赤くて美味しい素敵なあいつ9
「ごめんね、シャーリィ。反省してる。結果的に、私がジャクリーンのやつを焚き付けちゃった……」
「いいのよ、アン。だってあなた、私達のために怒ってくれたんじゃない」
申し訳無さそうに言うアンに、私はそう答えます。
アンは、本当に一生懸命手伝ってくれました。本気で頑張ったことを、あんなふうに邪魔されたからそりゃ腹も立つでしょう。
そんな事を考えていると、じっとトマト鍋を見つめていたアガタが言いました。
「ねえシャーリィ、そろそろ煮えたんじゃない? どんな味なのか気になって、さすがに待ちきれないわ」
「あ、そうね。もう十分煮えたわね」
煮過ぎはよくありません。具材の味が飛んでしまいます。
そう考えつつ、鍋の中身、鶏肉やブロッコリーなんかを、たっぷりのスープとともに全員のお椀によそいます。
そして全員で軽く手を合わせた後、スープをスプーンで掬って口にしたアガタが、驚いた顔をしました。
「やだ、おいしい! 真っ赤なスープがどんな味するのかと思ったけど、凄く美味しいわ! こんな味になるんだ……シャーリィ、やっぱりあんた料理の天才ね!」
「ありがたきお言葉」
大げさに畏まってみせる私。
トマト鍋のレシピを考えたのは私ではないですが、作ったのは私なのでここは喜んでいいところでしょう。
しかし我ながら良い出来です!
アガタ特製の健康野菜たちが本当に良い働きをしてくれています。
トマト鍋とは、各種調味料で味付けした出汁の中に、細かく刻んだトマトを加え、具材を煮込む料理。
単純ですが味わい深く、手軽なのに満足感のあるお鍋なのでした。
トマトの中の、リコピンだかなんだかいうやつが体にいいとかそんな話を聞いたこともありますが、私は単純に美味しいから好きです。
トマト鍋の特徴は、トマトのほのかな酸味と、具材から染み出す旨味のハーモニー。
そして、その中で煮込まれたぷるぷるの鶏肉のおいしさ。
さらに、スープをよく吸ったお野菜やきのこ。どれもこれも美味しくて、ああ、たまりません!
「このスープ、ほんと美味しいわ! でも、トマトの味だけじゃないわね。あんた、何入れたの? シャーリィ」
すぐにおかわりを自分でよそったアガタが言いました。鋭い。
どうやらアガタはいい味覚を持っているようです。
「うん、出汁に私特製の魔法の粉を入れたの」
「魔法の粉ぁ? なにそれ」
「料理に旨味を与えてくれる調味料よ」
不審そうなアガタに、少しおどけて答えます。
そう、私が入れたのは魔法の粉。
それは家から持ち込んだ、いくつもの瓶の一つ。
いろんな具材を乾燥させ、細かく砕いた、自家製のだしの素なのでした。
その中身は、乾燥させたニンジンなどのお野菜と、きのこ類、そしてなにより昆布です。
驚きなのですが、なんとこの国では、海があるのに昆布はまるで食べられていません。
いえ、そもそも食べ物として認知されていません。海藻類全般が。
ですが、それはあまりに勿体ない。
そう考えた私は漁師さんにお願いして昆布を分けてもらい、それを自分で乾燥させて乾物を作っていたのでした。
この国、エルドリアの海はとても綺麗でミネラル豊富なので、昆布もまた実に良き味わい。
昆布で出汁をとったお鍋は我が両親にも好評で、そんな昆布を私は他の乾燥させた具材とともに細かく砕き、瓶に詰めて常にストックしているのでした。
乾燥したそれらには旨味が濃縮されており、下味として投入すると、ちょっとした料理でもぐっと美味しくなるのです。
しかし、得意げな私に、アガタが不思議そうに聞いてきます。
「ウマミ……? なにそれ」
おっと、いけない。
この世界には旨味という言葉がないので、ついつい元の言葉で言ってしまいました。
旨味という概念は、たしか日本人特有だとかなんだとか、前世で聞いた気がします。だから海外でも旨味はウマミと言うんだとかなんだか。
ただの伝聞なので、真偽は知りませんけれども。
まあ前世の話なのでそのあたりはどうでもいいのですが、この世界でどう伝えればいいのかは悩んでしまいますね。
……それに正直、私も”旨味”がなんなのかイマイチよくわかってませんし。
「えーと、ウマミは味に深さを与える、なんかこう……あれよ」
「どれよ?」
私のふわふわした説明に、アガタが鋭いツッコミをいれてきますが、すぐに表情を変えて続けました。
「まあいいわ、美味しければ何でも。私の作った野菜をここまで美味しくしてくれるなら、文句ないわね」
あらやだ、嬉しい。
ほんと生産者に喜ばれるっていいですね。
などとほんわかしていると、トマト鍋をぱくぱく食べていたアンが恨みがましい顔で言いました。
「ああ、それにしても、悔しい。ジャクリーンのやつ、ほんと何様よ!」
あらあら、アンったら。美味しいものを食べながら、そんなおっかない顔をするもんじゃないですよ。
「大体、なんのかんの言ってたけど、最後はローレンス様がどうとか。結局、自分が嫉妬してるだけじゃないの! 浅ましい奴!」
「まあまあ」
などとキレ散らかしてるアンをどうにか宥めます。
すると、アガタが申し訳そうな顔で言いました。
「うーん。まあでも、私、そのジャクリーンって子の気持ちもちょっとわかるけどね」
「えっ、嘘! アガタ、あんたあいつの肩を持つの!?」
驚いたアンが、信じられないという顔で叫びます。
いやあ、しかしちょっと前までアガタのことを魔女様ーって呼んでたのに、もうこの遠慮のなさ。アンもいい性格をしています。
「肩を持つわけじゃないけど……相手の立場で考えてみなさいよ。いきなりやってきた新人がいきなりメイド頭になって、しかもどんどん結果を出していってる。それって、先輩からしたら結構焦るし嫌じゃない?」
「うっ……」
「私だって、ある日急に新人の魔女が来て、私と同じ権限を与えられて、更に成果を出してきたら焦るわよ。特にそのジャクリーンとかいう子、一番下っ端のメイド頭なんでしょ? 上から抑えられ、下から突き上げられるプレッシャーは相当だと思うわ」
うわあ、正論。ド正論です。とても耳が痛い。
「たしかに、そうよね……。私、悪い事してるかも」
トマト鍋をかき混ぜながら、思わず弱音を吐きます。
私にとって料理とは、娯楽かつ人生そのもの。とても素晴らしい、大事なものです。
ですが、それが人を傷つけているとしたらどうすればいいのか。
そんな事を考えてしまった私に、ですがアガタは言いました。
「あら、別に悪くはないわよ。私はあくまで、相手の気持ちもわかるって言っただけ。あんたたちの結果は、あんたたちの頑張りによるものだもの。なーんにも悪くない。相手も、負けたくないなら頑張ればいいだけの話でしょ」
「……そういうもの?」
「そういうものよ。第一、悔しいからってそんな嫌がらせしてるようじゃ全然駄目ね。料理で負けたのなら、料理で勝たなきゃ。そいつのしてることはろくでもないことだし、あんたらのしてることは立派なことよ。堂々としてなさいな」
そしてアガタは、私の目をじっと見つめながら続けました。
「だからね、あんたたちはもっともっと頑張って王子様に素敵なおやつをお出しして、前に進みなさい。進み続ければ、他人の嫉妬なんて聞こえなくなってくるものよ。でも、それでも苦しい時は、私の所に来なさい。……美味しいフルーツでも出して、愚痴ぐらいは聞いてあげるわよ」
そう言って、ニコリと微笑むアガタ。
その笑顔は本当にチャーミングで、私は思わず思ってしまいました。
ああ、アガタ。なんて良い人なんでしょう。私、アガタのこと、大好きです。
「うわーん、アガタ、ありがとう! この王宮の中で、私の友達はシャーリィとあんただけよぉ!」
「はいはい、あんたは怒ったり泣いたり忙しいわねえ。よしよし」
半泣きで抱きつくアンと、よしよしと頭をなでてあげるアガタ。
まるで仲のいい姉妹のようです。いえ、年齢はアンのほうが上だと思いますけども。
それを微笑ましく見ながら、私はそっと全員のお椀におかわりをよそいます。
王宮の中で、三人、鍋を囲んで過ごす穏やかな時間。
その後も三人でいろんな事を話し、夜は静かに更けていきます。
こうして、私に、アンの他にもう一人。
アガタという、大切な友だちが出来たのでした。
──そして、翌日。
早起きして、しっかりと身支度を調えた私は心機一転。
気合いを入れてキッチンに赴き、次なる料理の開発に取り掛かるのでした。
「おぼっちゃまを飽きさせるわけにはいかないわ。次は、私の大好きなアレをお出しするっきゃない!」
ケチャップがある。チーズがある。小麦がある。そして、いろんな具材も。
なら、アレが作れます。そう……平べったくて、夢の国のように華やかな、とっても素敵なあの料理を。
さて、何が出来上がるのかは……次のお話での、お楽しみ。
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