騎士と戦士と宴会料理6
「とにかく、申し上げたいのは、うかうかしていては、我が国も他国に飲み込まれかねないということであります」
移動した会議室。
そこに、数名の将軍様と、おぼっちゃまに、宰相のティボー様が座していました。
そして、そこに当り前のような顔をして同席する、ライバルのオーギュステ。
さらに、それを取り巻く私たちお世話係。
そんな面々で始まった軍議。
そこに、将軍の皆様の大きな声が響き渡りました。
「左様! 状況はまったくもって、予断を許してはくれませぬ。周辺で平和なのは我が国ぐらいなもの。他国はどこもかしこも戦争状態ですゆえ」
「その矛先がいつこちらに向くことやら。平和協定など、いつ破られてもおかしくありませんぞ!」
難しい顔をして、口々に不安を口にする将軍様たち。
その目の前のテーブルには、大きな地図が置かれていて、それを指さしながら、大将軍モーガン様がおっしゃいます。
「北のフォクスレイ帝国の、若き皇帝アレクシス三世は、たいそうな野心家だとか。すでにいくつかの小国や部族を飲み込んでおり、我が国も狙っておるのは明白ですぞ!」
「左様、フォクスレイは雪国。冬には港が使えませぬ。年中使える我が国の港は、さぞかし魅力的に見えることでしょう」
フォクスレイ帝国の噂は、私も聞いたことがあります。
戦争が大好きな野蛮なお国で、雪国で土地が痩せている分、他国から奪うことで生計を立てているのだとか。
我が国は平和のために、相手にやや都合のいい条約などを結んで、どうにか仲良くしている状態のようです。
ですが数年前、帝位を若き皇帝が継いで、いろいろときな臭くなってきているのだとか。
「さらに、東のウルカーナ王国では、覇王と呼ばれるハロルド王が、次々と敵国を打ち破っておる状態です」
「ハロルド王は、見たこともない新兵器と聞いたこともない戦術で、百戦百勝の快進撃を続けておるとか」
「敵意のない国には攻め込まない、と公言しておりますが、どこまで信じていいのやら。敵意など、いくらでもでっち上げられます! そしてかの国の兵力は、我が国の数倍ではききませぬ。万が一攻め込まれては、ひとたまりもありますまい!」
難しい表情で、ウルカーナ王国のことを評する皆様。
ウルカーナは草原の国で、多数の強力な騎兵を有し、またハロルドとかいう王様がめっぽう戦上手なのだそうでございます。
周囲を多数の国に囲まれたウルカーナ王国。
その豊かな国土は常に侵略の対象となっていたそうですが、ハロルド王が王座に就いてからはその圧倒的強さで暴れまわり、どんどん他国を退け、国を強化しているのだとか。
(北の陰険皇帝に、東の最強の覇王。周囲に危険人物が多いから、皆様ますます若いおぼっちゃまを不安視するのね……)
これから戦乱の世が始まるかもしれない。
そんな時、王がお子様でどう戦うのか。
それが不安で仕方ない、と言いたげな皆様。
「とにかく肝要なのは、我が国も、今の兵力ではやっていけぬ、ということです!」
「左様。さらなる軍拡を行い、他国に対抗せねば!」
「最悪、先に戦争を仕掛ける事も検討すべきですぞ! 軍の増強は必須でございます!」
さらに、口々に血の気の多いことを言う皆様。
つまり結局のところ、今のままでは不安だから軍人を増やせ。
俺たちの権力ももっと強くして、軍事費も上乗せしろ、と。
こういうことが言いたいようでございます。
ですが、あまり軍に権力を与えすぎると、今度はクーデターの恐れが大きくなります。
王と軍の関係は、常に権力の綱引きなんだとか。
かといって軍が弱いと他国に攻められる不安もある。
とても難しいこの問題でございます。
さて、それがわかっているのかいないのか。
そこで、オーギュステがヘラヘラ笑いながらこう口を挟んだのでした。
「安心せい、軍の問題はわかっておる。お主らは、金も人も足りぬところでよく頑張ってきたな。この俺が、それに報いてやろうではないか」
「なんと。では……?」
「うむ、俺に任せれば、どかんと万単位で軍人を増やし、軍事費もどんと積み上げてやろう。我が国も、これからは戦える国を目指すべきだ。他国に備えるのはそれが最適解。そうであろう?」
おお、と将軍の皆様が歓声を上げました。
それは皆様にとって、まさに願ったり叶ったりの言葉でございましょう。
ですが、そこで大将軍モーガン様だけが眉根を寄せ、不安そうにおっしゃいました。
「ですが、オーギュステ公。そうなると国としてはかなりの負担ですぞ。なにしろ、軍人を増やすのはただ事ではありませぬゆえ」
それに、宰相のティボー様が顎に手を当てて続きます。
「左様、千人増やすだけでも、かなりの訓練費用と食料が必要になりますな。それが万単位となると、今のままではとても難しい。その財源はどうなさるおつもりで?」
そして、オーギュステに一斉に注目が集まりました。
さて、どんな考えを持っているのかと。
これに、目立ちたがり屋のオーギュステは大喜び。
ふひ、と笑みを浮かべ、馬鹿面でこんなことを言ったのでした。
「そんなもの、決まっておる。税を増やすのよ。今のままでは、ぬるすぎる。農民どもから、搾り取るだけ搾り取ればよいのだ!」
その発言に、ぴたり、と会議場の空気が凍り付きました。
一斉に、難しい顔で口をつぐむ将軍様達。
しかし、おいおい、こいつ大丈夫か、という空気にも気づかず、オーギュステは大はしゃぎで続けます。
「なにしろ国を守るためだ、やつらも不満はあるまい! それに、強力な軍隊で他国を平らげれば、我が国はますます豊かになる。そうすれば奴らも叫ぶことであろう、我らが偉大なるエルドリア王国万歳、とな! はっはっは!」
広い会議室に響き渡る、オーギュステの馬鹿笑い。
それに、将軍様たちは難しい表情を浮かべ、大将軍モーガン様は頭頂部を指先でカリカリと掻いて返答に困っています。
そして、そこで、今まで沈黙を保っていたおぼっちゃまが、静かな声でおっしゃったのでした。
「オーギュステよ。お主、自分がおかしなことを言っているとわからぬのか」
「なにっ!? お、おかしいだと? なにがおかしいというのだ!」
呆れを含んだ、おぼっちゃまのお言葉に激しく動揺するオーギュステ。
それを見つめながら、おぼっちゃまは冷静に、こう続けたのでした。
「──万が一戦争になったならば、その主力は農民であるぞ。彼らを徴兵し、歩兵として頼ることになる。そんな彼らを痛めつけて、どうして軍が増強できるというのか」
「ぬうっ!?」
そう。そうなのです。
この時代、職業軍人の数はとても少ない。
なぜならば、彼らは食料を消費するばかりで、生み出さないからでございます。
それを支えるには、かなりの数の農民が必要。
だから、普段は軍人の数を抑え、もし戦争となった時は、各地の領主が農民の皆様を率いて、戦場にはせ参じるものなのでございます。
「重税で苦しみ、貧困にあえぐ。そんな者たちが、徴兵されて必死に戦うと思うか? 農民を苦しめるということは、軍を苦しめるということであるぞ」
「左様、脱走や規律違反が増えるばかりでしょうな。ましてや、そんな状態でこちらから侵略戦争を仕掛けるなど。戦意が保てるとは思えませぬ」
おぼっちゃまやティボー様が口々にそう言い、むう、と顔を歪ませるオーギュステ。
将軍の皆様も、口は挟みませんが、同意の表情を浮かべています。
(まあ、それもやり方次第ではうまくいくのかもしれませんけどね)
たしか、前世の世界の歴史では、農民を苦しめつつも戦争をしていた国々が、結構あったと思いますし。
まあ、大体悲惨な戦争だったようですが。
しかし今大事なのは、それにオーギュステがなにかを言い返せないこと。
それが、彼の軍事に対する認識の甘さをあらわにしていることです。
ああ、こいつは大将にできないな、と。みんなが思ったことでしょう。
「そもそも、この状況で大幅な軍の増強などしてみよ。逆に周辺国を警戒させ、攻め込ませる口実になるかもしれぬ。そのあたりのことは、考えておるのか」
「ぐっ、ぐうっ……。で、ではお前ならどうするというのだ、ウィリアム!?」
責め立てられ、逆ギレ気味に叫ぶオーギュステ。
するとおぼっちゃまは小さくうなずき、地図を見下ろしながら続けます。
「我が国から攻める必要などない。つまりは、他国に『攻めるに難し』と思わせればよいのだ。ならば、国内の守りをより固めればよい。たとえば、ここだ。ここに、新たに城砦を築く」
そう言っておぼっちゃまが指さした地図の地点。
それを見て、大将軍モーガン様が驚きの表情を浮かべました。
「なんと! 実は、ワシもこの地点に城があれば、と常々思っておったのです!」
「で、あろうな。国境から後退することになった場合、寄る城が必要だ。この地点ならば、守りやすく、各地からの援軍を迎え入れるのもたやすい。また、伝令を素早くリレー形式で走らせるために、各地に物見塔を設立する」
次から次へと、地図を指さしながら、流れるように今後の展望を語るおぼっちゃま。
それにいちいち驚きの表情を浮かべ、うんうんとうなずく将軍様たち。
どうやら、おぼっちゃまの言うことは相当に的を射ているらしく、皆様感心することしきりです。
そして……それを、ぽかんと口を開けて見ているだけの、オーギュステ。
ああ。前世で授業についていけないクラスメイトが、あんな顔をしていたものです。
おぼっちゃまと将軍様たちのお話はどんどん熱を帯びていくのに、オーギュステだけは完全に置き去り状態。
この方、全然軍事を勉強してこなかったのね……。
金をくれてやって、人を増やせば軍人どもは自分になびいてくるだろう、と。
そう、安く見積もっていたのでしょう。
おぼっちゃまとは、まるで月とスッポンでございます。
そして。私はこの瞬間、どうしておぼっちゃまが、オーギュステを自由にさせていたのか。
その理由を、ようやく理解したのでございます。
(このためだったんだ……。軍事の素人なオーギュステを、自分の引き立て役にするため。そのためだけに、好き勝手させてたんだ!)
宰相ティボー様を従え、熱意ある様子で将軍様たちと話し合うおぼっちゃまと、隣にいるボンクラ。
それは、子供だからと不安視されるおぼっちゃまを、より天才として引き立たせるのに十分な対比なのでした。
おぼっちゃまは、軍人の皆様から軽く見られることを一番警戒していた。
彼らこそが、最大の敵であろうと。
そのために、あえて無能を引き入れ、踏み台とした。
そう、すべては、おぼっちゃまの策略の内だったのでございます!
ああ、おぼっちゃま、恐ろしい子!
でも……好き!
「なるほど、なるほど……! ウィリアム王、いやはや感服しました! これは、我らが国を100年支える国防計画ですぞ!」
心底驚いた様子で、自分の頭頂部をガリガリと掻きむしる大将軍モーガン様。
どうやらそれはこの方の癖のようで、おそらくあれのせいでおハゲになったのでございましょう。
他の将軍様たちも、心酔する表情をおぼっちゃまに向けていて、どうやら支配者としての器は勝負あり!
おぼっちゃまの、歴史的快勝でございます!
あれ、これ、もしかして私の出る幕はないんじゃ?なんて思っていると。
そこで、オーギュステが必死な表情で声を張り上げました。
「い、いやあ、会議も長くなってきて少々疲れてきたな! どうかな、諸君。実は、お主たちにもてなしの食事を用意しておるのだが!」
その言葉とともに扉が開け放たれ、エレミア女史たちが会議室に飛び込んできました。
タイミングを計っていたのでしょう、ああ、どうやらまだ悪あがきをするようです。
いいでしょう。
ならば、おぼっちゃまの見事なお話の後詰めを、このシャーリィの料理が務めてみせますとも!




