィからのせめてものお礼でした。
そんな彼女を一瞥し、そして、そのまま何も言わないまま。
オーギュステは、王宮を去って行ったのでした。
◆ ◆ ◆
こうして、オーギュステは馬車に乗せられて行ってしまったのでした。
それを、私シャーリィは静かに見送ります。
面白い人でした……もう少し、しっかりと向き合いたかったぐらいに。
敵でなければ、あの方とも良い時間を過ごせたのかもしれないな、なんて。
仲良さげに歓談する、おぼっちゃまとオーギュステ。
そんな二人に、おやつをお出しする自分を、私は妄想してしまいます。
「でも……これで、ようやく平和になるわね」
こうして、王宮を大いに騒がせた人々は、多種多様に去っていき。
エルドリアの王宮には、久方ぶりの平穏が、戻ってきたのでした。
後は、元の生活に戻り、楽しく毎日お料理を頑張るだけ。
また、忙しくも騒がしい毎日が戻ってくる。
──そう、思ったのですが。
実は、この後すぐに。
私には、人生最大ともいえる大事件が待っていたのでございます。
◆ ◆ ◆
「……あれが、エルドリアの王都か」
小高い丘から街を見下ろし、馬に乗った、若い男がつぶやきました。
「チンケな小国にしちゃ、立派な街だ。悪くない」
「へへ、ボス。いただいちまうつもりですかい?」
その男を取り囲む、いかつい男たち。
どこからどう見ても山賊かならず者にしか見えない彼らに、若い男は言います。
「さあてな。新しく王になったとかいうガキの態度次第かな。だが、なんでもこの国は今、美味いものが流行ってるらしい」
そして、彼……細身だが鍛え抜かれた肉体の、若い男はにやりと笑って言ったのでした。
「場合によっちゃ、兄貴への、良いみやげが手に入るかもしれねえな」




