シャーリィと恋と決戦の舞踏会12
寿司や豪華な食事で盛り上がる舞踏会。
その中で忙しく動き回っていた私シャーリィは、そこで、ふとある事に気づきました。
「あれっ!? エレミアのほう、誰も人がいない!?」
そう、ライバルであるはずのエレミアの料理は完全に放置され、誰にも見向きもされていないのです。
いつのまにか、会場にいる全員がこっちに来ていたのです。どうりで忙しいわけだ!
「どうしてこんなことに……? まだまだ厳しい勝負が続くと思ってたのに……」
不思議に思っていると、そこで、トコトコとこちらに歩いてくる、小さな人影に気づきます。
一瞬誰だかわかりませんでしたが、なんとそれは、可愛らしいドレスを身にまとった、わが友アガタではありませんか!
「アガタ! うわ、可愛い! いつもの服も良いけど、そのドレス、とっても素敵よ!」
「馬鹿、お世辞はいいわよ」
と、私が素直な感想を口にすると、アガタはぷいっと顔を逸らしましたが、まんざらでもなさそうです。
「それより。約束通り、偽物の魔女は私が退治しておいたわよ」
「えっ? うそ、じゃあ……エレミアの料理のほうに誰もいないのは、アガタがやったってこと!?」
「まあね。大したやつでもなかったわ。ちょっと脅したら、しっぽ巻いて逃げちゃった」
そう言って、ふふんと笑い、胸を張るアガタ。
ああ、なんて頼もしい……。
私は、なんて凄い子と友達になれたのでしょう。
素晴らしい食材を提供してくれるだけじゃなくて、こんなことまでしてくれるなんて。
彼女には、どれだけ感謝してもしたりません。
「ありがとうね、アガタ。本当に、ありがとう!」
「……馬鹿ね。感謝するのは、私のほうよ」
「感謝? アガタが、私に? どうして?」
「どうしてって、アンタはいつも私の可愛い野菜たちをとびきり美味しくしてくれるし、その、わ、私と、いつも、仲良くしてくれるし……アンタがいると、寂しくないし……いや、その……」
そこまで言ったところで、みるみるアガタは頬を赤く染め、やがて怒るように言ったのでした。
「うっ、うるさい! とにかく、アンタと私の間で他人行儀なのはなしでしょ! アンタの敵は私の敵! それだけよ、わかった!?」
「ふふ、そうね! それでももう一度だけ言わせて、アガタ! ありがとう!」
なんて、私たちがじゃれあっていると。
そこで、会場にとても聞き覚えのある声が響きました。
「本日お集まりの皆様! これより劇場にて、特別な演劇を披露させていただきます! 異国より伝わりしその演目の名は……『ロミオとジュリエット』!」
その声は、私のもう一人の友、塔の魔女ジョシュアのものでした。
周囲の視線が集まる中、男性用の礼服で着飾った彼女は、堂々たる様子で続けます。
「主役を務めますは、こちら。モンタギュー家の一人息子ロミオと、キャピュレット家の一人娘ジュリエット! 対立する両家に生まれた二人は、なんと道ならぬ恋に落ちたのでございます!」
その言葉とともに、美しい男女が姿を現わし、皆様に深々と頭を下げてご挨拶をしました。
彼らは、街の大衆演劇の役者さん。
それを、ジョシュアが雇い入れ、今日の日のために劇の稽古をつけてきたのです。
「さて、二人の恋の結末とはいかなるものか。劇場で、お食事をしながらお楽しみいただけます。もちろん、素晴らしきスシも。どうぞ、お見逃しなく!」
そうジョシュアが締めくくると、貴族のご令嬢たちが、一斉に顔を見合わせました。
そして、やがて頬を上気させると、勢いよく立ち上がり、色めき立ったのでございます!
「こっ……これは、見逃せないわ! なんだか、凄い劇な予感がする!」
「嘘でしょ、どうなるの!? ロミオ様、素敵だったわ!」
「行きましょう、行きましょう! 料理はあちらで食べればいいわ! 良い席は取り合いになりますわよ!」
一気に移動が始まる会場。
それを見て、娘や息子を持つ貴族様たちも、動揺した様子でつぶやきます。
「た、対立する家の子と恋だと? な、なんたるテーマだ」
「こ、これは見ておかねばなりませんぞ。うちのがそうなったら、どうなることやら……!」
そう、この時代においてそれは他人事ではありません。
結末を確認しておかねば、と彼らもまた寿司の皿を抱えて、慌てて劇場へと飛んでいきました。
ああ、なんて騒がしい舞踏会!
こんなことは前代未聞なのではないでしょうか。
そんなことを考えていると、ジョシュアがこっちにやってきて、気取った様子で言いました。
「やあ、美しいご両人。せめてもの援護射撃と、シャーリィに聞いたとびきりの演劇を用意していたんだが。どうやら、僕が出る幕もなく、君たち二人でやってしまったようだね?」
そう、ロミオとジュリエットは、私がジョシュアに伝えたものでした。
ジョシュアは演劇にも興味があって、私の世界のそれを知りたがったのです。
正直、私も演劇に特に詳しいわけではなかったのですが、シェイクスピア作品だけはいくつか知っておりした。
前世の世界の友達が演劇好きで、ついてきてくれたらご飯をおごると言われて、よく付き合わされていたからです。
そうして話した中で、ジョシュアはロミジュリを特に気に入り、この世界で広めるべきだと言い出したのです。
そして、どうせなら舞踏会に合わせてやって、そこで私側の料理を出せば人を集められるだろうとも。
そう、この友も、私の力になろうとしてくれていたのです。
私は、なんていい友達を持ったことでしょう!
「ううん、やってくれたのはアガタよ。彼女が全部助けてくれたの」
「何言ってんの、あいつをやり込めても、アンタの料理がないとどうにもならなかったでしょ。シャーリィの力よ」
「いやいや、アガタが」
「いやいや、シャーリィが」
なんて、言い合う私。
すると、そこでジョシュアが間に割り込み、私たちの肩を抱き、すまし顔で言ったのでした。
「じゃあ、三人と、全ての協力してくれた方々の勝利ということで」
私とアガタは、その言葉にしばしポカンとしてしまいましたが、すぐに気を取り直すと、にっこりと笑って、異口同音に言ったのでした。
「ええ、それでいいわ」
◆ ◆ ◆
「お待ちを! どこに行かれるつもりか!?」
王宮の、正門。
そこを守る兵士が、中から駆けてきた、馬に乗る男女を止めました。
「まだ舞踏会が終わる時間ではないし、このような時間にどのようなご用か。申し訳ないが、事情をお教え願いたい」
舞踏会の夜でありますし、兵士たちは、怪しい人物に特に敏感になっています。すると、馬を操る男性……コック服の上に暖房着をまとった男、オーギュステの料理人であるウォーレンが、いつもの仏頂面で言いました。
「俺は、オーギュステ閣下の料理人だ。食材が足りなくなったのでな、店まで取りに行くところだ」
「……食材が……? たしかに、今夜は料理を目当てに、かつてないほどの客人がお見えになってはいるが……」
兵士は、不審そうに、ウォーレンの後ろに乗っている赤髪の女性にも目を向けます。
「だが、おかしいではないか。食材を取りに行くのに、なぜ二人乗りなのだ」
「こいつの目利きが必要なのだ。だが一人では馬に乗れんのでな、俺が送っていくところだ」
ウォーレンの説明は怪しいものでしたが、あまりに堂々としているので、兵士は強く言えなくなってしまいました。
それを見抜いたウォーレンが、声を張り上げて続けます。
「とにかく、今は急いでいる! もしお前のせいで遅れたら、王族であるオーギュステ閣下のお怒りを買うことになるぞ、それでもいいのか!」
「うっ……。わ、わかった。だが、再度入城する時は荷物を検めさせてもらうからな。いいな!」
そう言うと、兵士は道をあけ、その横をウォーレンの操る馬が猛スピードで駆け抜けていきました。
そして、王宮の正門から大きく離れると、ちらりと背後を振り返って、後ろに乗っていたエレミアが大きなため息をつきました。
「やれやれ、何とか出れたわね……。オーギュステの馬鹿が、捕まえに来る前でよかった」
「安心するのは早いぞ。俺たちが逃げたことに気づけば、すぐに追っ手を差し向けてくる。責任を押し付ける相手が必要だからな」
「わかってるわよ。……はーあ、あんなに働いて、儲けはこれだけかあ」
そう言うと、エレミアは、服のポケットから金貨の入った袋を取り出しました。
それは結構な金額でしたが、エレミアをあれほど重要視していた割には物足りません。
外には気前のいいオーギュステでしたが、自分の部下には何のかんのと理由をつけて、あまり報酬を出さないタイプの人間だったのです。
「あーあ。今度こそ、この国で豊かに暮らせると思ったのになあ。オーギュステの馬鹿をだまくらかして、なんなら女王にでもなってやろうと思ってたのに」
「だから言っただろう。悪銭身に付かずだと。あんなインチキキノコでは、本物の料理人には勝てないとも言ったはずだ。いい加減、詐欺からは足を洗え」
「はいはい、アンタの正論には耳にタコができてるわよ! 本物の料理人、料理人って、アンタの料理人信仰には、もううんざりだわ!」
街中を馬で飛ばしながら、激しく言いあう二人。
エレミアは、元々は男性を騙すのが専門の詐欺師。
そして、ウォーレンは元傭兵上がりの料理人見習い。
二人は、ふとしたことで出会い、共に稼ぐことになったのでした。
ただし、ウォーレンが真面目に稼ごうとしても、エレミアが必ず悪だくみをはじめ、そしてその度に失敗して、上手くいった試しはありませんでしたが。
「はーあ。でも、今回のことで骨身にしみたわ。やっぱ、悪いことして稼いでも、リスクばっかりで良いことない!」
「俺は、何回もそう言ったはずだがな。そして、お前は毎回懲りない。……それで? 逃げ切れたら、次はどうする」
「ふふーん、よくぞ聞いてくれました! じゃじゃーん、これ、なーんだ」
そう言うと、エレミアは胸元から紙を取り出し、ウォーレンの顔の前で広げて見せました。
疾走する馬の勢いでバタバタと揺れるそれを見ながら、ウォーレンが驚いた声を上げます。
「暗くてよく見えんが……まさか、料理のレシピか? しかも、もしかして……」
「そう! あの女、シャーリィの料理のレシピよ! こんなこともあろうかと、盗み出しておいたの! これを、他の国で作って売れば大儲け間違いなしよっ!」
得意満面で言うエレミア。
それに、ウォーレンが思いっきり呆れた顔をしました。
「本当に、お前は手癖が悪い。ちなみに、誰が作るんだ?」
「もちろん、アンタ!」
「だろうな。まあ、そうなるだろうな。はあ」
「うふふ、これを知ったら、あのメイド悔しがるだろうなー。最後に笑うのは私なのよ! 見てなさい、アンタの上前はねて、大儲けしてやるから!」
実際のところ、それは日本のレシピを広げたがっているシャーリィにとって大歓迎なのですが、エレミアはそんなこと知りません。
言うだけ言って満足すると、エレミアはウォーレンにぎゅっと抱き着きながら、そっとささやきかけます。
「失敗したけど、収穫はあった。私たち、次こそは成功するわ。それで、あの王宮みたいな、立派な豪邸に住んでみせる。底辺のままじゃ終わらないわよ。いいわね、ウォーレン?」
「ああ、わかっている。俺と、お前の約束だからな」
その返事を聞くと、エレミアはウォーレンの背中に頭を預け、輝かしい未来を想像して、幸せそうに眼を閉じたのでした。
こうして、偽物の魔女とその相棒はこの国を離れ、自分たちの物語の、その続きを描くこととなったのです。
ですが、それはシャーリィの知らないお話でございました。




