騎士と戦士と宴会料理5
ローレンスがギリガンを騎乗戦で破ってから、しばらく後のこと。
その日、昼下がりの王国の通りには、大きな人だかりができていました。
沿道を埋め尽くす人々。その嬉しそうな視線の先には、整然と道を行く、甲冑姿の者たちがいました。
彼らは、この国、エルドリアの軍人。
普段は国境や要所を守り、警備と厳しい鍛錬に明け暮れる彼ら。
そんな彼らが、今日各地より、新たなる王であるウィリアムに忠誠を誓うべく集まってきたのでした。
整然と歩みを進めるそれは、いわゆる軍事パレード。
普段娯楽に飢えている市民たちは、ここぞとばかりに盛り上がっているのでした。
「いつも国を守ってくれてありがとう!」
「軍人さん、かっこいい!」
歓声を上げ、陽気に叫ぶ人々。
平和が続くこの国において、軍人と市民の関係はそう悪くありません。
また、普段ろくに人もいないような辺境で暮らす軍人たちにとって、この日はまさに晴れの舞台。
真面目な彼らの頬も、さすがにわずかばかり緩んでいました。
「軍人さん、いつもありがとう!」
沿道から少女が花束を差し出し、軍人の一人が「ありがとう」と言って、それを受け取ります。
二階の窓から花びらをまく人や、楽器で陽気な音楽をかき鳴らす人もいて、穏やかで、華やかなパレードは盛り上がりを見せていました。
ですが、そんな軍人たちの先頭を馬で行く、白い髪をした、屈強な肉体の男性だけは、終始しかめっ面をしています。
彼の名は、モーガン。この国で最も偉い軍人である、大将軍の地位にいる人物でした。
「モーガン様、不愛想が過ぎます。少しは愛想よくしたほうがよろしいのではございませんか」
彼の隣で馬を歩ませる、立派な髭をした黒髪の男が、それを見かねて声を掛けます。
彼は、モーガンの参謀に当たる男でした。
「馬鹿め、愛想よくなどできるか。ワシは、これから王にお会いするのが不安で仕方ないのだ」
それに、モーガンはますます渋い顔をして答えました。
地方から部下を引き連れてやってきたモーガン。
これからの予定は、王宮に入り、ウィリアム王と謁見し、そして今後のことを話し合うことになっています。
ですが、その内容次第では、これからこのエルドリア王国はとんでもない状況を迎えかねないのでした。
(ウィリアム様が有能であることはわかっている。だが、やはり若すぎる。先王が亡くなるのが、あまりに早すぎた)
若い王を、他国は甘く見るだろう。
今こそ好機と、攻めてきたとしても不思議ではない。
そうなった時、実際に戦うのは我ら軍人なのだ。
はたして、子供の王のために、どれほどの兵が命を懸けられるか。
しかも、ウィリアム王から公然と王位を奪おうとするオーギュステ公の部下が、何度もやってきて貢物をしてくる始末だ。
場合によっては、国を二分三分する内乱に発展する可能性すらある。
そうなったら、この国の未来はどうなるのか。
平和を愛するモーガンにとって、この状況はとても頭が痛いものなのでした。
(部下どもの中には、金でオーギュステに転んだ者も多そうだ。やつらと殺し合いなど、ワシはしとうないぞ)
もしかしたら、今日、王宮で血が流れるかもしれない。
王族への忠誠心が厚いモーガンは、もちろんウィリアム王を守る立場だが、場合によってはそれもどうなるか。
全ては、これからの話し合い次第。
頼むから穏便に済んでくれと、モーガンは願わずにいられなかったのでした。
◆ ◆ ◆
「我が愛する兵たちよ。よくぞ、来てくれた。王の名において、諸君を歓迎しよう」
王宮の訓練場に、ずらりと並んだ数百人の軍人様たち。
遠路はるばる集まってくださった、軍人さんの中でも特にエリートの皆様。
そんな方々に、高座から、おぼっちゃまがお声をかけました。
すると、軍人の皆様はびしっと忠誠を誓うポーズを取り、こう叫んだのでした。
「ウィリアム王、万歳! 我らが王、万歳!」
うわあ、さすが軍人さん、びっくりするほど動作と声が揃っています!
それを物陰から見ながら、私、シャーリィはつい感心してしまいました。
前世のテレビで見た軍人さんたちも、歩く姿などが綺麗に揃っていましたが、それに負けない迫力です。
本当に、一部の隙もない忠誠を示す軍人さんたち。
ですが、事前の調査により、その半数ぐらいはオーギュステに転びかねないことがわかっています。
(場合によっては、これから争いがおきたりして……。ああ、やだやだ!)
体格が良くておっかない軍人さんたちが、そんなことするところを私は見たくありません。
それに、私の大好きな王宮や仲間たちが危険な目にあってほしくないですし。
私だってどうなるか。何とか穏便に、平和に進んでもらわないと。
そんなことを考えていると、あれこれお話してらっしゃったおぼっちゃまが、こう締めくくられました。
「堅苦しい話はここまでにしよう。者どもは、一度宿舎で休憩を取ったのち、宴会場に集まるように。諸君の労に報いるため、特別な酒と料理を用意した」
おぼっちゃまがそう言ったとたん、軍人の皆様は真面目な仮面を脱ぎ捨て、破顔一笑、雄たけびを上げて歓喜したのでした。
「うおおおっ! 王、ありがとうございます!」
「王宮の料理! それを楽しみに参りました!」
「王宮グルメの話は聞いております! ああ、噂のドーナツとやらは食べられるだろうか!」
ああ……普段は真面目な顔をしていても、中身はやっぱりこんなもんですよね。
あんなに楽しそうにしてくれると、こちらも張り合いがあります。
ええ、もちろんとびきりの料理を用意していますよ、期待してください。
ですが、その前に。
「では、大将軍モーガンと将軍たちはこのまま会議室へ。今後のことを話し合うとしよう」
「はっ!」
おぼっちゃまがそう言うと、白髪で頭頂部がおハゲになられた強そうな大将軍様が、深々と頭を下げました。
それに続く将軍職の皆様も、いずれも屈強な肉体をしており、とても強そうでございます。
(あんな強そうな人たちが、万が一おぼっちゃまの敵になったら大変だわ。なんとしても、味方でいてもらわないと!)
そのために、まずは皆様の胃袋という砦を攻略せねば。
そう、これから始まるのは、おぼっちゃまと私による攻城戦でございます。
見事皆様の心の本丸を落とし、降伏させて見せましょう……オーギュステや、エレミア女史より、早く、鋭く!




