騎士と戦士と宴会料理14
「ローレンス団長、頼みます!」
「ギリガン隊長、余裕ですぜ!」
それぞれの部下たちが声援を送る中、ついに呑み比べが始まってしまいました。
「つぶれるか、相手が呑んだ後、すぐに呑まなければ負けだ。いいな!」
「よかろう」
ルールを確認しあい、手のひらサイズのショットグラスを、ぐいっと勢いよくあおるお二人。
グラスは小さいですが、中身の液体は、恐ろしいまでのアルコール度数を誇る火の酒!
胃の中が炎に包まれるところを想像して、ひえっとなってしまいます。
そこは美味しいごはんを詰め込むための場所ですよ、大事にしてっ!
「ふん、これだこれだ、これが酒だ! 体が燃え上がるような熱気! つまらん冷えた酒とは、比べるまでもないわ!」
グラスをテーブルに叩きつけ、ぶはあっと荒く息を吐いて、豪快に吠えるギリガンさん。
しかしそれとは対照的に、ローレンス様は静かにグラスを置くと、そっと枝豆を一粒口に含み、ゆっくりと噛みしめます。
「ふん、なんだ、豆なんぞ食いおって! 呑み方も実につまらん、本当につまらん奴だお前は!」
挑発するギリガンさん。
しかしローレンス様は動じた様子もなく、そっと二杯目を手に取りました。
「つまらなくて結構。臆病な奴ほど、無駄に騒ぎ立てるものだ」
「なにをっ!」
続いて二杯目、またもやぐわっと景気よく呑んでみせるギリガンさんと、静かに流し込み枝豆を噛みしめるローレンス様。
そして次、更にその次と進むにつれて兵士の皆様は大盛り上がり。
「いいぞ、呑め呑め!」
「負けるな、男の勝負に負けはないぞ!」
ガンガンテーブルを叩いたり、ドンドンと足踏みしたり、手拍子したりでひたすら二人を煽り立てています。
それを見ていたメイドのみんなも、せめてもと声援を送りはじめました。
「ローレンス様、しっかり!」
「キャー、ローレンス様! お酒もお強いのね、素敵!」
もちろん、応援するのはローレンス様一択。
それに、ギリガンさんは面白くなさそうに眉をぴくぴく震わせ、俺のほうが立派な呑み方だろうと言いたげに、ぐいっと豪快にお酒を呑み干します。
それに対し、ローレンス様は相変わらずのマイペース。
顔色一つ変えず、静かに呑み、枝豆を食し続けますが、そこでふとこちらのほうに視線を向けてきます。
すると、メイドの中から黄色い声が上がりました。
「きゃあっ、ローレンス様が私を見たわ!」
「馬鹿言わないで、私を見たのよ! 私はここにいますわ、ローレンス様!」
「ああ、私のためにお勝ちになって、ローレンス様!」
なんて、目をウルウルさせて叫びまくる皆様。
皆様の中では、ローレンス様は自分の作った料理を侮辱した悪者を成敗する、正義の騎士となっているのでしょう。
ですがそれにもローレンス様は冷静な表情を崩さず、再び静かにお酒を呑み干します。
そうして十杯、二十杯と呑んでいき。
ギリガンさんの顔はどんどん赤くなっていきますが、ローレンス様は相変わらず顔色一つ変えません。
当然のように枝豆を一粒噛みしめ、次の一杯を飲み干すローレンス様に、ついにギリガンさんが顔を引きつらせます。
「てっ、てめぇ、どうなってやがる……。こ、こんなに呑んで、なぁんで、平気な顔してやがるんだっ……」
「いくら強かろうが、たかが酒ではないか。騎士たるもの、こんなものを呑んだ程度でどうにかなるものか」
ややろれつが怪しいギリガンさんに、冷然と返すローレンス様。
するとギリガンさんがふらふらと立ち上がり、たたらを踏みながら、大声で叫びました。
「おっ、俺は戦士だぞ! たくさん戦って、たくさん勝った! お前みたいな……お前みたいな、戦いを知らんやつに負けるはずがないんだぁ!」
「お前は、そればかりだな。ギリガン」
それにそう応えると、ローレンス様も立ちあがり、そしてグラスを片手にこう続けたのでございます。
「戦いを知るからなんだ。乱暴にふるまい、ただ戦うだけなら、誰でもできる。平和を、そして大事な人を守ること。それがなにより難しいと、お前にはわからぬのだろうな」
そう言って、ぐいっと酒を飲み干すローレンス様。
すると、一斉に「団長が呑んだぞ!」「すぐに呑まないと負けだぞ、傭兵!」「男を見せろ、男を!」と囃し立てる声が巻き起こりました。
「ぐっ……ぐうううううっ!」
獣のようなうなり声を上げて、ギリガンはすがりつくようにテーブルの上のグラスをつかみます。
そして、それをやけくそ気味に、浴びるように口へと流し込みますが……次の瞬間、その体がぐらりと傾き。
ついに、ドタンと地面へと倒れ込んでしまったのでした。
「……団長の勝ちだあああああ!」
喜びを爆発させたローレンス様の部下たちが、一斉に声を張り上げます。
そして肩を組み、歌を歌い、上機嫌でビールを呑み始める皆様。
ローレンス様の周りには、見事な勝利をたたえるべく人が集まり、メイドのみんなもきゃっきゃきゃっきゃと大はしゃぎ!
そして、呑み比べを心底楽しそうに見ていた大将軍モーガン様が、ローレンス様の背中をバンバン叩きながら豪快に言ったのでした。
「さすが噂の騎士団長! 大した人材だと聞いていたが、聞きしに勝るわ! 国境は我らが守る、王都は頼んだぞ!」
「モーガン大将軍。ありがたきお言葉です」
そう言って、笑みを浮かべあうお二人。
そして、それとは対照的に、部下に引きずられて退場していくギリガンさん。
こうして、楽しい余興だったとばかりに兵士の皆様は食事と酒に戻っていき。
地方と王都、それぞれ違う場所で戦う皆様同士も、楽しげに酒を呑み交わし始めたのでした。
それはきっと、今後のこの国の財産となることでしょう。
こうして、もしかしたら大変な事態になっていたかもしれない大宴会は、予想以上の大成功を収めたのでした。
……のは、いいのですが。
◆ ◆ ◆
「……もう。本当に、無理をするんですから……!」
あの呑み比べから、ほんの少し後。
盛り上がる宴会場、それを背に、私は、ぐったりとしたローレンス様に肩を貸しながら、夜の王宮へと向かうこととなっていたのでした。
「ああもう、すぐにお部屋までお連れしますから、どうか倒れないでくださいまし!」
「すまない、シャーリィ……」
私にもたれかかり、どうにか歩を進めながら、うめくようにつぶやくローレンス様。
その顔は真っ青で、足元はおぼつきません。
勝負が終わった後、一人でそっと会場を抜け出すローレンス様。
後を追うと、予想通り、ローレンス様は少し離れたあたりでふらふらと倒れそうになり。
私は、慌ててその体を支えることになったのでございます。
そう。
酒なんていくら呑んでも平気だ、なんて大きなことを言っていたローレンス様ですが。
なんと、実際は、ものすごくお酒が弱いのでした!
「私がお出ししたチョコレートボンボン一つで気持ち悪くなるくせに、どうして呑み比べなんかなさるんですか」
「男には、避けられない戦いもあるんだ……」
なんて、胃のあたりを押さえながら言うローレンス様。
どう見ても限界は突破していて、一度倒れたら二度と起き上がれそうにありません。
ここまで頑張ったのに、会場の側でつぶれているところを誰かに見られたら、全部無駄になってしまいます。
とにかくお部屋にお連れして、水でも飲ませなければ、と、私はとっても重いローレンス様を必死に運ぶ羽目になったのでした。
「本当にもう、見ていてひやひやしましたよ。よくハッタリを貫きましたね」
「あれ以上長丁場になっていたら、間違いなく負けていたからな……。ギリガンが、動揺して無理な呑み方をしてくれて、助かった……」
と、弱り切った表情で言うローレンス様。
肩を貸しているせいでそのお顔があまりに近く、ああ、改めて見ると本当に整った顔立ちをしてらっしゃるわ、なんて思ってしまいます。
宴会場の喧騒から離れ、できるだけ人目につかないよう、庭を通り抜ける私たち。
静かな夜の庭。
そこにいくつもの照明が輝き、何とも幻想的な雰囲気でございました。
「……何度も意識が飛びかけたが、あの豆を噛むことで、どうにか繋ぎとめられた。ありがとう、シャーリィ」
「いえ、それは構いませんが……本当にお体は大丈夫ですか?」
急性アルコール中毒というものもありますし、本当に不安でございます。
会場のほうも心配ですが、良くなるまで、できるだけついて差し上げないと。
しかし、それにしても頑張りすぎです。
呑み比べ勝負なんて、負けてしまってもよかったのでは?と私が言うと、ローレンス様は小さく頭を振っておっしゃいました。
「そうもいかない。ギリガンの好きにはさせられなかったし、それに……好きな人が、見ていたからな。どうしても、負けたくなかった」
「……えっ!?」
そのあまりにも予想外なお言葉に、思わず驚きの声を漏らしてしまいました。
視線を向けると、ローレンス様は自分でもびっくりした表情を浮かべています。
しまった、酔った勢いで余計なことを言ってしまった、とばかりに。
(ローレンス様の……好きな人!? その人が、あの場にいた!?)
うそ、そんな話、聞いたこともありません!
誰でしょう、あの場にいた女性となると、やはりメイドでしょうか。
クラーラお姉さまでしょうか、それともエイヴリルお姉さま?
いやいや、まさかまさかの、アンだったり!?
あれこれ考え込んでしまう私。
ですが、そんな私を見て、ローレンス様はふうとため息をつくと、覚悟を決めたようにこうおっしゃったのです。
「……やはり、通じんか。なら」
「きゃっ?」
そして、私の両肩に手を置くと、ぐいっと強引に向き合う形にするローレンス様。
そして、私の目をじっと見つめると……真剣な表情で、こうおっしゃったのでした。
「……君だ。君のことを言っているんだ、シャーリィ・アルブレラ。私は……君のことが、好きだ」




