シャーリィと恋と決戦の舞踏会10
「シャーリィよ、このスシとやらはこの一種類しかないのか? 魚は、他に色々あるようだが」
ネタケースに並んでいる魚の切り身たちを見て、わくわくしたお顔でおっしゃるおぼっちゃま。
なので、私はマルセルさんとうなずきあい、皆様に次のネタを出してもらったのでした。
「こちら、コハダの握りでございます」
コハダ。その名の通り、小さな魚のお寿司です。
銀色に輝くその表面を見て、マグダナウ卿が、うっと小さくひるんだ声を上げました。
「な、なんだか生臭そうな見た目だな。魚そのままといった感じで」
「ご安心ください! こちら、そう見えてもしっかり仕事をしてあります。生臭いなんて心配はございませんわ!」
「そ、そうか? お主がそう言うのなら、まあ……」
そう説明を入れると、マグダナウ卿は恐る恐るコハダの握りを手にしてくださいます。
そして皆様が、おっかなびっくりそれをお口に入れる。
すると……一斉に、その表情が華やいだのでございました。
「なっ、なんと……美味い! なんたる美味しさだ! 強烈な美味しさが口の中ではじけて、気持ち悪さなどまるでない!」
「生臭さも、全然ないわ! 臭そうな魚なのに、なんで!?」
それを聞いて、思わずニヤニヤしてしまう私。
そう、コハダは実際そのままでは生臭く、煮ても焼いても食えないとも言われるほど。
ですが、粗塩を振って水分を出し、綺麗に洗って水気を切ってから、酢漬けにする。
こういう処理をきちんと行うことで、「寿司のための魚」と呼ばれるほどの絶品に化けるのでございます!
「なんという美食だ……! こんな世界があったとは。いや、魚も美味いし、コメも美味い。だが、それだけではないな。なにかソースがかかっているし、間に、凄く味を引き立たせてくれるなにかが入っている。これはなんだ?」
宰相のティボー様、さすがに鋭い。
かかっているのはもちろん、醤油。
初めての体験では加減がわからないでしょうから、こちらでかけさせていただいています。
そして、間に入っているものは、もちろん。
私は奥からそれを持ってくると、自慢げに見せつけたのでした。
「入っているのは、こちら。わさびにございます!」
わさび。
お寿司に欠かせない調味料にございます。
皆様が興味津々で見ている中、緑色をしたそれをゴリゴリとすりおろして、差し出して見せる私。
「こちら、遥か東方の珍味。このように、摺り下ろすと独特の辛みが出て、お寿司にとてもいいアクセントを加えてくれるのですわ」
「なんと! こうして食べるものなのか。見たこともない緑色で、食べ物とも思えず、何とも興味深い……。どれ、少し下品だが試させてもらう」
そう言うと、ティボー様はすりおろしたワサビを指ですくい。
そしてなんと、それをぺろりと食べてしまったではないですか!
「てぃ、ティボー様!? そんなに食べたら、お辛いですよ!?」
「うむ、辛い。辛いが……うまい! なんと美味いのだ、この緑色のやつは! これは、運命的な出会いだ!」
そう言うと、次から次へとワサビを食べてしまうティボー様。
ええ、大丈夫かしら、と思いましたが、そういえば前世のなにかの映画で、俳優のジャン・レノが、ワサビをパクパク食べているのを見たことがある気がします。
平気な人は、平気なのかもしれません。
……まあ、もちろんおぼっちゃまとお嬢様のお寿司はサビ抜きですけども。
「さあさ、他にもいろいろ種類はございますわ。ここからは、どうぞお好きなネタをお楽しみください!」
ヒラメにコハダと、最初に出したかったネタをお出ししたので、後はお好みで食べていただくことにします。
高級なお寿司屋さんならここからも順番があるところでしょうが、なあに、かまいやしません。
だって、私にとってのお寿司とは、回転ずしのことなのですから。
興味を惹かれて取ったものを、好きなように食べる。
それが、私にとっての、寿司のいいところなのでございます!
「では、この赤いやつを頼む! どんな味がするのか、実に興味深い」
「はい、マグロただいま!」
瞳をらんらんと輝かせたおぼっちゃまが注文すると、マルセルさんが見事な手さばきでマグロの赤身を握り、おぼっちゃまにお出ししました。
その動きは、すでに熟練の寿司職人を思わせます。
そして、ワクワクした顔でそれをお口に放り込むと、おぼっちゃまはすぐに天を仰ぎ、心底嬉しそうにおっしゃったのでした。
「美味しい……! なんという深い味わいだ! 香りがよく、触感はぷりぷりと弾力があって、噛めば噛むほど美味しい脂が出てくる! これは、肉を超えるほどの美味しさだ!」
そして、その横ではアシュリーお嬢様も喜びの声を上げます。
「このイカ、おいっしい! 信じられないぐらい甘くて、あっという間に口の中で溶けてしまったわ! ああ、凄い……!」
さらに、タマゴを食べたローレンス様のご両親も。
「甘い……。なんと、甘いスシというのもありなのか。こんな卵の食べ方は初めてだが、なんと甘く、深みのある味わい……。深く、染み入る美味さだ」
「ええ、ほんと! こういう卵の焼き方があるのね。凄く素敵だわ、覚えたい!」
皆様、思い思いの寿司を楽しんでくださり、華やかな雰囲気となってまいりました。
ですが、そこでマグダナウ卿が、こちらをうかがうような表情でおっしゃいます。
「と、ところで、この寿司とやらは魚のみなのかな? ほら、わかっているだろう? 私が、大の肉好きだということは。もしかしてこれは、肉を載せるのもありなんじゃないか? どうなのかね、そのあたり!」
「ええ、それはもちろん! 最高の肉寿司をご用意しておりますわ!」
私がそう言うと、マルセルさんがすっと動き、表面にしっかりと火の通った肉の塊を取り出しました。
マグダナウ卿(と、ついでにおぼっちゃま)の視線が釘付けになったところで、それをすっと切ると、中は綺麗なピンク色。
ごくりと誰かののどが鳴る中、それをシャリの上に乗せ、醤油を少し、さらにちょんとワサビ。
それをお出ししながら、マルセルさんが少し自慢げに言いました。
「こちら、ミスジの肉スシでございます」
「おっ、おおっ……! 美しい……! こんな美しい肉料理は、初めて見た……!」
ミスジ。
牛さんの肩甲骨あたりにあるお肉のことでございます。
外は茶色く、中はピンクの見事な焼き加減のそれを見て、マグダナウ卿が感嘆の声を上げました。
照明に照らされて華麗に輝くそれを、我慢できないとばかりに手にするマグダナウ卿。
震える手でそれを口にすると、目を見開き、噛むこと二度三度。
そして、マグダナウ卿は……驚いたことに、そこでポロポロと涙を流し始めたのでした!
「うっ、うまあああいっ……! なんだ、これはっ……美味すぎるっ……! 恐ろしく甘くとろける肉に、コメとワサビが完全にマッチして夢のような味わいだっ……! こっ、こんな美味い肉料理があるなんて……信じられんっ……ああああっ! 生まれてきて、良かったぁああああ!」
……いくらなんでも、おおげさでは!?
そう思いましたが、どうも本気で感動したようで、マグダナウ卿はうつむいて泣き続ける始末。
まあでも、仕方ないかもしれません。
ミスジは構造的にあまり動かさない部位のお肉なので、柔らかく、脂が多くて甘みの強い、とっても美味しいお肉なのです。
それをタタキにしてお寿司に載せるのですから、美味しくないわけがないのです。
さらに、ミスジはお米やワサビとの相性も抜群!
ああ、考えていたら私もまた食べたくなってきました!
それは、横で見ていたおぼっちゃまも同じようで、そこで我慢できないとばかりに声を張り上げます。
「余にも、その肉の寿司を! 十個くれ!」
「はい、ただいま!」
そして、その間にほかの皆様も、心底嬉しそうに次のご注文をいれてくださいます。
「私にも、タマゴを頂戴! 二つ!」
「私の好物のウナギはあるかな。ぜひ頼みたい」
「肉! もっと肉を!」
それに応えるべく、一斉に動き出す料理人の皆様。
そんな私たちを遠巻きに見ていた皆様が、そこで、ごくりとのどを鳴らして話しているのが聞こえてきました。
「そ、そんなに美味しいのか? スシとやらは」
「食通で有名なマグダナウ卿が、涙を流すほど美味いのか……」
「き、危険はないようですし……ま、まあ、試すぐらいなら……」
そう言いながら、おずおずとこちらに近づいてきてくださる皆様。
もちろん、その機を逃す私たちではありません!
「ようこそ! さあ、みんな、皆様をお席にご案内して!」
「はい、シャーリィメイド頭!」
とびきりの笑顔で一斉に飛び出し、皆様をテーブルにご案内するメイド一同。
そして、事前にみんなで学んだとおり、おすすめのメニューや食べ方をレクチャーしだします。
そして、目の前に並んだ寿司をおっかなびっくり口にする皆様。
すると、すぐにあちこちで歓喜の声が上がりました。
「美味しい、嘘みたい! いえ、嘘だわ、私、魔法にかかってる!」
「私、魚は嫌いだと思ってたのに……。生魚なんて、許せないのに……。悔しい、美味しいっ……!」
「おお、おお、なんと……なんたる、未知との遭遇! 驚異の異文化! それに、この泡の出る酒、実に美味し!」
ついでに、お酒はワイン以外にビールも出してみました。
本当は日本酒が良いのでしょうが、さすがの私もそこまでは手が回りません。
お酒の開発は、これからじっくりやっていく事とします。料理酒も欲しいですし。
「おおい、こちらに追加を頼む!」
「こちらも、早くお願い! ああ、待ちきれないわ!」
「このビールとやら、お代わり!」
一気に空気が華やぎ、注文が殺到しました。
私たちは、「はい、ただいま!」と元気に応えて、忙しさという喜びに身を浸します。
「ううむ、やはりビールはうまい! このスシとやらにも実に良く合う! ガッハッハ、やはり無理を言って参加してよかったわい!」
「それはよろしいことで。その代わり、放り投げてきた仕事が山積みですが……まあ、今宵は忘れて、盛大に楽しむとしましょう。我が祖国に、乾杯!」
なんて、盛り上がっているのは大将軍モーガン様とその参謀様。
完全に、前世の世界の会社員が寿司屋に来たノリです。
さらに、向こうのテーブルで大司教様が声を張り上げました。
「ええい、魚を殺して生のまま食べるなど、なんと邪悪な! 許せぬ、許せぬ……が。どれ、もちろん、我らにも食べられる料理は用意してあるのでしょうな!? それが楽しみで、わざわざ舞踏会になど来たのですぞこちらは!」
「はい、大司教様、もちろん! 皆様のためのお寿司、ご用意してありますわ!」
と、ニッコリ笑って私がお出ししたのは、アボガドやきゅうりを巻いて、逆側に海苔を巻いた巻き寿司。
表面にはごまを散らしてあります。
さらには、大司教様が大好きな油揚げを使った、イナリ寿司も。
それを見て、大司教様とその皆様は大喜びで口にして、すぐに喜びの声を上げてくださいました。
「なんと、これはなんと深き味わい! 様々な味が、口の中で気持ちよく混ざり合い、味を高めあっておる!」
「ああ、このコメとやら、なんと甘く芳醇な味なのだ……。大好物が、また増えてしまった……」
「イナリズシとやら、もはや暴力的な美味さだ! ああ、神よ、今宵ひと時の喜びをお許しあれ!」
よし、うまくいきました!
海苔は以前、アンが嫌がった食材なので、あれからいろいろ味に改良を加えたのですが、どうやら問題ないようです。
そうしている間にもあちこちから上がる、感動の声。
やった……凄い、大人気。寿司は、やっぱり凄いんだ!
寿司は、異世界でも通用する料理なんだ!
しかも、来ていただいたのは、おぼっちゃまの陣営の方々だけではありません。
なんとオーギュステの側にいた皆様の一部も、こちらへとやってきてくださったのでございます!
「ああ……なんて美味しいの、このスシとかいう料理……。さっきまで、魔女の料理しか興味をもてなかったのに。なんだか、汚れていた感性が、洗い流されるようだわ……」
そうおっしゃっているのは、以前、魔女エレミアの料理をむさぼるように食べていたご婦人でした。
彼女は、かつての優雅さを取り戻し、味わうように寿司を一つ一つ丁寧に召し上がってくださっています。
まるで、洗脳が解けたように。
「やったわ、シャーリィ! あの魔女にやられていた人たちが、こっちに来てくれている……! やっぱり、本当に美味しい料理は、あんな醜い料理に負けたりしないのよ!」
私の肩に手を置いて、アンが力強く言ってくれます。
私はそれに、力強く頷きを返しました。
それでもまだまだ、オーギュステの周りにはたくさんの人がいる。
でも、私はたしかに勢いを感じていました。
うん。これなら、きっと大丈夫……!
◆ ◆ ◆
「ふん、なんだ。物珍しい料理で、なにやら負け組が頑張っておるな。せせこましい」
大勢の輪の中で、ワイングラスを手にしたオーギュステが、余裕たっぷりの表情で言いました。
それもそのはず、いくらかウィリアム王の方に行きはしましたが、彼の周りにはまだ会場の半数近くが揃っているのです。
「馬鹿な方々ですな。魔女の料理を超えるごちそうなど、この世にないのに」
「なに、すぐに目を覚ますでしょう。私たちが食べているのを見たら、王とて我慢できますまい」
嫌らしい笑みを浮かべながら、口々にそんなことを言う貴族たち。
そんな彼らに、魔女エレミアが自信ある表情で言いました。
「もちろん、本日の料理はあんなゲテモノに負ける代物ではありませんわ。いつにもまして最高のお味にしております、ご期待ください!」
その言葉に、おおっ、と貴族たちが歓声を上げました。
期待に満ちたその表情を見て、エレミアは心の中でつぶやきます。
(そうよ、今日のはアレをたっぷり混ぜ込んだ特別製。量を用意するのは大変だったけど、一口でも口にしたら、もう二度と離れられなくなるわよ)
勝利を確信するエレミア。
そして、オーギュステはワインの入ったグラスを掲げると、高らかに言ったのでした。
「では、今宵の我らの結束と、魔女の料理を称えて。乾杯!」
「乾杯!」
一斉にワインを飲み干す貴族たち。
そして、もう辛抱たまらんとばかりに勢いよくエレミアの料理に群がります。
まさしく喜色満面、浅ましく料理を手にし。
ぱくり、とそれを口にし……。
そして、次の瞬間。
……彼らは、一斉に叫んだのでした。
「……まっずううううううううううううううううううい!!!!」




