騎士と戦士と宴会料理8
カレールー。
説明するまでもないでしょう。
ご家庭でカレーを手軽に楽しむために作られた、茶色いアレでございます。
その中身は、多数の香辛料を合わせたものと、すりおろしてしっかり火を通した玉ねぎやにんにくなど。
それを小麦粉と混ぜ合わせ、固めた物。
つまりそれは、カレーを作るにおいて面倒な部分を省き、作りやすいようにするためのもの。
基礎の部分、こっちでやっておきました!的なものなのでした。
「なんと、これを湯に入れるだけでこの味ができると……!?」
「はい! とはいえ、いまお出ししたものには、それ以外に野菜やお肉も入っておりますけれども。その時にある食材を煮込んで、その後にこれを入れていただければそれで大丈夫ですわ!」
「ほう、それは簡単だな! うちの部下どもでも、なんとかなりそうだ!」
カレールーをしげしげと見つめながら、感嘆の声を上げる将軍の皆様。
そう、カレーの魅力はその味だけではなく、カレールーのおかげで誰でも作れて、手間が少ない点も大きいのでした。
野菜の皮を剥くぐらいは、時間をかければ誰でもどうにかなります。
あとはそれとお肉なんかを煮て、アクを取って、後はルーをどぼんと入れて溶かすだけでできちゃう、ある種究極の簡単料理。
どんな料理下手な方でも、ルールさえ守れば美味しくできてしまうの。
それがカレー!
それに救われた人は、きっと多いことでしょう。
とはいえ、日持ちするカレールーの開発には、なかなか苦労させられました。
すぐにカビが生えてしまったり、味が劣化してしまったりと、とにかく失敗続き!
ですがその甲斐あって、今や私のカレールーは、容器に詰めて密封すれば、数ヵ月は持つレベルにまで進化したのでございます!
……まあ、それは美味しいルーを作ろうという、私の個人的な欲望だけでなく。
お父様の商会で、商品として売り出すための研究でもありましたけども。
「ううん、これはいい! ただ、まあ、部下どもに食わせるには、ちょいと美味しすぎるかもしれんがな」
「うむうむ、あいつらにはもったいない。我ら上の者だけでこっそりいただくのがいいのでは?」
「はっはっは、それはやめておいたほうがいいでしょう。こんな美味しそうな匂いを出していたら、すぐに気づかれてしまう。食い物の恨みは恐ろしいですぞ」
なんて、カレーをぺろりと平らげて、楽しそうに言葉を交わす将軍様たち。
よし、ここは一気に畳みかける頃合い!
そう判断した私は、次に、お椀に入った麺料理をお出ししたのでした。
「ほう? これはまたもや、見たことのない料理が出てきましたな。薄いスープに、細長くて白いものが入っておる」
「それは、今、都ではやっておるウドンとかいう料理だ。凄い人気でな、いつも大行列で、大したものだぞ」
不思議そうな顔の将軍様に、宰相のティボー様が説明を入れてくださいます。
そう、私のうどん店は今も大繁盛。
私は調子に乗ってどんどん店舗を増やし、揚げ物とかがトッピングできる高級うどん店なども開店したのですが……まあそれは置いといて。
さっそくうどんをすすってくださった将軍様たちは、すぐに目を輝かせ、感動した様子で口々におっしゃいました。
「うまい! 見た目で薄いスープかと思ったら、実に味わい深い!」
「この麺も、口当たりがよく、実に美味しい! こ、これも先ほどの料理のように、簡単に再現できるのか?」
「はい、もちろんでございます! この二つだけで、簡単に調理できますわ!」
そう元気に応えて、今度は瓶に入った二つの品をお出しします。
片方は、さらさらしたパウダー状のもの。
そしてもう一つは、長くて白い、乾燥したなにか。
「こちら、粉末だしと乾燥うどんにございます! うどんのほうをお鍋で少し煮て、粉末だしを加えたお湯に入れれば、ただいま食べていただいたものになりますわ」
そう、それは前世のスーパーでお手軽に売っていた、粉末だしと乾麺にございました。
そのうちの粉末だしの正体は、かつおぶしや昆布に煮干し。それらを粉々に砕いて混ぜたもの。
乾燥させてあるので、日持ちは十分。なのにお湯に混ぜるだけで美味しいうどんだしが出来上がるという、素敵な粉にございます。
そして乾麺は、うどんを干して乾燥させたもの。こちらも水分がほとんどない状態なので、密閉しておけば十分日持ちいたします。
それらを湿気に気をつけながら輸送すれば、辺境だろうが、十分に美味しいうどんを召し上がっていただけることでしょう!
「なんと、これはすごい! 手間が、先ほどの物よりさらにかからんとは!」
「こいつのことを教えてやれば、料理当番どもは泣いて喜ぶぞ!」
なんて、うどんをすすりながら、大喜びで言い合う将軍様たち。
よしよし、どうやら大成功。
そしてもちろん、これらもお父様の商会の商品でございます。
軍の食事に携わることができれば、お父様の商会もさぞかし潤うことでしょう。
ですが、勘違いしないで欲しいのですが、私はなにもお金に目がくらんでこれらを売り込んでいるわけではありません。
いえ、もちろん、これで一生料理の研究には困らないな、とか、両親に、我が家の宝ともてはやされるの、最高に気持ちいい!とか、そういう思いはあります。
ですがそれ以上に私は、この世界に、カレーとうどんをもっともっと広めたいのでございます。
そのためには、簡単で、かつ、極力安くそれらを味わえるようにしなければいけない。
これらは、その一心で研究したもの。
冷蔵技術がないこの国でも広まっていくよう、考え抜いて作ったものなのでございます。
最高に美味しいカレーとうどん。
それは、きっと国境を越え、いろんな国に広まっていくことでしょう。
そして、やがてあらゆる国、あらゆる人種の皆様が、カレーとうどんを食べるようになる。
それが、私の夢。
つまり、カレーとうどんによる、世界征服にございます!
そう、世界中をカレーとうどんで埋め尽くしちまいたいのです!
そんなことを口にすれば、世の人たちは、「何を馬鹿なことを」と笑うかもしれません。
でも……私、本気です!
「ちなみに、ただいま出しましたカレーとうどんを組み合わせた『カレーうどん』も美味しゅうございますわ」
「っ!?」
私がそう言ったとたん、皆様、驚きに目を剥いてこちらをお向きになられました。
そんなことしていいのか!? どんな味なんだろう! と、その顔がおっしゃっています。
ちなみに、それはおぼっちゃまも一緒でございました。
だって、まだおぼっちゃまにもカレーうどんは出していませんから。
お前、どうしてそんな美味しそうなものをまず余に食べさせぬ!?と、その表情が物語っています。
ああ。これは、近いうちにカレーうどんを出すように言われますね。
最高に美味しいものを出せるよう、用意しておかねば。
「ふう、実に素晴らしい。これは兵どもが喜ぶぞ。良いみやげ話ができた」
と、大変満足そうにおっしゃる大将軍モーガン様。
他の皆様もお腹をさすって嬉しそう。
それはおそらく、場合によっては荒事になりかねなかった今日の軍議が、無事に終わりそうだという安堵もあるのでしょう。
オーギュステ一味もすっかり落胆した様子。
当のオーギュステも、机に肘をつき、いらいらした様子で貧乏ゆすりをしています。
もう終わった、という空気が流れる会議室。
ですが、こちらにはまだもう一手。
最後にもう一波乱、ご用意してありました。
「皆様。よろしければ、最後にデザートなどいかがでしょう」
そう、努めて平静に言い、私は机の上に、そっとあるものを置きます。
すると、それを見て、オーギュステが驚きの表情で叫んだのでした。
「デザート……!? デザート、だと!? 馬鹿な! お前、そんなものを出してなにがデザートだ!」
ふざけるな、と言いたげなオーギュステ。
ですがそれも致し方なし。
なにしろ私が置いたのは。
円柱型をした、金属製のなにかだったのですから。
「あれが、デザート……? 食えるのか?」
「馬鹿な、どう見てもただの金属ですぞ。あれはなにかを入れる、食器なのでは?」
「ですが、完全に全面がふさがっておるように見えますが。なにかを載せるにしても、無理があるのでは?」
と、ざわつく会議場。
こいつ、最後に頭のおかしいことをしてきたぞ、と私を憐れむ視線も感じます。
まあ、知らないとそう思いますよね。
なので、私はにやりと微笑んで、こう告げたのでした。
「皆様。こちらは食器でも、これ自体を食べるものでもありません。これは、中に食べ物を封じ込めておくためのもの。その名も、缶詰と申します!」
※お知らせ※
皆様のおかげで、結構前に書籍と漫画化が決定しておりました。ありがとうございます!
そのうち漫画は、近いうちに漫画アプリで掲載が始まる予定です。
書籍のイラストを担当してくださる先生が、とても素敵なキャラクターデザインを用意してくださり、漫画家の先生がとても面白く描いてくださっています。
これから情報を徐々にお伝えしていきますので、一緒に楽しんでくださると嬉しいです。
本当にありがとうございます!




