騎士と戦士と宴会料理7
「さあさ、偉大なる戦士の皆様方、どうぞこちらを味わってみてください! 皆様のために、特別にご用意した品でございます!」
部下に料理を運び込ませながら、エレミア女史が、そんな媚びっ媚びの声をあげました。
お尻もフリフリ、そこにしっぽがついていたら、きっとものすごい勢いで揺れていることでしょう。
うーん、さしものエレミア女史も、旗色悪しと相当焦っているようですね!
「私、皆様が普段、質素な食事をなさっていると聞いて、皆様のお城でも手軽に味わえて美味しいメニューを考案しましたわ。ぜひ、お試しください!」
そう言ってエレミア女史が机に並べたものは、色鮮やかな何種類ものスープと、薄くてこんがりと焼き目がついた、美味しそうな白いパン。
おそらく、インド料理のお店などで出てくる、ナンの一種でございましょう。
「ほう。うちでも作れる料理とは、気が利いておる。まずい軍の食事にはうんざりしておったのだ」
「まったくです。食事のレパートリーが増えるのは大歓迎。しかし、見たことのない料理だ……どうやって食べれば?」
「はい、こちらはそのパンをちぎって、好きなスープにつけて食べる料理にございます。色とりどりな味わいを、ぜひお楽しみください!」
ああ、やっぱりそういうアレですか。
いわゆる、インドカレーのようなものでございましょう。
スパイスの効いた色とりどりのカレーに、ナンをつけて、いろんな味を楽しむアレでございます。
なるほどなるほど。
──あちらも、そう来ましたか。
「ほうっ! なんと、これはうまい!」
緑色のスープにナンをつけて、パクリと口にした瞬間、将軍のお一人が嬉しそうな声を上げました。
それに続いて、ほかの将軍様たちも一斉に歓声を上げます。
「おおっ、これはなんと味わい深い! この白くて薄いパンとよく合っておる!」
「異国の香辛料で味付けしてあるのか? スパイシーな味わいが、クセになりますな。おお、これはうまい、うまい!」
と、お腹が空いてたのもあるのでしょう、大絶賛の将軍様たち。
それに気を良くしたのか、エレミア女史が続けて言いました。
「お気に召してくださって、なによりですわ。こちらのほう、ぜひお城でもお楽しみくださいませ。そのための準備もしてございます」
「ほう? どのようにだ」
大将軍モーガン様がもぐもぐしながら尋ねると、エレミア女史は、にやりと笑って続けます。
「こちらの料理に使われている香辛料。それを、私どもはすでに大量に買い付け済み。これならば、十分に日持ちいたします。皆様のお城に送らせていただき、同時にそちらの料理人の皆様が作れるよう、詳細なレシピも送らせていただきます。これならば、毎日、素敵な食事を楽しめますわ!」
そう言って、多種多様な香辛料が詰まった瓶を見せ、どや顔をするエレミア女史。
ああ、やはりそういう考えですか。
たしかに、香辛料は乾燥させれば、風味は落ちますが、長期保存が可能です。
これならば、辺境であっても、いつでも美味しいスープが作れる。
ですが……それに対し、将軍の皆様は顔を見合わせた後、ため息とともに言ったのでした。
「ああ、そりゃ無理だ。なにしろ、うちの城には、レシピ通りに料理を作れる、まともな料理人なんていないからな」
「えっ!?」
その言葉に、驚きの声を上げるエレミア女史。
そしてそれに続くように、将軍の皆様が次々と声を上げました。
「左様。うちは、正式な料理人すらおらん。当番制で兵に割り当てておるだけだから、大体いつもまずい。あいつらに香辛料など、扱えるはずがない」
「うちは一応料理人がおるが、得意料理は薄いスープとぺちゃんこパンだけだ。そもそも、大勢いる兵に対して作る頭数が足りておらんから、いつも大忙しでレシピなんぞ覚える暇はないだろう」
「その通り。奴ら、平和な国なのに、厨房はいつも戦場だと嘆いておる。使い方もよくわからん香辛料なんぞ厨房に届けたら、ふざけるなと怒り出すだろう」
そう、そうなのです。
私は事前に確認してましたが、この国の軍隊には、まともなコックさんなど配備されていないのでございます。
そこで料理を担当するのは、当番でやらされる兵士さんか、野菜の皮を剥いて煮るぐらいはできるよというレベルの料理人さん。
彼らはいざ戦争になれば、戦いながら料理をすることになるので、鍛錬にも多くの時間を取られ、新しいレシピなど覚えている時間はないことでしょう。
また、スパイスを使う料理は、それを適切に扱い、さらにきちんと分量を合わせねば美味しくなりません。
そんな細かいことを、大忙しの彼らにやらせるのは酷というもの。
「美味しいことは認めるが、うちでは無理だ。事情も知らずに、どうぞ、と言われてもどうにもならんよ」
と、切って捨てる将軍様たち。
予想外の出来事に、オーギュステ一味は唖然とした表情です。
そして、好機と見たのか、そこでおぼっちゃまが口を挟みました。
「なるほどな。どうやら、オーギュステは軍の実情というものがわかっておらんらしい。ところで、実は余のほうも軍の食料に関して提案がある。……シャーリィ」
「はい、おぼっちゃま!」
いよいよ私の出番が参りました。
鼻息荒くお返事すると、私は執事の方に合図を送ります。
すると一斉に料理が運び込まれ、将軍様たちの目の前に置かれ……そして、彼らは面食らった表情で、驚きの声を上げたのでした。
「……なんだこれは。たった今食べたのと、似たような料理ではないか!」
そう。
私がお出しした料理。
それは、奇しくもエレミア女史と同じ、カレーだったのでございます!
ただし、違うことが一点。
それは、私のカレーがインド風カレーではなく、いわゆる日本式のカレーだという点!
「むう、美味そうだが、これではやはりうちの城では……」
「まあ、そう言うな。まずは食べてみよ」
渋い表情の大将軍モーガン様を、おぼっちゃまが促します。
王の命令ならば仕方ない、という表情で、将軍様たちはパンをちぎってカレーにつけ、お口に運んでくださり。
そして……一斉に、驚愕の表情を浮かべたのでした。
「なんだ、これは……! 似たような外見なのに、先ほどのスープより、はるかにうまああああいい!!」
「なっ……!?」
笑顔をはじけさせ、とりつかれたようにカレーをむさぼり食らう皆様。
もう夢中、といったご様子にございます。
その勢いは、エレミア女史が、呆然とした表情で驚きの声を上げるほど。
「なんだ!? 先ほどのものよりずっと、とろみがあって、味わいが深いぞ!」
「パンによく染み込んで、実に美味い! ああ、これはたまらん……!」
と、むさぼりながら口々にカレーを褒めてくださる皆様。
それに、私は思わず心の中で喝采を上げてしまいました。
(よっし!!! そうよ、カレーで負けるわけにはいかないからねっ!)
そう。これは、降って湧いたカレー対決。
ならば、その味で私は負けるわけにはいかないのです、けっして!
だって、カレーなんですよ!?
私にとって、カレーは特別な料理。
お城で自由に研究ができるようになってから、私はとりつかれたようにカレーを作り続けてきたのです。
食べれば懐かしく、異世界であっても、かつての味を再現できる素敵なカレー。
前世で山のように食べた、ゴーゴーカレーやココイチのカレー!
そんなカレーで、相手が魔女だろうが何だろうが、決して負けるわけにはいかないのでございます!
インド風と日本風、どっちが上かという問題ではなく。
一人のカレー狂として、ここだけは負けるわけにはいかないのです!
ほかのどの料理で負けたって、カレー対決だけは負けるわけにはいきません。
だって。日本式のカレーは、おそらくこの世界には存在していないのですから。
その使い手は、おそらくまだ私一人。ならば、その威信にかけて負けるわけにはいかないのです!
気分は、勝手にカレー日本代表。
青いユニフォームで世界に挑む覚悟です。
エレミア女史の、いえ、おそらくその相方であるウォーレンシェフのカレーも、きっと美味しいことでしょう。
ですが、ここだけは……ここだけは、私の存在にかけて負けるわけにはいかないのです!
私のカレーのほうが、ぜっっったいに美味しい!
そう。負けられない戦いが……ここには、ある!
「ああ、なんと、この美味しさを表現する言葉を知らんのが勿体ない! もっと本を読んどくべきだった!」
「何たる出会い、素晴らしい料理だ! ああ、これが本当にうちの城でも食べられたなら……」
と、絶賛とともに、嘆きの声を上げる皆様。
それに、私はカレーへの狂気を隠し、にっこりとほほ笑んで応えたのでした。
「できますわ。皆様のお城でも」
「なに? 何を言っておるメイド、話を聞いておらんかったのか。ワシらの城には、こんな凝った料理を作れる者がおらんと言っておろうに」
苦い顔でおっしゃる、大将軍モーガン様。
ですが、私はそこで、金属の容器に入った茶色くて四角いものを取り出すと、見せびらかすようにして言ったのでした。
「大丈夫にございます。誰にでも作れますから。なにしろ、こちらの料理。このカレールーを、お湯で溶かすだけで作れるのですから!」




