騎士と戦士と宴会料理12
「ああっ、美味い、美味い! 凄いぞ、こんな酒があるなんて!」
「料理もなんたる美味か! ああ、この赤いエビの料理、辛くて実に酒に合う!」
「この野菜とイカの炒め物も、最高だ! とろみがあって、実に酒に合う。なんという料理なのか、どこの国のものなのか見当もつかん!」
なんて、エビのチリソース煮や八宝菜をおつまみに、浴びるようにビールを飲み続ける将軍の皆様。
お酒を呑まない私にはわからないですが、中華料理とビールの組み合わせは最高のようでございます。
ただし。中華料理と言いつつも、これらの料理は、それらが日本で魔改造されたもの。
いわば日本式中華料理とでも言うべきもので、本場中国とはかなり違うものだったそうですけれども。
たとえば餃子なんかは、中国で食べられているのは基本的に水餃子で、しかもおかずではなく主食として食べるのだとか。
他の料理も原形をとどめていないことが多く、エビのチリソース煮にいたっては、ほぼ日本のオリジナルだとか聞いたことがあります。
ではどうしてそんなことになっていたのかと言いますと。
つまり、日本で中国料理を広めようとする際に、日本人の口に合うよう調整がなされたから、らしいのです。
まあ、料理の世界では、不思議なことではありませんね。
ラーメンだって、日本と中国ではかなり違ったそうですし。
そして今まさに振舞っている料理は、その日本式中華料理を、さらに私がこの国の皆様のお口に合うよう、味や食材を調整したもの。
言ってみれば、日本式中華料理エルドリア風味といったところでしょうか。
うーん、ややこしい!
まあとにもかくにも、そんな複雑怪奇なルートをたどって生まれた、これらの料理。
今大喜びで召し上がってる皆様にとって、この料理たちは、まさに異世界の味と慣れ親しんだ味が、融合したものといったところでございましょう。
「ガハハ、これはたまらん! なんて素晴らしい宴会だ! 呑め、呑めい!」
「ガハハ、ガハハ!」
などと、豪快に騒ぎながら食事を楽しむ皆様。
それを見て、私も思わずニッコリしてしまいます。
普段お食事を出している貴族様たちも、なんのかんのと褒めてはくれますが、そのお食事風景は基本的にお上品。
それはそれで悪くないですが、こう元気よく食べてもらえるのは、やはり楽しいものでございます。
それに、そのビールをぐびぐび飲み干す姿を見て、私は思わず前世の父を思い出してしまいました。
私の前世の父はとてもお酒が好きで、私が自分で呑めないのにお酒を作ったことがあったのは、そんな父のためだったのでした。
……まあ、半分以上は好奇心からでしたが。
そんな私の作ったビールを、美味しい美味しいと呑んでいた前世の父。
会えるものなら、もう一度会ってみたいな……なんて一瞬考えてしまい、私はすぐにその考えを振り払いました。
(おっといけない。私は今を生きているんだから、過去のことで思い悩むのはいけないことだわ)
そう、私にはうじうじしている暇なんてないのです。
それに、今は勝負の最中。気を抜くなど、とんでもないこと。
……まあ、皆様は中華料理に夢中で、エレミア女史たちの料理にはあまり手をつけてらっしゃらないようですけども。
隅のほうでこんもりと放置されていて、なんだか料理が可哀想。
後でわずかばかりですが、私がいただいてあげるとしましょう。
(なんにしろ、今なら一瞬抜け出すぐらいは平気そうね。私も支度してこなくちゃ)
そう考え、私はそっと会場を離れると、自室に飛び込み急いで服を着替え始めたのでした。
なにしろ、着替える時間がなく、私だけまだメイド服姿だったのでございます。
みんなにだけ、チャイナ服を着させるわけにはいきません。
まあ、美しいお姉さまたちがいるのに私のチャイナ服なんて誰も喜ばないでしょうが。枯れ木も山の賑わいというやつでございます。
「……よし、こんなものかな」
ぴっちりとしたチャイナ服を身にまとい、問題ないか姿見の前でしっかり確認。
改めて見ると、やっぱスリット恥ずかしいな……この格好で人前に出るのか……とか思ってしまいますが、まあ恥ずかしいのは最初だけ。
すぐに気にならなくなることでしょう。
そうして会場に舞い戻ると、宴会はまだまだ盛り上がりを見せています。
料理をほおばっているおぼっちゃまのお側に行くと、そのグラスが空なのに気づいて、私はコーラの入った水差しを手に歩み寄りました。
「おぼっちゃま。コーラをお注ぎいたしますわ」
「おお、シャーリィ。頼む……。……!?」
声をかけて、おぼっちゃまのグラスにコーラを注ぎ入れる私。
ですが、そう言って振り返ったとたん、おぼっちゃまの顔が驚いた表情で固まってしまいました。
「っ……」
「……? どうなさいました、おぼっちゃま?」
こちらを見ながら、みるみる赤く染まっていくおぼっちゃまのお顔。
どうしたんだろう、と思っていると、おぼっちゃまは私の腕をつかんでぐいっと引き寄せ、耳元でこんなことをささやいたのでした。
「馬鹿者、なんという格好をしておる……! 足が見えているではないか!」
……ああ、なるほど。
どうやら私が普段と違う格好をしているので、びっくりしたようでございます。
まあほとんどメイド服姿しか見せたことがないですし、そりゃ驚きますよね。
「おぼっちゃま、こちらは本日のための特別な服装にございます。メイド全員この格好なので、私だけが違う格好というわけにも……」
「むうっ……」
そうお応えすると、おぼっちゃまはうなり声を上げ、とても困った顔をなさいました。
そして周囲をキョロキョロと見回すと、もう一度私を引き寄せ。
そして、とても予想外なことをおっしゃったのでございます。
「……それでも。それでも、余は……お主の足を、他の男どもには見せたくない」
「えっ……」
とたんに、どくん、と心臓が跳ねるのを感じました。
やだ、おぼっちゃまったら、いつのまにそんな殿方っぽいことを言うようになったのでしょう。
しかし、私はあくまでメイド。それに私の足程度、誰も気にしたりしません。
そんなものを、おぼっちゃまが隠したがる必要は、ない、のですが。
どう、受け取ればいいのでしょう。
どんな返事をすればいいのか、私にはわかりません。
ただ、一つ確かなのは。
……今、私の顔は、かなり真っ赤になっているだろうということだけです!
なんて、私がどぎまぎしていますと。
側で、誰かが大きな声を上げました。
「ええい、くそ、面白くない! なんだこれは、どうしてこうなった!?」
それは、オーギュステでございました。
近くに座っていたオーギュステが、面白くなさそうな顔で声を上げたのでございます。
「どいつもこいつも、この俺が用意した料理に目もくれん! くそっ、ふざけるな! 俺は王族だぞ!?」
と、かんしゃくを起こすオーギュステ。
ですが、その手には、しっかりとビールの入ったジョッキが握られているのでございました。
……呑んでるんじゃあないですか、自分も。
「まあまあ、オーギュステ公。酒の席でそう暗い顔をするものではありませんぞ。どれ、メイド。公にお酒を」
「はい、ただいま」
見かねた大将軍モーガン様がそうおっしゃり、私はビールの入った水差しを手に駆け寄りました。
すると、オーギュステがギロリと私のほうをにらんできます。
「おのれ、忌々しいメイドめ! おまえのせいで、この様だ! おのれ、おのれ!」
「えっと……申し訳、ありません?」
返答に困りつつもビールを注ぎ入れると、オーギュステはそれを一気に飲み干します。
そして、続いて目の前に置かれたチャーハンを、やけくそ気味にかきこみはじめたのでした。
「ああっ、くそ、この酒、本当にムカつくぐらい美味いな! この料理も美味い! ちくしょう、ちくしょう!」
わめきつつも、次々と中華料理を口に放り込み、ビールでがーっと流し込むオーギュステ。
その姿は、まるで仕事の愚痴を言いながら居酒屋で呑んでいる、若いサラリーマンのよう。
そんな彼を、皆様は腫れ物のように遠巻きに見守っているのでした。
そしてふと見てみると、エレミア女史の姿はもう会場のどこにもありません。
さすがに肩身が狭かったのでしょう。
どうやら今回はこれで勝負あり。
かなり大きな勝負を物にしたのではないでしょうか。
このまま、全て片付いてくれるといいのですが……と、一息ついた瞬間。
会場内に、がちゃん!というガラスが割れる大きな音と、怒声が響き渡ったのでした。
「なんだ、このつまらん酒は! こんな弱い酒で、男が酔えるか!」




