シャーリィと恋と決戦の舞踏会1
「はあ……」
将軍と兵士の皆さんをもてなしたあの日から、数日後。
おやつタイムを終えた私シャーリィは、メイドキッチンでその後片付けをしながら、深いため息をついたのでした。
宴会は大成功、もはやオーギュステ一派には勝ったも同然で、好ましい状況なはず、なのですが。
それとは別に、目下、私を悩ませること。
それは、あの夜に、ドーナツの騎士様ことローレンス様から言われた、あの言葉でした。
『シャーリィ。私は、君のことを愛している』
まさかまさかの、それは告白でございました。
私にとっては、まさに予想外の出来事。なにしろ、私はローレンス様のことを、単純におやつ友達だと思っていたのですから。
向こうも、私のことを、王宮の楽しい仲間ぐらいに思っていると考えていたので、完全に不意打ちございました。
そして、その“相手の気持ちに全然気づいていなかった”という事実が、また私を悩ませるのです。
(もしかして、私が鈍感なせいで、ローレンス様を困らせていたのでは……)
好きな相手に、まるで相手にされないこと。
それが辛いことぐらい、恋愛に縁遠い人生を送ってきた私にもわかります。
それに、よくよく考えれば、私はローレンス様のご両親にもお会いした身。
今にして思えば、あれはそういうことだったのでは……じゃあ、周りはそういうつもりだったのに、私一人だけ気づいていなかったってこと!?
もしそうなら、私、間抜け過ぎない!?
と、頭の中を過去のアレコレがグルグル。
ああ、これからどういう顔をしてローレンス様とお会いすればいいのだろう、なんて悩んでいると。
そこで、新人と呼ぶには来てから時間が経ちすぎた、私の妹分であるメイドのクロエが、びっくりした顔で駆けてきました。
「おっ、お姉さま! お姉さまにお客様です!」
「お客様……?」
頬を紅く染めて、興奮した様子のクロエに、不思議そうに応える私。
仕事中のこんな時間に来客など、滅多にあることではありません。
早く早くと急かすクロエに手を引かれるまま、メイドキッチンの入口に向かう私。
すると、そこにいたのは。
「……ローレンス様!?」
そう、そこにいたのはローレンス様だったのございます!
しかも、ただいるだけではありません。
その両手に、見事な花束を抱えているではありませんか!
「すまない、シャーリィ。仕事中に押し掛けたりして。だが君は、毎日忙しそうに動き回っているから、確実にいるこの時間になってしまった」
「そ、それはかまいませんが、どうして急に?」
謝罪を口にするローレンス様に、どぎまぎしながら応える私。
どうにも目を合わせられません。
……あんなことがあった後なのに、ローレンス様は平気なのかしら。
「ああ。実は、これを渡したくなってな。君はあまり興味がないかもしれないが、食卓に花というのも、素敵なものではないだろうか」
そう言うと、花束をそっと私に手渡してくるローレンス様。
その瞬間、背後のメイドキッチンから、一斉に声が響いてきました。
「うそっ、ローレンス様がシャーリィにお花を!?」
「こっ、これってまさか、愛の告白って……コト!?」
それを聞いた瞬間、ブッ!と、噴き出してしまう私。
何を言ってるんですか、何を!
勢いよく振り返って、キッとにらみつけると、いつのまにか全員でこちらを見ていたメイドの皆が、さっと顔をそむけます。
ですが、そのまま顔を寄せ合い、ヒソヒソと噂話を始めてしまいました。
「嘘でしょ、じゃあ噂は本当だったの? シャーリィが、ローレンス様のご両親にも挨拶を済ませた関係だっていうの!」
「食べることしか頭にないシャーリィのことだから、ありえないと思ってたけど、こうなるとそのようね……。ローレンス様、女を見る目があるわ」
「で、でも、シャーリィお姉さまはおぼっちゃまのご寝室に足しげく通う関係だって……。えっ、まさか、ローレンス様との三角関係なんですか!?」
「馬鹿ね、王様であるおぼっちゃまが、メイドを本気で相手にするわけないじゃない! 私は夜遅くに二人でお菓子を食べてるだけだと見てるわ」
「じゃ、じゃあ本命はローレンス様だってこと!? しゃ、シャーリィ、なんて恋多き女なの! どうやってもそうは見えないのに!」
なんて、丸聞こえの声で失礼なことを言い合い、キャーッと声を上げる皆。
ちくしょう、後でおぼえてろっ。
なんて私が思っていると、そこですっとローレンス様が距離を詰めてきて、私はぎょっとしてしまいます。
「ろっ、ローレンス様……?」
「シャーリィ。良ければ、今度二人で食事にいかないか。君が興味あると言っていた店なのだが、どうにか予約が取れたんだ」
「えっ!? あの、国一番と言われるお店の予約が!?」
それは、高級街にある、この国一番と言われるレストランのことでございました。
この国の伝統料理を最高の技術と食材で作り続けているお店で、一日に入れるのは、予約が取れた数組だけ。
お貴族様でも簡単には予約が取れないほどで、いろんなお店の出店を進めている私は、後学のため、そして単純な興味のため、一度でいいから行ってみたいと口にしたことがあるのです。
ローレンス様、それを覚えていてくれて、平民な私のために予約を取ってくれたんだ……!
なんだか感動してしまい、思わずぽわっとしてしまう私。
すると、妙に顔が近いローレンス様は、さらにこうささやいたのでございます。
「シャーリィ。私は、あの夜に言ったことを、うやむやにするつもりはない。君が私をそういう目で見ていないなら、そう思ってくれるよう努力をするつもりだ」
「えっ……」
「もしかしたら、君には迷惑なことかもしれない。だが、一度でいいから私にチャンスをくれないだろうか」
そう言うローレンス様のお顔は本当に真剣で、でもどこか不安そうで、私は余計なことを言えなくなってしまいました。
そして、ぎゅっと花束を抱きしめると、よく考えた後、こうお答えしたのでございます。
「食事のお誘い、とても嬉しいです。私でよろしければ、ご一緒させていただきますわ」
「……そうか。ありがとう」
するとローレンス様は、とてもほっとした顔をなされました。
彼にとっても、こうして誘いに来るのは、大変な勇気がいることだったのだろうなと感じます。
そして、穏やかな表情の彼を見送り、メイドキッチンに戻る私。
すると、逃がすまじとばかりに、メイドの皆が一斉に私を取り囲んだのでした。
「シャーリィ、ねえ、まさかこのままダンマリってことはないわよね!? 私たち、もう長い付き合いじゃない!」
「どういうことなの、本当にそういうアレなの!? 教えなさいよ!」
「けっ、結婚してもメイドやめたりしないわよね!? あなたがいないと、もうおやつメイドは回らないわよ!?」
なんて、この機会に、今までの疑問をすべて解消しようとばかりに絡んでくる皆。
ただ、相棒のアンと、妹分のクロエにサラだけは、困った様子でこちらを見守ってくれています。
もみくちゃにされながら、私は混乱する頭をどうにか整理しつつ、こんなことを考えたのでございます。
ああ……どうやってこの場を乗り切ろうか、と。
◆ ◆ ◆
「わあっ……素敵!」
それから半月ほど後の、月が綺麗な夜のこと。
王宮から馬車に揺られて、ほんの10分ほどの場所。
ローレンス様に手を取られ、馬車から降りた私は、思わず声を上げてしまいました。
それは、まるで夢の国のようなレストラン。
アーチをくぐると、まずはよく草木が手入れされた、見事な庭園が目に飛び込んできて、そこを抜けるように続く石畳を、いくつもの照明が照らしています。
穏やかな空気のそこを抜けると、待っているのは石造りの見事な建物。
歴史を感じさせつつも、古ぼけているとはみじんも感じさせない佇まいに圧倒されつつ、王宮にも負けていない立派な扉をくぐると、その中はまるで異世界のよう。
いえ、もちろん私にとってこの世界は異世界なのですが、中はこの店独特の雰囲気に包まれており、まるで一つの国のようでございます。
高級だけど嫌みのない、センスのいい調度品に、配慮の行き届いた照明、ふかふかなじゅうたんに、店内でかすかに香る心地よい匂い。
アロマとか香木とか、そういうなにかの匂いでしょうか。
私はそっちはからっきしなので、全然ピンと来ませんが、とにかく素敵な香りです。
そして、それに食べ物の美味しそうな匂いが混ざって、まるでここは匂いの桃源郷。
スーハースーハーとお下品にそれを楽しんでいると、そこで給仕の方がいらして、完璧な礼節で席まで案内してくれました。
「はあ……凄い。これが、この国一番のお店。王宮の食堂とは、また違うおもむきだわ!」
と思わず感動して声を漏らす私。
建物の作りも凄く素敵で、勉強になることばかりです。
できればメモをとりたいところですが、今日は良いお店で外食ということで、残念ながらドレス姿。
ポケットなどどこにもついておらず、書く物も持参しておりません。
なら脳裏に焼き付けるしかない!と、必死に店内をキョロキョロする私に、ローレンス様は笑顔でおっしゃいました。
「気に入ったようで何よりだ。君は、前の宴会に出した、チュウカ料理とやらのお店を出すつもりなのだろう? 参考になるといいのだが」
なんと。
ローレンス様、そんなことまで覚えていてくださったの!?
そう、私の次の出店は、中華料理でいくつもりなのでした。
店構えも凝って、ドーン!と入口の上に木彫りで龍を彫ってもらい、中は中華風の内装で統一し、テーブルはもちろん回転テーブル。
この国のお金持ちたちが、何度でも来たくなるような、最高のお店を目指しているのでございます。
ですが何分、大きなチャレンジですので、失敗は許されません。
なので、他のお店の情報はいくらでも欲しいところ。
それを理解したうえで、こうして機会を用意してくださるとは。
(本当に、気配りの行き届いた、素敵な方……)
──ローレンス様のお嫁になる人は、きっと幸せになる。
昔、そんなことを考えたのを、私は思い出していました。




