シャーリィと恋と決戦の舞踏会7
「えっ!? あっ……!」
一瞬、わけがわからず呆然としてしまう私。
ですが、ローマンさんが、私を逃がすためにこんなことをしているのだと気づいて、私は勢いよく駆けだしました。
「あっ!? 待て、貴様!」
同じように驚いていたチンピラ貴族の二人が、慌てて伸ばしてきた手が私の肩をかすめます。
捕まってたまるか!と、必死の形相で廊下を駆ける私。
心臓がバクバクと膨れ上がり、足に震えが走る。
体がまるで思うように動かないけれど、それでも足を止めるわけにはいきません。
(そのすぐそこに、誰かいるはずっ!!)
チンピラ貴族たちが追いかけてくる足音に怯えながら、曲がり角に向かいます。
あの向こうは、人通りの多いエリア。衛兵さんもきっといるはず。
そこまで行ったら、大声で叫んで助けを呼ぼう、と、そう決意した瞬間。
逃げてきた方向から、悲鳴が聞こえてきました。
「ぐえっ!!」
「えっ……」
驚いて、思わず振り返ってしまう私。
すると、追いかけてくるチンピラ貴族の向こうで、ローマンさんが……。
「ローマンさんっ!!」
ローマンさんの、その胸には。
振り下ろされたナイフが、深々と突き立っていました。
(うそっ……うそっ!)
私を逃がしたせいで、ローマンさんが……!
重すぎる事実に、動けなくなってしまう私。
そこに、チンピラ貴族が駆けてきて、私を押さえつけようと手を伸ばしてきます……ですが。
「シャーリィ!」
またもや、よく知っている声が側から聞こえ、旋風のように駆けてきた誰かが、チンピラ貴族の一人を殴り飛ばしました。
そして、私をかばうように立つその方は……ローレンス様!
「なにっ……!?」
その登場に、残ったチンピラ貴族がひるんだ声を上げます。
殴られた一人は、完全に気を失って廊下に伸びていて。
そして、ローマンさんと揉みあいになっていたもう一人には、数人の衛兵の皆さんがとびかかり、取り押さえているところでした。
ただ一人残され、どうしていいのかわからずあたふたしているチンピラ貴族に、ローレンス様が低い声で言います。
「王宮で、陛下のメイドをかどわかそうなどいい度胸だ。貴族といえども、ただで済むと思うなよ。……それとも、捕らえられるより、ここで名誉の死を選ぶか?」
「ひっ……! まっ、待て、降参だ! し、死にたくない!」
腰の剣に手を伸ばしながら言うローレンス様に完全におびえ、最後の一人は哀願するように両手を上げて廊下に伏せました。
それを、すぐに衛兵の皆さんが取り押さえます。
こうして、一瞬でチンピラ貴族たちを制圧してみせたローレンス様が、心配そうに私を振り返って言います。
「大丈夫か、シャーリィ。心配したぞ」
「あっ、ありがとうございます、ローレンス様。でも、どうしてここに……?」
展開についていけず、呆けた顔で尋ねる私。
すると、ローレンス様は苦い表情で応えてくれました。
「シェフのローマンに言われたのだ。君が危ないから、助けてくれ、と。ただ、彼がそれだけ言って慌てて駆けだしてしまったので、出遅れてしまったが……まさか、一人で突っ込んでいくとは」
「えっ……」
そこまで聞いたところで、私はハッと気付きました。
そうだ、ローマンさん!
「ローマンさんっ!」
慌てて、倒れているローマンさんに駆け寄る私。
その胸元には、確かに深々とナイフが突き立っています。
そんな、私のためにっ……!
「ローマンさん、しっかりして! 誰か、誰かお医者様を!」
「おお……小娘、無事じゃったか……。すまんの、怖い思いをさせて……」
衛兵さんにお医者様を呼びに行ってもらい、ローマンさんの頭を持ち上げて膝に乗せると、彼は弱弱しい声でそうささやきました。
そんな、いつもうるさいぐらい大声のこの人が、こんな……。
「こんな時ぐらい、小娘、じゃなくてシャーリィって呼んでくださいよ! どうして、どうしてこんなこと……」
「やつらに、脅されておったんじゃ。ワシの親戚が、奴らのところで働いておっての……。逆らえば、タダじゃ済まんぞ、と。お兄ちゃんも、その家族も殺してやると……犠牲を出さないためには、従ったふりをするしかなかった。許してくれ……」
そんな……そんな。
たぶん、相手は貴族、そのことを誰かに言っても、証拠がない以上裁くことは難しいとローマンさんは考えたのでしょう。
逆に、報復を食らう可能性のほうが高い。
それゆえ、当日での大逆転に賭けた、ということのようです。
でも、そのために自分の命を懸けて、こんな事に……。
ああ、私がそのことに気づけていたら。
きっと、別のやり方もあったはずなのに。
「やだ、ローマンさん、死なないで!」
その頭を抱きしめ、わっと泣き出してしまう私。
やだ、確かに嫌な人だったけど、凄くうるさくて邪魔な時も山ほどあったけど、でも、こんなのあんまりだ!
お願い、早くお医者様来て!
医学なんてろくになくても、止血したらもしかしたら……そう必死に願う私でしたが。
そこで、ローマンさんが不思議そうな顔で言ったのでした。
「……死ぬ? なんでワシが死ぬんじゃい。死んでたまるか、こんなことで」
「へっ?」
呆ける私の前で、ローマンさんが、ガバっと上着の前を開けました。
すると、そこにあったのは……体にグルグル巻きにされた分厚い肉の塊と、そこに深々と突き立った、ナイフ。
「……」
「いやあ、危ないところじゃったわい。万が一を考えて、体に肉を巻いといて良かった! さすがワシ! ガハハ、しかしさすがのワシも、ビビってしばらく身動きがとれんかったわ!」
そう言うと、ヘラヘラ笑いながらローマンさんは続けます。
「ああ、でもくそ、良い肉に穴が開いちまったわ。勿体ない勿体ない。ま、しかしこれで厄介ごとも片付いて、調理に集中でき……ん? なんじゃい、睨みつけおって。ワシがおらなんだら、お前、大変なことになっておったんじゃぞ。ちょっとは感謝して……へぶぅっ!!」
最後に悲鳴が上がったのは、私がその腹に拳を叩き落してやったからです。
肉がないあたりを狙って、渾身の拳を叩き込んでやりました。
「な、ん、で! あなたは、そうなんですかっ! 私が、どれほど心配したと……このっ、このっ!!」
「いっ、痛い痛い、やめぇ! わっ、悪かった、ワシが悪かった! 反省しておる、だから許してくれぇ!」
手当たり次第にポカポカ殴ってやると、ヒゲは悲鳴と共に謝罪の言葉を繰り返しました。
本当に、どうしようもない、どうしようもない……!
そうして、ローレンス様や衛兵の皆さんが呆れた様子で見守る中。
さんざん暴れまわった私がぜえぜえ息を吐いていると、ヨタヨタと立ち上がったヒゲが言います。
「と、とにかく、これで後顧の憂いはない。親戚や兄貴の家族に使いをやって、念のためにしばらく隠れといてもらおう。後は」
そして、ヒゲはにやりと笑うと、こう続けたのでした。
「ワシらの料理で、偽物の料理をぶっ飛ばしてやるだけじゃ。そうじゃろ? シャーリィ」
「……! はい!」
そうして、私たちはうなずきあい、後のことをローレンス様に任せると、仲間の待つ厨房へと駆け出したのでした。




