騎士と戦士と宴会料理10
「ウィリアム王の、おなーりー!」
王宮の敷地内にある、宴会のための大きな施設。
颯爽と歩くおぼっちゃまに続いてそこに入ると、兵士の皆様が一斉に立ち上がり、深々と頭を下げました。
(うわあ、凄い数!)
料理の関係で人数は把握していましたが、いざ来てみると、やはり圧倒されてしまうほどの数です。
なにしろ、各陣営の皆様が集まった、千人規模の大宴会なのですから!
将軍の皆様が連れてきた方々に、我が王宮の騎士や兵士の皆さん、さらにオーギュステの部下たちまでが所狭しと集まって、この時を待っていたのでございます。
「皆の者、待たせたな。今宵は、お主らの労を大いにねぎらわせてくれ。無礼講である、楽にしてよし」
「はっ! ありがたき幸せにございます! 総員、楽にして良し!」
王の椅子に座ったおぼっちゃまがそう言うと、大将軍モーガン様がそう声を張り上げました。
すると兵士の皆様が「ありがとうございます!」と返し、一斉に椅子に腰かけます。
本来、王様の前で腰掛けるのは兵士様的にNGなのですが、今夜は特別というわけでございます。
私がおぼっちゃまのお側に控えるべく歩いていくと、表情を緩めた兵士の方が、ひそひそ話をしているのが聞こえてきました。
「今夜は、特別なごちそうが出るらしいな。ああ、楽しみだ!」
「ああ、聞いたぞ、貴族様すら夢中になる料理が出るらしい。今を逃したら、俺たちではもう一生食えんかもしれん」
「ああ、今日は腹がはち切れても食うぞ。人生最高の夕食にしよう!」
それは、今夜の食事を楽しみにしている声でした。
なんだか可愛らしくて、ニコニコしてしまいます。
ええ、ええ。ご安心ください。
それはもう、とびきり美味しいお食事をお出ししますとも!
しかし、そこであることに気づきます。
和やかな彼らと違い、宴会場の一角には、恐ろしく険悪な空気が流れているのでございます。
そこでは騎士の皆様と、オーギュステの部下たちが、ギリギリと殺気を向けあっているのでした。
そして、その輪の中心には、ドーナツの騎士ことローレンス様と、そのローレンス様にお馬で負けたギリガンさん。
お二人は、はっきりと決着をつけたはずなのですが、どうやらばっちり遺恨が残ってしまったようでございます。
不仲なら離れて座ればいいのに、と思うところですが。
(たぶん、互いに妙な動きをしないよう、けん制しあっているのね)
武器の持ち込みは禁じられているので、たぶん大丈夫だとは思いますが、まあ万が一がありますし。
にらみ合っていてもらいましょう。どうせすぐに料理とお酒が運ばれてきて、それどころではなくなるでしょうし。
なんて思いつつおぼっちゃまの側に控えると、そこで厚かましいオーギュステが、作った笑顔で大声を張り上げました。
「さあさあ、諸君、いよいよ楽しい宴会だ! 俺のほうから、最高級の料理を振舞わせてもらうとしよう! さあ、運んでくるがいい!」
そして、エレミア女史ら部下に合図を送るオーギュステ。
さっそく料理が運び込まれてくる……と思いきや、そこで宰相のティボー様が待ったをかけました。
「待たれよ、オーギュステ公。これはウィリアム陛下の宴会ですぞ。王族とはいえ、親戚筋のあなたが先に料理を出すとは、どういう了見ですかな?」
「えっ?」
予想外のそれに、オーギュステが間の抜けた声を上げました。
えっ、でも、今までは俺のほうが先に出したりしてたし……と顔色に出して、困惑した様子のオーギュステ。
どうやらまだ、自分の立場がわかっていないようでございます。
なんていうか、そう……もう、譲歩する必要はないのです。こちらには。
もう、どちらが王としてふさわしいかは十分に示されました。
パワーバランスはひっくり返ったのです。
つまり、もはやオーギュステは手強いライバルではなく、ただの邪魔な金色ワカメにすぎません。
なら、先手を譲ってやる必要もなし。
ティボー様がうやうやしく頭を下げると、おぼっちゃまが全ての兵に向けておっしゃいました。
「今宵の料理は、余の優秀な部下たちが腕によりをかけた異国の料理。余もすでに口にしたが、まさに天上の如き御馳走だ。さあ、存分に食すがよい!」
その言葉とともに、扉が開け放たれ、豪華な料理を載せた大量のワゴンが運び込まれてきます。
それに、会場から大きな歓声が上がります……ですが、それは料理に対してだけではありませんでした。
彼らの視線は、料理よりも、むしろワゴンを押すメイドに釘付けになっていたのです。
なぜならば。
今日、みんなが着ているのは、いつものメイド服ではなく。
いわゆる、チャイナドレスだったからでございます!
「うっ、美しい……まるで、妖精のようだ……!」
「なんて刺激的な服だ。目が離せん!」
華麗な装飾が施され、スリットから太ももがのぞく、大胆なチャイナドレスに目が釘付けの皆様。
ええ、ええ、そうでしょうとも。美しいメイドの皆がそんな恰好をしていたら、殿方は当然そうなることでしょう!
「うっ、うう、やっぱりこの格好恥ずかしいわっ……!」
「我慢です、アンお姉さま! シャーリィお姉さまの案ですもの、間違いはありません!」
顔を赤く染めて、太ももをどうにか隠そうとしながら言うアンと、平然と着こなし、励ましの声をかけるクロエ。
ああ、二人とも本当に似合ってるわ!
まあ、クロエは色っぽいというより、可愛い感じになってるけれども!
そう、これは私の発案。
インパクトでまず勝つための、秘策の一つ。
効果は抜群で、兵士の皆様はもう夢中。
そして、ひときわ視線を集めていたのは。
今日も助けに来てくれていた、元一班のメイド頭の、クリスティーナお姉さまでございました。
「うっ、美しすぎるっ……! まるで女神だ! ああ、どうにかお近づきに……」
「馬鹿、あれは貴族様の奥方だぞ。指一本触れてみろ、首が飛ぶぞ、首が。ああ、だがそれでもいいかも……」
と、兵士の方が囁きあっているのが聞こえます。
そう、クリスティーナお姉さまは、今や人妻。
それも相まって、今日のお姉さまは、怪しいまでの美貌を発揮しておりました。
……いえ、私もさすがに、結婚しているお姉さまにこの服は駄目だろうと思ったんです。
ですが、みんなが準備しているのを見たお姉さまが、私もぜひ着たいわ!なんて、自分から言いだしたのでございます。
ああ。お姉さまは、結婚してむしろはっちゃけた気がします。
今も、ノリノリで配膳してくださっていますし。
なんにしろ、チャイナ服攻撃は大成功。
もう皆様、メイドと、メイドが運び込む料理に夢中でございます。
勝ったな……なんて思っていると、顔をひきつらせたエレミア女史がやってきて、低い声で言ったのでした。
「ちょっと! あんた、どういうつもりよ! 料理じゃなくて色気で人気を取ろうなんて、恥を知りなさい、恥を!」
あらあら。これは予想外なお言葉。
なんでもありは、そちらの専売特許だった気がしますが。
とはいえ、言われたからにはお応えしましょう。
「それは違うわ、エレミア。これはね、料理のコンセプトの一環なのよ」
「コンセプト、ですって……?」
「ええ、そうよ。あれはね、異国のお洋服なの。そして、今出してる料理は、そこを起源としたものなのよ」
そう、チャイナ服のみんながどんどん机に並べている料理。
それは、エビのチリソース煮に、小籠包、酢豚に八宝菜、それに餃子。
すなわち……中華料理なのでございます!
独特の匂いを放つそれらを、特別な服を着たみんなが並べる。
たったそれだけで、宴会場は一気に異国の雰囲気へと早変わり。
そう、料理とは味だけにあらず。そのシチュエーションも大事なのですから!
「食事は、料理だけじゃなくて雰囲気も楽しむもの。私はそれをご用意しただけよ。なんら恥じるところはないわ」
「ぐっ、ぐうううっ……!」
悔しそうな顔で、ぐうの音を出すエレミア女史。
遅ればせながら彼女たちの料理も運び込まれ始めましたが、すでに会場の空気は中華一色。
オーギュステの部下たちですら、驚きの表情で中華料理を見ています。
エレミア女史たちが用意した料理も、かなり美味しそうではありますが。
残念ながら、中華料理屋に来て、インド料理や中東料理を頼む人はいません!
「さあ、皆様、こちら今宵のお酒にございます。どうぞどうぞ!」
元気にそう言って、すべての兵士様の前に透明なグラスが置かれました。
その中には、黄色く、しゅわしゅわと泡を吹いているあの液体が。
それを見て、大将軍モーガン様が驚きの声を上げました。
「なんだ、この酒は? こんな酒、見たことがないぞ!」
「……麦酒、ではないですか? この黄色い感じは、おそらく」
「いや、それにしては透明度が高すぎますぞ。麦酒とは、もっと濁っているものです。泡もこんなに出るはずがない」
それに、参謀様やほかの将軍様が応じます。
ですがその間にも、液体の注がれたグラス(中身はコーラです)を手にしたおぼっちゃまが立ち上がり、それを掲げて言いました。
「皆の者、グラスは行き渡ったか? では……我らが国の繁栄を祝って、乾杯!」
「乾杯!」
それに、待ってましたとばかりに全員がグラスを持ち、一斉に口をつけます。
すると、その全員が驚きの表情を浮かべ、ぐいぐいと呑み進め。
そして、豪快に飲み干すと、ドン!と空のグラスをテーブルに叩きつけ、狂喜の表情で叫んだのでした。
「うんまあああああああああああああいいいい! おかわり!!」




