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【書籍・漫画化しました!】異世界メイドの三ツ星グルメ ~現代ごはん作ったら王宮で大バズリしました~【旧題・美食おぼっちゃまの転生メイド】  作者: モリタ


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騎士と戦士と宴会料理9

「カン……ヅメ……?」


 私が置いたそれを手に取り、しげしげと見つめながら、大将軍モーガン様が呟きました。

そのままぶんぶんと缶詰を振り、そして不思議そうな顔でおっしゃいます。


「たしかに、中に何かが詰まっておるようだが……この中に、食べ物が入っているというのか? どうやって取り出すのだ」

「そう、それを私も考えておりました。完全に閉じているように見えますが。どこから取り出すのが正解なのでしょう。まさか、壊して開けるのでしょうか?」


 と、モーガン様の隣に座る参謀さんも、不思議そうに続きます。

そうですよね、初めて見たらそこがわからないですよね。

しかし、実は参謀さんの予想はある意味当たりなのでした。


 缶詰が発明されたのは、私の前世の世界で、1800年代のこと。

かのナポレオンが、軍の食料事情を改善すべく、懸賞付きで保存食のアイデアを募集したそうにございます。


 そこで開発されたのが、ガラス瓶を殺菌し食料を入れ、密閉する瓶詰め。

これはなかなか有効だったそうですが……その欠点も、すぐに思いつきますよね。


 そう、ガラス瓶では、重いし割れるし、携帯性も悪いのです。

そこで数年後に開発されたのが、ブリキ缶に食料を詰める缶詰。

これが実に有効で、大いに歓迎されたのですが、こちらにも一つ、大きな問題が。


 つまり、今モーガン様が口にしたのと同じ、どうやって開けるの?という問題です。

当時の缶詰には、パキッと開けられるタブなどついておらず、完全に密封された状態。


 そして、なんと開けるための道具は、その時点では存在していないのでした。

なので、当時の皆様は、参謀さんの言うとおり、缶詰を壊して開けていたそうでございます。


 石をぶつけたり、ナイフを突き刺したり。

しまいには、銃をぶっぱなして開けていたとか。

そう、缶詰は、閉じたはいいが開け方の正解がない、未完成な状態で世に生まれたのでした。


「はい、それを開けるには、こちらを使います」


 ここでネタバラシをすべく、私は隠し持っていた、金属製の小さな道具を取り出しました。

そして缶詰を手に取ると、皆様の視線が集まる中、その道具……すなわち、缶切りを当て、ギコギコと、てっぺんを切り始めたのでした。


「おおっ、なんと!? 見事に開いていくぞ!」


 参謀さんが、驚きの声を上げました。

他の皆様も、びっくりした表情で見ています。

てこの原理で、缶を切り開く缶切り。缶を開けるための、専用の道具。


 それが発明されたのは、なんと缶詰が生まれた、五十年ほど後のことだそうでございます。

すぐに思いつかなかったのか、と考えてしまうところですが、最初になにかを思いつくのはなかなかに難しいもの。


 知っていれば真似をするのは簡単ですが、私は自分でこれを思いつけたとは思えません。

いわゆる、コロンブスの卵というやつでございます。


「こちら、中身はこうなっております」


 そう言って、少しだけ残して開かれた蓋を上げ、缶詰の中身をお皿に出す私。

すると、シロップとともにぷりんとした桃が現れ、おおっと驚きの声が上がりました。


「中は果実だったか。美味そうですな」

「なるほど、こうして運べば確かに便利かもしれませんな。とはいえ、桃は傷みやすいのでどれほど持つか怪しいものですが」


 そんな感想を言っている皆様の前に、素知らぬ顔で一つずつ桃をお出しします。

すると皆様はごくりとのどを鳴らし、桃をパクっと一口。

そして、すぐにニッコリと笑みを浮かべたのでした。


「うむ、美味い、実に新鮮な桃だ!」

「いやあ、良い桃ですな。いつでもこんな桃が食えたら良いのですが」

「とはいえ、うちの城に運ぶ間にかなり味は落ちてしまうでしょうな」


 などと、何も知らずに絶賛してくださる皆様。

なので、私は笑顔で事実を告げたのでした。


「こちらの桃、半年前のものになります」

「えっ!?」


 その瞬間、目を見開いて驚きの声を上げる皆様。

嘘だろ、とこちらを疑いの目で見たり、そんなものを食べたらお腹を壊してしまうとばかりにさすり始めたりする皆様。


 ですが、本当に本当です。

この桃は、半年前に詰めたもの。

処理を施した缶詰は、ちゃんとその味を保っていてくれたのでした。


 その秘密は、まず桃をシロップでよく煮て、殺菌した缶に詰め、真空状態になるようふたをし、さらに缶をじっくりとお湯で煮沸消毒すること。

こうすることで、食べ物を腐らせる菌を全滅させることができるのです。


 菌がいなければ、腐ることもないのが道理。

なので、中身の桃は腐ることなく、今でも美味しいままというわけなのでした。


「し、信じられん。そんなわけがない、確かに美味しかったぞ!」

「だ、大丈夫なのでしょうな? な、なにか我々は食べてはいけないものを食べてしまったのでは……自然の摂理に反している……」


 ですが、そんな事情を知らない皆様は動揺するばかり。

そんな皆様に、菌のことや消毒のことを話しても伝わるかどうか。

なので、面倒になった私は、こうお伝えしたのでした。


「こちら、宮廷魔女の発明となっております」

「なんだ、宮廷魔女殿の発明か! なら大丈夫だな!」


 と、一斉に声を張り上げ、安堵の表情を浮かべる皆様。

よくわからんが魔女ならどうにかするんだろう、という安直な発想、助かります。


 実際缶詰を作るにあたっては、塔の魔女ジョシュアに大いに助けてもらったので、あながち嘘でもありません。

そして私が缶詰の作り方を知っているのは、前世で「防災用缶詰を自作しよう!」なんて思いついて、作ったことがあったからなのでした。


 まあ……缶詰を自作するキットは思った以上にお高く、なかなかお財布が痛かったのですが。

なんでもやっておくものです。


 しかし、私はあくまで道具を買って作っただけなので、缶詰本体や、それをふさぐための道具を作ったことはなし。

鍛冶師のアントンさんやジョシュアに知恵を借り、どうにか完成したのがこちらなのでした。


 なので、ジョシュアの発明ということにしても問題はないでしょう。

彼女も、「これは凄い! 将来、冒険の旅に出る時に、山ほど持って行きたいもんだ!」ってはしゃいでましたし。


「ちなみに、こちら、詰められるのは果実だけではございませんわ。お肉や魚、それにカニなんかも美味しい状態でお届けできます」


 私がそう告げると、皆様がごくりとのどを鳴らしました。


「肉……」

「魚……」

「カニ……」


 思い思いに、食べたいものを口にする皆様。

おそらく、普段口にできないものなのでしょう。

ですが、これからはそれらを口にできるのです!


 ……とはいえ、こちらの缶詰。

当然ながらオール手作りなので、結構なコストがかかります。

なので、全ての兵士の皆様に、というわけにはいかず、おそらくお偉いさんだけの、たまのお楽しみということになるでしょう。


 もっと安く作るには、工業化を待たねばなりません。

残念ながら。


「まあ、そういうわけだ諸君。これからは、食料の改善を約束しよう。とはいえ、それをするには国が豊かでなくてはならんがな」


 と、話をまとめるように宰相ティボー様が口を開かれました。

そして、ニッコリと魅力的にほほ笑んで、おぼっちゃまに視線を送ります。


「まあそのあたりは問題ない。なにしろ、我らがウィリアム王は名君であらせられる。これから、我らが国はますます豊かになることだろう!」


 しゃっきりとした姿勢で、椅子に座ってらっしゃるおぼっちゃまに集まる視線。

それを冷静な表情で見返し、おぼっちゃまは威厳ある様子でおっしゃいました。


「とはいえ、それはお主らが国を守ってくれるからにほかならぬ。お主らがいるから、民も安心して繁栄への道を歩めるのだ。お主らの働きには、大いに感謝している。……そして、だ」


 言いつつ、おぼっちゃまは立ち上がり、力強く言ったのでした。


「余は、すぐに大人になるぞ。そう、ひと瞬きの間に。そして、万が一我が国が戦禍に巻き込まれるようなことがあれば、余の姿は、必ず戦場に在るだろう。お主らを指揮する者として、そして戦友として、だ」


 ……かああっこいいいいい!

それは、思わず目が潤んでしまうほど神々しいお姿でした。

私は今、確かに幻を見ました。


 立派に成長したおぼっちゃまが、馬にまたがり、名采配で敵をなぎ倒すお姿を!

ああっ、でもそうよね、おぼっちゃまはすぐに大人になっちゃうのよねっ! それはそれで、なんだか残念なようなっ!


 なんて私が一人でわちゃわちゃしている間に、将軍の皆様は顔を見合わせました。

そして椅子から立ち上がると、すっとおぼっちゃまの前で片足をつき、深々と頭を下げたのでございます。


「我らが王よ。我らの命を、生涯、あなた様に捧げます」

「我が王のため、そして国のため。この命、存分にお使いください!」


 感極まった様子で、忠誠の言葉を告げる将軍様たち。

その一人一人の肩に手を置いて回り、おぼっちゃまは厳かに言ったのでした。


「ありがとう。ならば余も、お主らの忠誠に応えられる王で居続けよう。これは、お主らとの生涯の約束だ」


 その様子に、私だけでなく、おぼっちゃまにお仕えする全員が感動の表情を浮かべます。

ああ、この人が主君でよかった。


 そう思わせるだけの器を、おぼっちゃまは、見事に示して見せたのでした。

どうやら、完全に勝負あり。

これで、オーギュステもお役御免。王宮での戦いも、終わりとなることでしょう。


 ……と。思ったのですが。


「まっ、待て待て、お主ら気が早いぞ! なんだ、そんなつまらん保存食!」


 と、そこで勢いよく声を上げたオーギュステ。

なんだ、こいつまだいたのか、という視線が集まる中、脂汗を額にたっぷりにじませたオーギュステが、媚びを売るように続けます。


「そんなもので我慢するな。俺なら、そんな面倒なことをせんでも牛や豚ごと送ってやる! 生きたまま送れば、保存も何もあるまい!」


 ……ああ、それはたしかに。

生かした状態なら、大変ではありますが新鮮な状態で送れますね。

とはいえ、輸送手段は馬車などになりますので、かなり効率が悪い気がしますが。


「新鮮なものを食べたいなら、ちょくちょく戻ってこれるよう長期休みを増やせばよろしい。お主らが豪勢な休みを過ごせるよう、良き土地に軍の専用施設も建造しよう。どうだ、我慢などせんでいいのだ!」


 なんて、無茶苦茶なことを言い出すオーギュステ。

とにかく金で振り向かせようというのです。

白けた視線が集まりますが、しかし一定の効果はあったと見たのでしょう、オーギュステはなおも続けました。


「とにかく、そろそろ宴会の準備も出来ていよう。宴会は、酒も呑めん子供とやっても面白くないぞ。どうだ、お主らの部下も交えて大宴会といこうではないか!」


 そう言って、一同を促すオーギュステ。

まあ、たしかにそろそろ宴会場に皆様が集まっている頃合いでしょう。

そして、そこでバチリと、エレミア女史と視線が合いました。


「ふふ。まだ、勝った気になるのは早いわよ、シャーリィ。二回戦といこうじゃない」


 不敵な笑みとともに言う、エレミア女史。

何ともあきらめの悪いコンビです。

ですが、いいでしょう。どちらにしろ、宴会は行われるのですし。


 今頃キッチンでは、うちのシェフやメイドの皆が、大忙しで宴会料理を仕上げている頃合い。

そしてもちろん、そちらにも私はとびきりの秘策を仕込んであるのです!


「いいわ、エレミア。だけど、後悔することになるわよ……ここで終わっておけばよかったって!」


 笑みを返し、そう応じる私。

さあ、軍をめぐる料理対決。

宴会料理で、第二ステージとまいりましょう!

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