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【書籍・漫画化しました!】異世界メイドの三ツ星グルメ ~現代ごはん作ったら王宮で大バズリしました~【旧題・美食おぼっちゃまの転生メイド】  作者: モリタ


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シャーリィと恋と決戦の舞踏会3

「君が、何を考えているのかはわかっているつもりだ。ウィリアム陛下のことだろう」


 急にそんなことを言われて、思わずドキリとし、顔を上げてしまう私。

すると、ローレンス様は私の瞳を見つめながら、真面目な顔で続けました。


「わかるさ。ずっと見ていたからな。君と陛下が、ただの主とメイドの関係でないことは」

「そ、それは……」


 そんなことはない、と否定すべきなのでしょうが……できませんでした。

なにしろローレンス様から見て、私とおぼっちゃまは、主従の関係を超えて一緒にピクニックをしたり、寝室を共にしたりする仲なのですから。


 それに……もしかしたら、私自身、それを否定したくないのかもしれません。


「陛下にとって、君は特別な存在。シャーリィは自分のものだ、と宣言なさったことも知っている。そして君が、陛下を特別に想っていることも。だが……陛下は、王者だ」

「っ……」


 その言葉に、胸に痛みが走って、私は慌てて視線を逸らしました。

怖い……心を、読み取られるのが。

だってそれは、私が、ずっと知らないふりをしてきた事だったのですから。


(そんなことは……わかってる。私は、ただのメイド。おぼっちゃまのことは、主君としてお慕いしているだけだわ)


 誰かに言い訳をするように、心の中でつぶやきます。

そう、おぼっちゃまは、いまや王様。

婚約者候補もいて、いつか位の高い貴族のお嬢様を王妃に(めと)るのです。


 私は、メイドとして、その王妃様にも、そしてお二人のお子様にも誠心誠意お仕えする。

それで、いいのです。私は、それで十分。


 だって……私は、料理を作ることが生きがいなだけの、ただのメイドなのですから。


「……すまない、シャーリィ。君を、傷つけるつもりはなかったんだ」


 そんな私を見て、ご自身も傷ついた表情でローレンス様がおっしゃいます。

そんなことは、わかっています。

あなたが、私のために話していることぐらい。


 気まずそうに、沈黙する私たち。

すると、やがて馬車が王宮にたどり着き、ゆっくりと止まりました。

扉を押し上げ、私の手を取って馬車から降ろしてくれながら、ローレンス様が口を開きました。


「シャーリィ。私は、生涯をかけて、陛下とこの国に忠義を尽くすつもりだ。そして、できれば、その隣には君がいて欲しいと思っている」

「……」


 ……それは、つまり、あれでしょうか。

つまり……結婚しよう、みたいな。

ローレンス様、さすがに、婚約を迫るのはまだ早すぎませんか!?


「勝手なことばかり言って、すまない。だが、これが私の気持ちだ。どうか、わかって欲しい」


 唖然としている私にそう言って、私の手の甲にそっと口づけをするローレンス様。

そうして、私を、優しく部屋までエスコートしてくださいました。


 それはきっと、誰もがうらやむことなのでしょう。

……ああ。

ああ、でも。


 これが──私以外の誰かの事ならば、良かったのに。


◆ ◆ ◆


「……シャーリィ。のう、シャーリィ。聞いておるのか?」


 そんなことがあった、ほんの数日後。

ローレンス様とのあれこれを思い出し、はあ、とため息をつき、ぼうっとしていた私。


 そこにおぼっちゃまのお声がかかり、私は驚いて飛び跳ねてしまいました。


「はっ、はい!? なっ、なんでございましょう!? も、申し訳ありません、おぼっちゃま!」

「……いや、別に構わぬが……。珍しいな、お主が食事の時間以外に呆けておるなど」


 不思議そうな顔で、私の顔を覗き込んでいるおぼっちゃま。

時刻は夜、場所はおぼっちゃまの寝室でのことでした。


(なんてこと……! 私としたことが、おぼっちゃまの前で考え事なんてっ!)


 寝間着姿でわたわたと暴れながら、慌てて姿勢を正す私。

二人で座るベッドの上には、多数の資料が散乱しています。

そう、今日はおぼっちゃまの寝室で、いつもの作戦会議をしているところだったのでした。


 オーギュステに対し、ほぼほぼ勝ちは確定しましたが、ここが最後の詰め。

攻勢の手を緩めてはならない、油断せずに行こうとお話していたところなのに、この体たらく。


 なんという大失態でしょう!


「まさか、熱でもあるのか? 無理をするでないぞ、お主はとにかく働きすぎるゆえ」

「だ、大丈夫でございます! 少し悩み事があっただけで……あっ」


 返事に困り、咄嗟にそんなことを言ってしまう私。

しまった、と慌てて口をふさぎますが、時すでに遅し。

しっかりと聞いていたおぼっちゃまが、目を見開いてこちらを見ています。


「悩み事だと? なんだ、なにかあるのか。申してみよ」

「いっ、いえ、大したことではないのです! メイドの身で、悩みなどと申し訳ありません! どうか、お気になさらないでください!」


 頭を下げながら、必死に応える私。

すると、おぼっちゃまが、不満そうにぷうっと頬を膨らませました。


「なんだ、メイドの身がどうとか。お主と余の仲ではないか。いまさら、何を遠慮する? それとも、余には言えぬことなのか」

「いっ、いえ、そんなことはっ……」


 しまった。

本当に、余計なことを言ってしまいました。

おぼっちゃまに言えるわけがありません、ローレンス様に実質結婚を迫るようなことを言われ、返事に困っているなんて!


 ダラダラと汗を流しながら、どうしたものかと困り果てる私。

するとおぼっちゃまは、なおも話すよう、催促をしてらっしゃいました。


「なら、話すのだ。余にできることなら、なんでもしよう。お主のためになりたいのだ、余は。なあ、シャーリィ」

「う、うう……」 


 おぼっちゃまにここまで言われては、黙っているわけにはいきません。

それに、一人で抱え込んで悩んでいるなんて、たしかに私らしくありません。

なので、私はできるだけ話が重くならないよう、愛想笑いしながらこうお伝えしたのでした。


「じ、実は、その……。わ、私も年頃の娘ですので。その……こ、婚約、みたいな? あれを、その。殿方に、持ちかけられてまして。どうしたものかなーって。あ、あはは」

「っ……!!」


 と、できるだけ、軽く話したつもりなんですが。

それに対するおぼっちゃまの反応は、予想外のものでした。

おぼっちゃまは、目を見開くと、硬直し、そのまま動かなくなってしまったのです。


「おっ、おぼっちゃま? どうなさいました!? 大丈夫ですか!?」


 そのまま、いつまで経っても動かないので、慌ててお声がけする私。

すると、おぼっちゃまはハッとした顔をなさり、酷く動揺した様子でおっしゃったのです。


「そ、そうか。ああ、なるほど……。ま、まあ、そうであろう……な。シャーリィは、美しいし、優しいし、それに……それに、余より、五歳も年上なのだし。そ、そういう話がないほうが、変……なの、かもな」

「おぼっちゃま……」


 キョロキョロと視線をさまよわせ、絞り出すようなお声のおぼっちゃま。

どう反応したものかわからず、私も視線を伏せました。

すると、そこでおぼっちゃまが「あっ」と声を上げ、サッと私の手を取ると、必死な様子でおっしゃいます。


「ま、まさか……結婚して、メイドをやめたりはせんだろうな!? シャーリィ!」

「えっ、あっ、それは……」


「いっ、嫌だ……嫌だぞ、シャーリィ! ずっと余の側に、いると言ったではないか! あれは嘘だったのか!? 嫌だ、どこにも行くな、シャーリィ!」


 すがりつくような表情で、一気にまくしたてるおぼっちゃま。

しまった、おぼっちゃまを不安にさせてしまった……!


「ご、ご安心ください、おぼっちゃま。万が一そうなっても、メイドは絶対やめません! おぼっちゃまにお仕えすることは、今や私の生きがい。どこにも行ったりはしません!」

「そ、そうか。なら良かった。……いや、良かった、と言ってよいのかはわからんが……」


 慌てて応えた私と、一瞬安堵の表情を浮かべるも、すぐに私の手を放し、肩を落とすおぼっちゃま。

そのまま、私に背を向けると、しばらくしておぼっちゃまはとつとつとおっしゃいました。


「……そうか。そうだな。そう、なるのだろうな。シャーリィが、誰かの嫁に、か。そうか……」

「おぼっちゃま……」


 おぼっちゃまの反応をどう受け止めればいいのかわからず、私も言葉に詰まってしまいます。

そうしてその日は、作戦会議もほどほどに、私たちは眠りにつくことになったのでした。


「……」

「……」


 いつもは手をつないだり、抱き合ったまま寝ることもありましたが、今日は背を向けあい、別々に瞳を閉じます。

しかしなかなか眠りにつくことができず、寝たふりを続けるしかない私。


 息遣いから、おぼっちゃまも眠れずにいることがわかります。

ああ、どうしてこうなったのでしょう。

私はただ、いつも通りなら、それだけで幸せだったのに。


 でも、知らないふりはできません。

だって、ローレンス様は、私にとって大事な人なのですから。

その方の、本気の気持ちを無視できるほど、私はひどい人間になれません。


 こうして、私は自分の人生にあるとは思えなかった出来事に振り回され、悶々(もんもん)とした日々を送っていたのですが。

ええ、もちろん、私にはそうやって色ボケている時間などまるでなかったのでございます。


 そのことを、私はすぐに思い知ることになったのでした。

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