騎士と戦士と宴会料理15
「えっ」
真剣なお顔のローレンス様にそう言われた私は、思わず間抜けな声を出してしまいました。
……今、なんて言いました?
いえ、聞こえていなかったわけではないのです。
ですが、あまりにありえない言葉だったので、意味が浸透してこないのでございます。
えっ、今、もしかして、好きって言いました?
ローレンス様が、私のことを……?
……またまた。
(きっと、私の作るおやつが好きって言いたかったのよね。酔ってるから、間違えたんだわ)
きっとそうに違いありません。
だって、おかしいじゃないですか。
ローレンス様といえば、国一番の美形として知られる方です。
前世で言えばトップアイドルのようなもので、騎士としての実力も折り紙付き。
しかもお家は由緒正しく、性格まで良いときています。
そんな方が、庶民の家の出で、料理しか取り柄がない芋メイドを好きだなど、まさかまさか。
おそらく、酔った勢いで口をついてしまったのでしょう。
それとも、もしかしてローレンス様って、意外と酔ったら誰でも口説く方だったのかしら。
なんて、アハハと笑って冗談で済ませようとした……のですが。
ふと見上げたローレンス様のお顔が、とっても真剣で、どこかすがりつくようで。
……私は、それができなくなってしまったのでした。
「ど、どうして私など……」
しばしの沈黙の後、どうにか絞り出したのは、そんな言葉でした。
できれば逃げ出してしまいたい気分ですが、ローレンス様の両手はしっかりと私の肩をつかみ、そしてそこから驚くほどの熱気が伝わってきて、どうにもなりません。
「……私は、いつも、演技をしている人間だった。子供のころから」
私をじっと見つめながら、ローレンス様がそう語りだしました。
「いつだって、誰かに望まれるまま、理想の姿を演じていた。親から愛される子を、強い騎士を、立派な団長を。それは、辛くはなかったが、どこか空虚を感じるものだった。だが……君といる時だけは、普通の私でいられたんだ」
「……ローレンス様……」
「私は、君と居る時間が好きだ。何気なく会話を交わす時が。私の気持ちに気づいてくれる瞬間が、そして、共におやつを囲む穏やかな時間が。それは、私にとって、とても特別なことんだ。……シャーリィ。私は、君が、好きだ」
それは、誤解しようがないほどまっすぐなお言葉でした。
それで、ようやく私も認めざるを得なくなったのです。
──ああ、私は今、ローレンス様に告白されているのだと。
「え、えと……」
どう応えればいいのかわからず、うつむき、もじもじとしてしまう私。
ああ、なんで私はこんな時にチャイナ服なのでしょう。
足が出ているのが気になってしょうがありません。
すると、私が困っていると思ったのか、ローレンス様はハッとした顔をなさり、慌てて私から手を離されました。
「……すまない。困らせるつもりは、なかったんだ」
「あっ、いえ、別に困ったりは……」
いえ、どうなんでしょう。
私は、困っているのでしょうか。
まあ、返事には、間違いなく困ってます。
「別に、言ってどうにかなりたいわけでは、ないのだ。ただ、伝えたかった。君への気持ちを」
「あっ、ローレンス様!?」
そう言って離れていくローレンス様が、そこでがくりと倒れそうになり、慌てて駆け寄ります。
あまりのことに忘れていましたが、そういえばローレンス様、今は立ってるのもつらい状態でした!
もう一度肩を貸そうとしますが、その必要はないとばかりに、ローレンス様は手を突き出しました。
「大丈夫だ。部屋ぐらいまでは、一人で行ける」
「で、ですが……」
「本当に、大丈夫だ。これ以上、みっともない真似はみせられん。……だが……」
そう言うと、ローレンス様はすっと姿勢を正し、もう一度私の瞳を見つめながら言ったのでした。
「酔った勢いで嘘を言ったわけではない。それだけは、わかって欲しい。……おやすみ、シャーリィ」
そう言うと、ローレンス様は背を向けて行ってしまい。
そして、後には……呆然と立ち尽くす、チャイナ服の愚かなメイド一人が取り残されたのでございました。
……ああ。
どうして、こうなったのでしょう?
◆ ◆ ◆
さて、シャーリィが思わぬ告白に心揺らされたその夜。
離宮の一室に、オーギュステの怒声が響き渡りました。
「どういうことだ、魔女! 貴様、一つも料理で勝てんではないか!!」
ソファに座り、怒り顔で叫ぶオーギュステ。
その目の前には、台所の魔女を名乗る女、エレミアが立っていました。
そして、その後ろには、その相棒のウォーレンが控えています。
「も、申し訳ありません。まさか、相手があのような奇策を用いてくるとは思いませんで……」
「ええい、言い訳をするな! 高い金を払って雇ってやったというのに、まったく何の役にも立たん! 貴様のどこが魔女だ、このエセ料理人めが!」
うつむき、どうにか機嫌を取ろうとするエレミアと、ひたすらかんしゃくを起こすオーギュステ。
そしてさんざんエレミアをなじると、オーギュステは席を立ち、最後にこう言い残したのでした。
「いいか、もうチャンスはほとんどない。年末の舞踏会。そこで貴族どもから圧倒的な支持を勝ち取るしか、もう俺に勝ち目はない。それまでにすべての貴族どもを貴様の料理のとりこにしておけ! それができねば、永遠に牢にぶち込んでやる! いいな!」
そのまま、ドスドスと怒りの足音とともに去っていくオーギュステ。
深々と頭を下げてそれを見送り、そしてたっぷり一分以上。
もうオーギュステが側にいないのを確認した後。
エレミアは、頭にかぶっていたコック帽を、勢いよく地面に叩きつけたのでした。
「なぁああああによ、あいつ! こっちだけが悪いみたいに! 元はといえば、あんたがぜんっぜん軍隊のこととか勉強してないのが悪いんでしょ! そこまで無能だとはおもわなかったわよ! このっ、無能、無能! あそこまでひどい状態を、料理だけで挽回できるかぁ!!」
ぐわっと両手を握り締め、品のない怒声を上げるエレミア。
そう、普段はお上品な美人を気取っているエレミアでしたが、素はこういう性格だったのでした。
「挽回できるか、もなにも、料理でも完全敗北だったがな」
「そこっ! うるさい!!」
ウォーレンがいつもの無表情でつぶやくと、ぐわっとエレミアが眉を吊り上げます。
そして、バタバタと地団駄を踏みながら、恨みがましくつぶやいたのでした。
「なんっなのよ、あのメイド! 発想が異常だわ! なによ、金属の缶に食べ物を詰めるって! どうやったらそんな考えが出てくるわけ!?」
エレミアから見て、それはあまりに異常な発明でした。
いろんな国を旅してきましたが、そんなことを考える人はどこにもいなかった。
甘く見ていたメイドのとんでもない活躍に、エレミアは恐怖すら感じているのです。
そしてそんな相棒を見つめながら、ウォーレンが無表情のまま呟いたのでした。
「発想だけじゃないぞ。料理の腕も一級品だ。あのチュウカ料理とかいうやつ、とんでもなく美味しかった」
「……は?」
それを聞いたとたん、エレミアは相棒をギラリとにらみつけ、信じられないといった様子で言いました。
「なに、ウォーレン。あんた、まさかあいつの料理を食べたの?」
「食べた。あまりに美味そうで、耐えられなかった。とくにスブタとかいうやつが、俺のおすすめだ」
「……な・ん・で、あんたは敵の料理を食べて、しかも褒めてるのかなぁ~……! あんた、私の相棒でしょうがっ!」
そう言うと、エレミアはウォーレンの両頬をひっつかみ、ぐにぐにと伸ばし始めます。
それに、ウォーレンは変わらない無表情で応えました。
「痛い」
「でしょうねぇ! このっ、このっ!」
腕を組んだまま、一切抵抗しないウォーレンの顔をひたすらいじくり倒し。
ようやく気が済んだエレミアは、ぜえぜえと荒い息をつき、ですがやがて気を取り直します。
「ふん、まあ良いわ。ちょっとはあいつにも花を持たせてあげないとね。せいぜい、良い気分で眠っているといいわ。うふふ……だって、ねえ。そろそろ、“効果”が出てくるころだもの」
そう言って、にたりと笑うエレミア。
それに、ウォーレンがわずかに表情を暗くしました。
「……エレミア。本当に、このままいくつもりか?」
「まさか。……今までは、ちょっと遠慮しすぎたわ。これからは、加減なしでいくわよ」
「なに?」
予想外の言葉に、驚きの表情を浮かべるウォーレン。
本気か、と目で問いかけますが、エレミアはそれを無視して、邪悪な笑みで言ったのでした。
「見てなさい、シャーリィ。この王宮の胃袋は、とっくに私のものだってこと。それを、すぐに思い知ることになるわよ……!」




