騎士と戦士と宴会料理4
「はー、ローレンス様、何度思い出しても格好良かったあー!」
「白馬で駆けていくローレンス様が、目に焼き付いて離れないわ!」
「格好いい上に強いなんて、罪作りな方……でも、好き」
ローレンス様とギリガンさんの決闘が終わって、数日後。
メイドキッチンに、いまだ興奮冷めやらぬといった様子の声が上がりました。
最近、メイドの皆が料理をしながら話す事といえば、もっぱらローレンス様のこと。
やれ最高だの、天は二物を与えただの、ひたすら誉めまくる皆様。
あのおっかないギリガンさんを、たった一撃で倒してしまったローレンス様のお姿は、まんまとみんなのハートをぶち抜いてしまったようです。
それはお子様メイド、ちっちゃいクロエとサラも同様で、料理の下ごしらえをしながらキャッキャとはしゃいでいます。
「ほんと、とっても素敵だったわっ! ああ、ローレンス様と結婚する女性が羨ましいですっ!」
「私も、あんな素敵な殿方と恋がしたいっ! お姉さまもそう思いますよね、ねっ、ねっ!」
なんてこっちに振ってくるので、私は苦笑いしながら応えます。
「ええ、そうね。紳士的なローレンス様となら、奥様も幸せになれるでしょうね」「ですよねっ! ああー、私がもっと早く生まれていれば、夢ぐらいは見れたのに!」
なんて、テレビに映っているイケメンに恋した少女のようなことを言うクロエ。
どんな時代でも、女の子とはこのようなもののようです。
(まあ、実際格好よかった、かも)
パン生地を捏ねながら、私もついそんなことを考えます。
危ない、と思わせておいて、一瞬ですべてをひっくり返して、鮮やかに勝利して見せたローレンス様。
それは、前世的な言い方をするならば、つまり逆転ファイター。
人はそういう逆転劇が大好きなものです。
……まあ、正直私はずっとひやひやしっぱなしで、それどころじゃなかったですが。
ギリガンさんも打撲だけで済んだらしいですし、格付けが終わったことでオーギュステの部下たちも大人しくなったらしいですし。
こちらとしては望んだとおりの結果で、最高の結末と言っていいでしょう。
(でも……もう、あんなことはやめて欲しいな)
やはり、力ずくで決着というのはあまり好きではありません。
万が一ローレンス様に何かあったらと思うと、今でもぞっとしてしまう。
やはり、平和的な解決が一番です。
それに、争いはいろんなものを生み出しますが、その中に遺恨とかいうやつも含まれてしまいます。
ギリガンさんが、あのまま黙っているかどうか。
やっぱり、勝負は話し合いと料理でするぐらいがちょうどいいわ、なんて思っていると。
そこで、アンが私にささやきかけてきました。
「ローレンス様、勝負の後、あんたのほう見てたわね。ふふ、さすがのあんたも、くらっと来たんじゃない?」
それは、茶化しでした。
そう、アンは私が以前ローレンス様の実家にお邪魔したことを知っていて、私たちの関係を誤解しているのでした。
「もう、アン、何度も言ってるじゃない。私たちはただの友達よ、友達」
「はいはい、そうよね。友達として親に紹介されただけよね。ふふ、時々廊下で楽しそうに話してるの見るけど、あれも友達どうしのお話よね~」
なんて、ニヤニヤニヤニヤしながら言うアン。
まったくもう、本当に違うのに。
ですが「甘党のローレンス様にお菓子を差し入れしているだけよ」なんて言うわけにもいかないので、黙っているしかありません。
アンに隠し事はあまりしたくありませんが、人様の秘密を勝手にばらすわけにもいきませんし。
(しかし、あの後持って行ったお菓子、ローレンス様ずいぶん喜んでくれたなあ)
なんて、思い出してちょっと良い気分になってしまう私。
あの後、お疲れでしょうからと、とっておきのエクレアを持っていったのです。
するとローレンス様はたいそう喜び、とびきりの微笑みとともにこうおっしゃったのでした。
「ありがとう、シャーリィ。君に祝ってもらえるのが、何より嬉しい」
と、とっても嬉しそうなローレンス様。
私はそれを見て、こう思ったのでした。
(本当に甘い物がお好きだわ、ローレンス様)
そういうところはまるで子供のようで、本当に可愛い方です。
そして、感動した様子で、少しずつ、大事そうにエクレアを召し上がるローレンス様。
みんなはローレンス様のことを、キリッとしていて、余裕ある大人だと思っていることでしょう。
ですがあの方の実態は、どこかちょっとだけ不器用で、甘い物が大好きな、植物のように穏やかなものです。
そんなあの方が、誰かと争ったりしなくていいよう、早く王宮に平和が戻るといいのに。
なんて、私はそう思ってしまうのでした。
(おっと、いけないいけない。今はそれどころじゃないわ)
頭を振って気持ちを切り替える私。
この大事な局面で、浮足立っている場合ではありません。
私は今や、メイド一班のメイド頭。
クリスティーナお姉さまがやっていたように、たるんだ空気を引き締めるのもまた、私の役目なのです。
「みんな、聞いて頂戴!」
私が真面目な顔でそう声をかけると、みんなはおしゃべりを止め、さっと整列してくれました。
いつ見ても、切り替えが早くて素晴らしいです。
「もう聞いていると思うけど、まもなく、とっても大事なおもてなしがあるわ。将軍の皆さんが、軍議に集まっていらっしゃるの」
軍議とは、そのまま軍の会議のことでございます。
ローレンス様は、騎士団の団長。
ですがその上に、軍を指揮する将軍の皆様がいらっしゃるのです。
この国における騎士団は、親衛隊のようなもので、王のお側で王宮と王都を守るのが役割。
それに対して将軍の皆様は、常に国境近くのお城に控え、他国の侵略に備えてくださっているのです。
「将軍の皆様との関係は、おぼっちゃまにとって最も大事なこと。このおもてなしだけは、失敗するわけにはいかないわ」
そう、それはおぼっちゃまに、特に言われていることでございました。
「軍人たちが、余を王にふさわしくないと断じれば、他の勢力がどう言おうが、どうにもならぬやもしれぬ」
王の寝室で、おぼっちゃまは王国の地図をじっと見つめながら、深刻な顔でそうおっしゃったのです。
権力者にとって、軍隊との関係はとても重要なもの。
前世の世界でも、軍隊がクーデターを起こして国を乗っ取るとか、普通にありましたもんね。
そんなことにならないよう、精いっぱいおもてなしをして、おぼっちゃまを認めてもらわないと!
そういう私の意志が伝わったのか、どこかふわふわしていたみんなの空気が、キリリと引き締まっていくのを感じました。
「特に、今回は将軍の皆様だけでなく、その部下の方々もいらっしゃるわ。数百人規模の宴会になる。もちろん、オーギュステ陣営も料理を出してくるでしょう」
「つまり、今回の勝負のテーマは、宴会料理ってことだね?」
と、聞いてくださるのは、二班メイド頭のクラーラお姉さま。
すでに準備は進めているので、そのあたりはみんなわかっていますが、改めて確認してくださっているのです。
「はい、クラーラお姉さま。軍人の皆様は、お酒が大好き。つまり、お酒に合う料理で勝負することになるでしょう。ですが、もう一点、大事な要素があります」
「あら、それはなにかしら?」
それは初耳とばかりに、三班のメイド頭エイヴリルお姉さまがおっしゃいます。
そちらのほうは、私が秘密裏に進めていたので、まだお伝えしていなかったのでした。
「エイヴリルお姉さま。それは、将軍の皆様へのプレゼンテーションでございます」
「プレゼンテーション?」
「はい。遠方にお住いの将軍の皆様。普段のお食事のほうは、実に質素なものだと聞いております」
それは、彼らの住まう国境近くが、大体辺境であるせいでした。
近くに村も少なく、新鮮な食べ物はなかなか口にできないそうでございます。
なにしろ、冷蔵車なんて存在しない時代ですので。
そんな皆様への、特別なおもてなし。
それは。
「今回の、もう一つのテーマ。それは……『持続できる豊かな食事』にございます!」




