騎士と戦士と宴会料理13
「なんだ、このつまらん酒は! こんな弱い酒で、男が酔えるか!」
そのとんでもなく大きな声が響き渡ったとたん、大騒ぎだった宴会場が、しんと静まり返りました。
なにごと!?と私が慌てて視線を向けると、その先にいたのは……オーギュステの部下の、ギリガンさん!
そう、お馬さんでローレンス様に負けたあのギリガンさんが、ビールの入ったグラスを地面に叩きつけ、ぐりぐりと踏みにじっているのでした。
そして、会場中の視線が集まってくる中、にたりと恐ろしい笑みを浮かべて、こう続けたのでございます。
「こんな安酒と、くだらん料理で大喜びとはな! さすが、戦争を知らん国の兵どもだ! まるで女子供のごとき軟弱さよ!」
その言葉に、ざわっ、と会場がざわつきました。
それはそうでしょう。なにしろギリガンさんは、このエルドリア王国の兵士様全員を侮辱したのですから!
「……なんだ、あいつは?」
「オーギュステ公の部下です。なんでも元傭兵だとか」
「ほう」
将軍の皆様が、笑みを消し、低い声で言いあうのが聞こえてきます。
そして、怒りに目をぎらつかせ、すっと立ち上がる兵士の皆様。
しかし、それに対抗するように、オーギュステの部下たちもギリガンさんの周りに集まっていきます。
そして始まる、にらみ合い。
あっ、これ、もしかしてやばいやつです……?
た、楽しい宴会の最中に乱闘とか、勘弁してほしいのですが!
ああ、皆様が武器を持ってないのはせめてもの救いですが、このままではまずい。
ねえ、あなた荒っぽいの嫌いなんでしょ、どうにかしろという視線をオーギュステに送りますが、奴はジョッキを抱えて周りをキョロキョロ。
どうしようどうしよう、と慌てふためくばかり。
ああっ、本当に役に立たない!
言ってはなんですが、この人、本当に王様の器ではありません!
「おい、今なんて言った?」
「なんだ、言って何が悪い。こんな酒で気持ちよく酔える軟弱さが、いっそうらやましいわ」
くってかかる兵士様に、ギリガンさんが馬鹿にした表情で応えます。
あの、ギリガンさん、あなた何が狙いでこんなことを始めたんでしょう。
こんなことをしても、状況が悪くなるだけでどうにもならないですよね!?
まさか、ムカついたからいやがらせしてるだけ?
いえいえ、そんなまさか……いや、ああいうタイプの人なら、十分ありうる!
もしくは、宴会をめちゃくちゃにするつもりでしょうか。
そんなことになったら、私の可愛い料理たちがどんなことになるか……やだ、困ります!
なんて私がワタワタしてる間に、将軍の皆様まで席を立ちます。
大将軍モーガンさんにいたっては、ニコニコと笑顔を浮かべている始末。
喧嘩ができるぞ、やった!と顔に書いています。
おぼっちゃまも、それをあえて止めようとはせず、不敵な笑みを浮かべるばかり。
ああ、男性というものは本当にっ……!
こうなれば仕方なし。
メイドの皆と顔を見合わせ、せめて被害が小さくなるよう、テーブルを隅によけよう!と、動き出そうとしたその時。
すっとローレンス様が輪の中心に進み出て、いつものポーカーフェイスで言ったのでした。
「ギリガン。勝負がつけば、大人しくする約束だったはずだ。貴様、戦士の誓いを破るつもりか?」
低くいさめるその声に、しかしギリガンはにたりと笑い、顎をさすりながら応えます。
「さてなあ。邪魔をしない、とは言ったが、不満を言わないとは言っておらん。こんなまずい飯と酒を出されては、文句の一つも出るというものだ」
……あ。
この人……今、私の可愛い中華料理たちを、まずいって言いました?
いろいろと足りない中、苦労して開発し、とびきり美味しく作れるまでみんなで練習した、この中華料理を……ま・ず・い?
へー。ふーん。
なるほどなるほど。
……今すぐ厨房から中華鍋を取ってきて、頭をぶん殴ってやろうかしら!
なんて、こぶしを握り締めて怒りに震える私。
ですが、そこで予想外のものを見て、私はえっと驚いてしまいました。
なんと、あのローレンス様が、怒りに顔を歪ませているのです!
(うそ、ローレンス様でも怒ったりするんだ……)
いつも穏やかな顔ばかり見てきたから、それはあまりに予想外。
ぐっと拳を固め、いまにもギリガンに殴り掛かりそうなローレンス様。
ですが、ふとおぼっちゃまのほうを見て、それをそっと下げると、低い声で言ったのでした。
「どうやら、お前は酒に強いのが自慢らしいな。いいだろう、もう一度勝負といこう」
「ほう!」
それに、ギリガンさんはニヤッと笑みを浮かべ、してやったりの表情。
ああ、なるほど……これか狙いだったんですね!
場の空気を支配して、ローレンス様にリベンジマッチを仕掛ける。
最初から、それが狙いだったんだ!
やだ、外見に似合わず本当にこずるい!
「良いぜ、あんたが勝負したいなら受けてやるよ。ただ、弱い酒じゃ話にならん。俺の祖国の、最高に強い酒で勝負といこうじゃないか!」
そう言って、部下に酒の瓶を持ってこさせるギリガン。
それを見た瞬間、私は絶句してしまいました。
なにしろ、それはたしか、アルコール度数が40%ぐらいあるお酒だったのですから!
たしか、前世の世界では、テキーラとかウォッカがそれぐらいの度数だったはず。
私だったら、一滴呑んだだけでも立っていられなくなることでしょう。
そして、それを見ていた兵士の皆様は、予想外の展開に顔を見合わせていましたが、次の瞬間には破顔一笑。
ばっと動き出すと、テーブルを動かして中央に空間を作り、嬉しそうに叫んだのでした。
「呑み比べだ! 騎士団長と、くそったれ傭兵の呑み比べ勝負だ!」
……争いができるなら、なんでもいいのですね皆様……。
そして、準備が進んでいる間に、ローレンス様はおぼっちゃまのほうに歩み寄ると、うやうやしく頭を垂れたのでした。
「陛下。せっかくの酒宴を、騒がしくして申し訳ありません。すぐにあの者を黙らせますゆえ」
「いや、それはよいのだが……」
そう答えるおぼっちゃまは、どこか不安そう。
おそらく、ローレンス様が本当にお酒に強いのか、不安がっているのでしょう。
止めたほうがいいのでは、と迷っている様子でしたが、それではローレンス様のメンツを潰してしまう。
なのでただ一言、こうおっしゃったのでした。
「無理はせぬように」
「はっ」
いや、そうは言ってもこの状況、ローレンス様が無理をしないとは思えません。
まんまと相手にのせられてしまったローレンス様が心配で、私はそっと駆け寄りました。
「ローレンス様!」
「ああ、シャーリィか……。……!」
と、私に気づいて振り向いたローレンス様が、そこで驚きの表情を浮かべました。
なんでだろう、と思ったら。
ああ、そうでした。私チャイナ服姿でした。
「あっ、これはすみません。お粗末なものをお見せしまして」
「い、いや、そんなことは……」
慌てて足を隠す私と、すっと視線を逸らすローレンス様。
うーん、さすが紳士的な反応です。
……って、こんなことをしてる場合じゃなかった。
「ローレンス様。本当に勝負なさるのでしたら、せめてこちらをお持ちください」
そう言って、そっとお皿を差し出す私。
その上に載っているのは、緑色の、ホカホカな豆の山でございました。
「こちら、枝豆と申します。呑む前に、さやの中から一粒ずつ出してお食べください。気休め程度ですが、酔いにくくなりますわ」
そう、お酒を呑む時は、酔いすぎないよう、少しでも胃袋に食べ物が入っていたほうが良いらしいのです。
それに、枝豆は成分的に、いくらか助けになるとかなんとか。
本当は、コンビニで売っていたような、酔い止めドリンクがあったらよかったのですが。
私には縁遠すぎて、作り方も材料もまったくわかりません。
なので、本当に気休めの枝豆を渡すぐらいしかできない私。
ですが、ローレンス様は大きくうなずくと、お皿を受け取ってくださったのでした。
「ありがとう。百人力だ」
「……どうか、ご武運を!」
そのまま、決戦の場に歩を進めるローレンス様の背中に、せめてもの声援を送る私。
ああ、馬に乗って殴りあうよりはましですが、なんでこんな勝負をするのでしょう。
アルコールをたくさん呑めるから、なんだというのか。
そんなのちっとも偉くありません!
どうかローレンス様が体を壊しませんように、と私が祈っている間に、ついに呑み比べが始まってしまったのでした。




