シャーリィと恋と決戦の舞踏会15
「……聞かせてくれ」
お話がございます、と私が言うと、ローレンス様はゆっくりと立ち上がり、真面目な顔でおっしゃいました。
なので、私はそのお顔を見つめ、緊張しながら続けます。
「ローレンス様のお誘い、嬉しかったです。私に、本気で好きだって言ってくれたのは、ローレンス様が初めてだから。でも……」
そして、私はそっと目を逸らすと、深く頭を下げ。
か細い声で、言ったのでした。
「ごめんなさい。私は、ローレンス様とはお付き合いできません」
それを言うことは、とても勇気のいることでした。
みんな、どうしてこんなことができているのか、不思議なぐらい。
心臓がぎゅっと縮み上がり、頭の中は申し訳なさでいっぱい。
──知らなかった。
人の思いを断ることが、こんなに、辛く苦しいことだなんて。
「……」
それに対して帰ってきたのは、沈黙でした。
ローレンス様が何か言いだすのを、私は頭を下げたままじっと待っています。
ですが、いつまでも沈黙が続き、耐えきれなくなった私が、そっと視線を上げると。
ローレンス様は、苦しそうにお顔をわずかに歪ませつつも、どこか、その事を知っていたというような表情をなさってらっしゃいました。
「ローレンス様……」
「……いや、大丈夫だ。わかっている。……そうなるだろう、とは思っていた」
私が声をかけると、ローレンス様は視線を逸らし、独り言のようにそうおっしゃいます。
そして、やがて小さく頭を振ると、ささやくように続けました。
「理由を……聞いても、いいだろうか。やはり、陛下のことか?」
「……はい。でも、それはおそらく、ローレンス様が思ってらっしゃるのとは違うことですわ」
「違うこと?」
「ローレンス様は、私が、おぼっちゃまのことを異性として好きなのだと思ってらっしゃるのでしょう。……実は、私も少しだけ、そうなのかなって思ったこともあるのです」
そう言って、私は王宮のほうに視線を向けます。
ようやく、おぼっちゃまが正当なる王として認められ、本当におぼっちゃまのものとなった美しい王宮。
その一翼を自分が担えたと思うと、誇らしく思えて仕方ありません。
人に、仕える喜び。心の底から、お力になりたいと思える人と出会えた幸運。
それを、私は全身で感じていました。
「でも、先ほど、アシュリーお嬢様と踊ってらっしゃるおぼっちゃまを見て、思ったんです。なんて、素晴らしいんだろうって。とても絵になっていて……お二人がご結婚なさったら、さぞかし素敵なお子様が生まれてくるだろうと」
「……」
「私は、おぼっちゃまの踊りの相手が、お嬢様じゃなく私ならいいのに、なんて思いませんでした。それよりも、お二人が今後仲を深めていくために、素敵なスイーツを出したり、結婚式にお料理をお出ししたり、それにお二人のお子様にも最高のおやつを出したりしたい。それが、私の幸せだって気づいたんです」
そう、私はやはり料理が命の女。
料理を通じて、私は世界を見るのです。
おぼっちゃまへの誠意は、あくまで、仕える者、料理を作る者としての真心。
だって、私は……この王宮で、おぼっちゃまが、私の作ったものを心の底から美味しそうに召し上がってくださる。
その光景こそを、愛しているのですから!
「だから、私は誰とも結婚したりしません。生涯を、この王宮で、料理とおぼっちゃまのために尽くしたいと思います。だから……ごめんなさい」
「……そうか」
ローレンス様は、小さくそうつぶやくと、どさっとベンチにお座りになりました。
そして、お顔に手を添えたままうつむいてしまわれたので、私は慌ててしまいます。
「だっ……大丈夫ですか? その、ごめんなさい、私っ……」
「……いや、違う。そうじゃない。君が悪いんじゃないんだ。ただ……」
そう言うと、ローレンス様はようやくお顔をお上げになり、そして、私の手をそっと取り。
心の底から心配そうな声でおっしゃったのです。
「──君の気持ちは分かった。だが……これっきり、私ともう二度と関わらない、なんて、どうか言わないでくれ」
「えっ……」
「勢いで、好きだと言ってしまって、私は正直、とても焦っていたんだ。君のことを好きなのは、本当だ。恋人にも、できればなりたかった。だが……それより心配だったのは、君との時間を失うことだった」
「ローレンス様……」
「もし、このままうまくいかなかったら、もう二度と、君との穏やかな時間を持てないのかと。それが恐ろしくて、柄にもなく、馬鹿な事ばかりしてしまった……すまない。だけど……」
そう言うと、ローレンス様は、ぎゅっと手に力を込めて続けます。
「どうか、これからも、友達でいてくれないだろうか。勝手な私の、勝手な願いだが。私は……君が陛下との時間を愛しているように、君との時間を、愛しているんだ」
それを聞いて、私はようやく理解したのでした。
告白は、される以上に、するほうが辛い。
きっと、ローレンス様にとって、今日までの時間はとても辛いものだったのでしょう。
ああ、私はなんて愚かなのでしょうか。
泰然としていて、特別に見えるローレンス様だって、私と同じ人間なのです。
それを、私は自分のことに手いっぱいで、相手の気持ちまで考えられないなんて。
「そんなの……こちらこそ、お願いいたしますわ」
ぎゅっと手を握り返して、ローレンス様のお顔を見つめます。
その瞳には、私と、背後に広がる満天の星空が輝いていて、とても印象的でした。
「私の宝物は、おぼっちゃまだけではありません。ローレンス様と王宮で過ごす時間。それもまた、私は愛しているのですから」
「シャーリィ……」
「だから。これからも、よろしくお願いします。……ずっと、仲良くしましょうね」
それに、ローレンス様は、まだどこか痛みを引きずった様子で、だけど小さく微笑んで応えてくださいました。
「ああ。シャーリィ。どうか、これからもよろしく頼む──」
◆ ◆ ◆
「はあ……」
話し終え、ローレンス様がお先に会場に戻り、私は一人ベンチに腰掛けます。
ちゃんと、気持ちを伝えられたでしょうか。
ローレンス様は、どう思われたでしょう。
いろんな考えが頭をよぎり、やったことを思い返し。
そして、私はがっくりと肩を落としたのでした。
「ああ……勿体ないこと、したかなああああ!」
なんということでしょう。
あんなにはっきりお断りしたのに。
あろうことか、私は、少し後悔していたのでした!
まあ、そりゃそうです。
国一番の美形と言われ、強く、優しく、あんなに良い人なローレンス様に恋人になってくれと言われるなんて、普通に考えればありえないことなのです。
ましてや、私みたいな変な女、貰ってくれる人のほうが珍しい。
だというのに、私は、料理に人生をかけるからごめんなさいだなんて。
「ありえない……ありえないわっ、私!」
と、常識的な判断ができない自分にがっかりしてしまいます。
他に好きな人がいるとかならわかりますが、普通こんな断り方しないでしょう。
今でさえこんなに後悔しているんだから、未来ではもっと後悔することでしょう……アンたちが結婚して、みんなで集まった時に「そういえばシャーリィっていつまで未婚なの?」とか言われた時に、特に。
「いやいや。でも、素直な気持ちだから。自分に嘘はついてないから。それに、ローレンス様も今は気の迷いであんなことを言っても、私と毎日過ごしたりしたら嫌でも目が覚めるはずだから。うん、しょうがない、しょうがない」
なんて、自分に言い訳をしまくる私。
ああ、結局、ローレンス様との結婚にもちゃんと未練があったんだなあ、なんて。
それに、ローレンス様のご両親と、義理の家族になるというのも、きっと素敵だったはず。
なのに、すべては水の泡です。
ああ、こうして私は、自分の人生の、たぶん一度きりの恋愛行事を台無しにしたのでした。
「はあ。いいんだ、幸福は人それぞれ。もっともっと料理を研究して、この国を食の大発信地にするんだ。うん、そうだ、それっきゃない!」
そう自分に言い聞かせ、ガバっと立ち上がる私。
そうと決めれば、こんな動きにくいドレスを着て、慣れないヒールでヨタヨタしながら、恋愛漫画の主人公みたいなことをしている場合ではありません。
そろそろ皆様お腹いっぱいで、大量の皿を片付ける作業が待っているはず。
いつまでも油を売ってないで、そろそろメイドに戻らなきゃ!
そう決心して、元気よく歩き出そうとした、その瞬間。
背後から、よく知っている声が聞こえてきました。
「シャーリィ」
「きゃっ!?」
突然のことに、びっくりして振り返る私。
すると、そこにいたのは……おぼっちゃま!?
「おっ、おぼっちゃま!? どうなさったのです、お一人で!」
「少し、抜け出してきた。お主がこちらに行くのを見たので」
「抜け出してきたって、主催者のおぼっちゃまがそんな……」
「構わん、つまらぬ話ばかりで退屈していたのだ。……それより……」
そういうと、おぼっちゃまは、そわそわと周囲を見回し、そして、少し照れくさそうにおっしゃいました。
「……ローレンスは? ローレンスと、二人だったのではないのか」
「ああ……。ローレンス様なら、先に戻られました」
「む、そうか。入れ違いになったか。そうか……うむ……」
そして、おぼっちゃまは深く考え込む顔をなさり。
そして、うつむいたまま、小さな声でおっしゃったのです。
「……シャーリィ。お主は……ローレンスと、結婚、するのか? メイドを、辞めて」
……そうか。
それで、ようやくわかりました。
おぼっちゃまは、それが気になって来てくださったのね。
私が、お嫁に行って、王宮から出ていくことを心配して。
「お主の、プライベートを詮索するのは、どうかとは思う。だが、余は……」
おぼっちゃまが、らしくなく動揺した感じでそう言うので、私は安心させようとニッコリほほ笑んで、こうお応えしたのです。
「お断りしました」
「えっ……。け、結婚を、か?」
「はい。私、王宮に骨を埋めるつもりなので。将来の夢は、メイド長。生きてる限り、王宮でお料理をし続けますわ! そしていつまでも、おぼっちゃまにお仕えしますとも!」
そう元気に言うと、曇っていたおぼっちゃまのお顔が、ぱあっと明るくなりました。
ああ、なんて可愛らしいお顔。
少年から若者へと差し掛かろうとしていても、やはり、そのお顔はとっても愛らしいままです。
ああ。こんなふうに笑ってくださるなら。
私の選んだ未来は、きっと間違っていなかったのでしょう。
「あっ……」
その時、空からちらほらと雪が舞ってまいりました。
いつの間にか、空には雪雲がかかっていたのです。
前世の世界なら、ホワイトクリスマスといったところでしょうか。
「……雪か。綺麗だな、シャーリィ」
「はい、おぼっちゃま」
二人で、しばしそれを見上げ。
そして、やがておぼっちゃまが、すっとこちらに手を差し出しました。
「シャーリィ。一曲だけ、余と踊ってはくれぬか」
「……こちらで、でございますか?」
「ああ。嫌か?」
「いいえ、ちっとも!」
そう言うと、私はそっとおぼっちゃまの手を握り。
雪が舞う噴水の側、王宮から漏れ聞こえてくる音楽を頼りに、私たちは二人きりで、静かに寄り添い、ぬくもりを感じながら踊りあったのでした。
なんだか最終回みたいな雰囲気ですが、もう少しだけ続きます。
最後までお付き合いいただけたら嬉しいです!
また、まもなく漫画が始まりますので、タイトルをそちらに統一いたしました。
元のタイトルが好きだったのに、という方もいらっしゃるかもしれませんが、新しいタイトルも愛してくださると嬉しいです!
漫画は11月12日から漫画アプリPalcyにて更新が始まるようです。
とても面白いですので、ぜひよろしくお願いいたします!




