シャーリィと恋と決戦の舞踏会14
「ふんふーん……。ねえシャーリィ、あんた、手入れは適当なくせに、いつも髪はサラサラで綺麗ねえ! ほんと、嫉妬しちゃう!」
なんて、私の髪をデッコデコにデコりながら言うアン。
場所は、王宮内の私の部屋。
そこで、私はお父様が用意してくれたとっておきのドレスに着替え、アンに化粧を施され、好き勝手に髪をいじくられているところでした。
「ねえ、アン。もういいんじゃない? 髪なんて、そんなにいじったって大して変わらないわよ」
「ダメダメ! あんたは、今からメイドの代表者として舞踏会デビューするのよ? 半端な状態で出したら、メイドの恥よ。完璧のさらに上を行くわよ、覚悟しなさい!」
と、ニコニコ笑顔で言いきるアン。
こうなっては、もう抵抗は無駄なので、黙って言いなりになるしかありません。
「……ねえ、アン」
「なあに? シャーリィ」
「聞かないのね? いろんなこと」
アンは、今だに私とローレンス様、それにおぼっちゃまとの関係を聞いてきたりしません。
気にならないはずはないのに。
気を使ってくれてるのかな、と思っていると、アンが笑顔のまま言いました。
「そりゃね。気にはなるけど……問いただしたりはしないわ。だって、言っていいことならあんたから言ってくれるだろうし。それに、良いことだと思うもの」
「良いこと?」
「うん。あんたって、料理料理で他のことにはあんまり興味を示さないでしょ? でもね、人生にはいろんな喜びがあると私は思うの。それこそ、出会いだったり、恋愛だったり。苦しい時もあるだろうけど、それでも人生にはそういう喜びもあったほうが、きっといいのよ」
そして、アンは一呼吸入れると、優しくこう言ってくれたのでした。
「私はね。あんたとの出会いが、本当に良かったことだと思ってるし、他の人もきっとそうだと思う。あんたの周りの人は、いつも笑顔だもの。だからね……あんたにも、笑顔でいて欲しいなって思ってるわ」
「アン……」
「私から、ああしろこうしろとは言わないわ。だからね、あんたは自分で考えて、一番いいと思うことを選んで。大丈夫、なにがどうなっても、私はあんたの隣にいるから。……でも、もし、困った時は。その時は、いつでも私に頼ってよね!」
そう言って、アンは後ろから私をぎゅっと抱きしめてくれました。
それがとても暖かくて、心強くて、私はそっとアンの手に自分の手を重ねます。
ありがとう、アン。
私こそ……この王宮で、あなたに出会えてよかった。
あなたとの出会いは、人生の宝物。心の底から、そう思えるわ。
そして、それはローレンス様とも同じこと。
あの方と出会えたことも、確かに私の宝物なのです。
だからこそ。
ちゃんと、自分の気持ちを伝えなきゃ。
◆ ◆ ◆
「おおっ……! 誰だ、あれは。美しい……!」
ついに支度が済み、ドレス姿で舞踏会の会場に戻ると、周囲からそんな声が聞こえてきました。
どこのご令嬢だろう、だとか、誰かの愛人ではないか、だとか。
どうも皆さん私だと気づいてないようで、アンがしてくれたお化粧が凄すぎて驚いてしまいます。
さすが、粧して化けると書いて化粧と言うだけありますね。
「き、君。良ければ私と踊ってくれないか」
「いや、ぜひ私と。その後は、私の部屋で酒でも……」
効果がありすぎて、着飾った若い貴族の皆様が集まってきてしまいました。
なので、私はフリフリで動きにくくて仕方ない白いドレスを揺らしながら、頭を下げ、丁重にお断りする羽目になったのです。
「申し訳ありません。先約がありまして」
「先約? 一体誰と……」
と、貴族の方がいぶかしげに言ったところで、ぬっとローレンス様がいらっしゃいました。
そして、笑顔を浮かべつつも、周囲を威嚇するようにおっしゃったのです。
「失礼。私とです。申し訳ないですが、今夜はお譲り願いたい」
「ろ、ローレンス卿……。あなたの恋人でしたか。これは失礼」
「さすがですね、これほどの女性をお連れとは。正直、うらやましい」
そう言い残すと、貴族の皆様はスタコラと去っていきました。
あらやだ、ローレンス様ったら、意外と恐れられているのね。
まあ、そうでなければ騎士団長なんて務まらないのでしょうけども。
なんて考えていると、ローレンス様が私の顔を見つめ、驚いた様子でおっしゃいました。
「驚いたな……。これほど変わるものか。一瞬、誰かわからなかった」
「ええ、凄いですよね、アンのお化粧」
「別に、化粧だけではないだろう。君が元から美しいから、化粧も映えるのだ」
なんて歯の浮くセリフを言うと、ローレンス様がすっと手を差し出してきました。
「では、さっそく一曲踊っていただけるだろうか」
「ええ、でも、その前に一つだけお断りしておきたいことが」
「なんだい?」
「……私、ダンスは凄く下手なんです。しかも、ヒールなんて数えるほどしか履いたことがありません。なので、踏まれて足に穴が空いても恨まないでください」
と、私は高いヒールでヨタヨタと揺れながら言ったのでした。
◆ ◆ ◆
「……そう、それでいい。ゆっくり、マイペースで。大丈夫、私がフォローするから」
行儀見習いとして最低限は教えられていましたが、どうにもダンスは苦手な私。
そんな私を、ローレンス様はスローテンポの曲を見計らって連れ出してくださいました。
「そう、それでいい。無理に上手く踊ろうとしなくて大丈夫だ」
「あ、ありがとうございます」
私の腰に手を回し、手を握って穏やかにリードしてくださるローレンス様。
周りには貴族の皆様も踊ってらっしゃるので、ぶつかってしまわないか気が気ではなかったのですが、そのあたりもしっかり私の手綱を握ってくださいます。
「本当に、ローレンス様は何でもお上手ですね」
「そう見せかけているだけだ。本当は、私もダンスなんて苦手でね。実は、周りに合わせてそれっぽく体を揺らしてるだけなんだ」
「まあ、ローレンス様ったら」
優しいほほえみで、冗談を口にするローレンス様。
しかし、正直ちょっと驚きました。
人とダンスを踊るのが、こんなに楽しいものだなんて。
正直私は、ダンスの何が面白いのかを今まで理解できていなかったのですが。
二人で呼吸を合わせ、ダンスの形を作るのはなかなかに楽しいです。
ぴったりと身を寄せ合って、互いの顔を間近で見つめ、気持ちを重ねあう時間。
わずかな所作からローレンス様の気配りや優しさを感じ、今までにないほど深く分かり合えている気分になれます。
なるほど、これはほかの方とも踊ってみたいな、なんて私が思っていると、そこでローレンス様が私の耳元でおっしゃいました。
「先ほどの貴族たちだが。奴らの仲間も、無事確保した。問題なく片付いた、安心してくれ」
先ほどの貴族、とは私を拉致しようとした、あの三人組のことでしょう。
なるほど、ダンスに誘ってくださったのは、こっそりとそのことを教えてくれるためでしたか。
本当に、なんと気配りの行き届いた方でしょう。
「ありがとうございます、ローレンス様」
「なんてことはない。君のためなら」
そう言って、私の目をじっと見つめてくるローレンス様。
いつも向き合ってお菓子を食べる仲でしたが、この距離はさすがに初めてです。
ローレンス様が私の腰に当てた手がじんわりと熱く、なんだか不思議な感じでした。
「まあ、なんて絵になっているのかしら。さすがローレンス様だわ……」
「相手は、どこの女なの!? ああ、もう、嫉妬しちゃう!」
遠くから、ご令嬢たちがそんなことを言っているのが聞こえてきます。
どうやらローレンス様に恥をかかさなくて済んで、ほっとしてしまう私。
ですが、その時。
ふと、私の視線があらぬほうに飛びました。
そこにいたのは……大勢の人々に囲まれた、おぼっちゃま。
「……」
おぼっちゃまは、周りからあれこれと話しかけられながら、じっとこちらを見ていました。
私が交際を申し込まれた相手が誰なのかは言っていなかったのですが、きっとお気づきになられたのでしょう。
その顔は、どこか寂しそうで、悲しそうで……。
ですが、そこでアシュリーお嬢様がおぼっちゃまに近づいていくのが見えました。
「陛下。今宵は、特別な夜。よろしければ、私と……」
「……ああ、そうだな。踊ろうか、アシュリー」
おぼっちゃまの返事を聞いて、頬を紅く染め、ぱっと笑顔を浮かべるお嬢様。
そして、二人は手に手を取り合い、輪の中心で優雅に踊りだしたのでした。
「わあ、さすが陛下! 素晴らしい足捌きだわ!」
「アシュリーお嬢様も、さすが名家のご令嬢だ! あの歳であんなに優雅に踊れるなんて、実に素晴らしい!」
なんて、手放しに二人を絶賛する皆様方。
それは私から見ても実に優雅で、素敵で、絵になっていたのでした。
「……」
まるで、よく出来た絵画のように美しいお二人。
まさしくお似合いの二人を見て、私はある事を感じていました。
すると、そんな私を見て、ローレンス様が不思議そうにおっしゃいます。
「……シャーリィ?」
「あっ、ごめんなさい、ローレンス様。余所見なんてしてしまって」
そう言うと、改めてローレンス様にぎゅっと抱き着き、ダンスに集中する私。
そして──私は、ようやく、自分の気持ちを決めたのでした。
◆ ◆ ◆
「……さすがに、外は少し寒いな。シャーリィ、大丈夫か?」
「ええ。むしろ、火照った体にちょうどいいです」
ひとしきり踊り、少し外の空気を吸おうと、会場を後にした私とローレンス様。
王宮の庭にある、ジョシュアによって改造され七色に輝く噴水のところで腰を下ろし、そんな言葉を掛け合ったのでした。
ライトアップされた噴水の向こうに、冬の寒空が映え、星座たちが強い輝きを放つ夜。
あまり、私は景色に感動するタイプではないのですが。
この瞬間だけは、なんだかとても特別に見えたのです。
「……綺麗だな」
「ええ、とっても」
一緒に空を見上げ、感想を言い合う時間。
なるほど、世の人々が恋愛に精を出す理由が、なんだかちょっとだけ私にも理解ができました。
こうして、自分を好きだという人と特別な時間を共有すること。
それが、こんなにも人生に彩を加えてくれるなんて。
「……」
「……」
噴水の側のベンチに隣り合って座り、ただ穏やかな時間を過ごす私たち。
ずっと、こうしてもいいのかもしれない。
そう、思ったけども。
私は、決心してそっと立ち上がると、ローレンス様に向き合い、こう言ったのでした。
「ローレンス様。──お話が、ございます」




