騎士と戦士と宴会料理3
「では、開始!」
ウィリアムが開始の号令をかけ、ローレンスとギリガンが一斉に馬を走らせました。
まっすぐ向かい合い、すれ違いざまに互いの槍を振るいますが、それは共に外れてしまいます。
「ほう、よくかわしたなローレンス! 思ったより間抜けじゃないらしい!」
叫びながら、ギリガンは馬を旋回させ、ローレンスへと追いすがります。
ローレンスは白馬を巧みに操り距離を取ろうとしますが、ギリガンのたくましい馬は、驚異的な脚力ですぐに追いついてしまいました。
「そらっ!」
馬を並走させながら、ギリガンは鋭く槍を繰り出します。
それが馬上のローレンスの肩をかすめ、続く一撃が腰をかすめ。
ギリガンは、一方的に攻撃を繰り返します。
「どうした、反撃もできんか! ふぬけめ!」
調子に乗ったギリガンはそう叫び、なおも攻撃を続けます。
その言葉通り、ローレンスは槍を握りしめるばかりで、まるで反撃しようとしてきません。
その様に、女性陣から悲鳴が上がりました。
「きゃあっ、ローレンス様! しっかりなさって!」
いたぶるようにローレンスを追い詰める、ギリガン。
圧倒的で、勝負にすらなっていないように見えます。
それを見ているシャーリィは、青い顔をして、ぎゅっと両手を握りしめるばかり。
「うそっ、ローレンス様、手も足も出ていないわ!」
「そんなに実力差があるの!? やだ、負けないでっ!」
不安そうに声を上げるメイドたち。
それを知ってか知らずか、ローレンスは相変わらず、避けることに必死なように見えます。
そしてついに、一撃を避けたローレンスの体がぐらりと傾き、落馬しそうになりました。
きゃあっ、とまたもや悲鳴が上がり、そしてギリガンは、勝利を確信した一撃を、むき出しのローレンスの顔めがけて放ちます。
(その綺麗なツラを、二度と見れないぐらいぐちゃぐちゃに叩き潰してやる!)
訓練用の槍とはいえ、顔面にまともに喰らえば、ただではすみません。
鼻をへし折り、歯をへし折り、傷だらけの戦士らしい顔にしてやる!
そういきり立ち、渾身の一撃を放つギリガン。
……それが、ローレンスの罠だとも知らずに。
「はっ!」
刹那、ローレンスの槍が雷光のように跳ね上がり、ギリガンの槍を弾き飛ばしてしまいました。
予想だにしないその威力に、ギリガンの手は激しくしびれ、槍を落とさないだけで精いっぱいです。
「なにいっ!?」
大きく体勢を崩し、間抜けな声を上げるギリガン。
そう、すべてはローレンスのはかりごとだったのです。
体勢を崩したのは、ただの誘い。顔をさらしていたのも、そこに攻撃させるため。
そして、一度も槍をぶつけあわなかったのは、自分の筋力を相手に悟らせないためだったのでした。
そう、一見細身なローレンスの体は、その実、戦士として極限まで鍛えられており、まるで鋼鉄の剣を束ねたような頑強さをもっているのです。
真面目なローレンスは、いついなる時でも戦えるよう、己の体を徹底的に鍛え上げていたのでした。
そして、その屈強な腕から繰り出される、風を切り裂くような一撃が、まっすぐギリガンの胸部へと叩き込まれます。
「ぎゃああーーっ!」
木製の槍が粉々に砕け、ギリガンは情けない声を上げ馬上から吹き飛びます。
そのまま、地面に落ち、一度バウンドして、土煙を上げながら転がるギリガン。
それを見ていた人々は、一瞬、何が起きたのかわからないといった様子で呆然としていましたが、やがて感情を爆発させました。
「……勝った! ローレンス団長が勝ったぞーー!!」
うおおお、と一斉に歓喜の声を上げるローレンス陣営。
それに対して、オーギュステやその部下たちは、信じられないといった様子で呆然とするばかりです。
「ローレンス団長万歳! ローレンス団長万歳!」
「きゃああああっ、ローレンス様ああああああ!!!」
訓練場に、ローレンスを称える声が響き渡ります。
その中で、ローレンスは白馬を操り、いつものポーカーフェイスを浮かべていました。
◆ ◆ ◆
(やれやれ。どうにかなったか)
周囲が騒がしい中、ローレンスは胸中で一人安堵していました。
ギリガンは、強敵でした。実際、鋭い突きをまともに食らいそうになり、何度も肝が冷えたものです。
また、相手の言うとおり、自分は戦場を知らないという引け目もあります。
思いもよらぬことをされるのではないか、という恐怖は常にありました。
また、王の眼前で負けるわけにもいかず、実際手は震え、体も硬くなっていた。
ですが、応援に来てくれたシャーリィを見たとたん、幾分心は軽くなり、恐怖よりも闘志が湧き上がってくるのを感じたのです。
そうだ、自分が守らなければならない。
ならず者から、彼女たちを。
それは、ローレンスにとって、命を懸けるに足りうることでした。
(とはいえ、無策で勝てたかは怪しいな)
ギリガンが、油断せず、こちらを低く見ず、また狙い通りに顔を狙ってくれなかったらどうなっていたか。
まだまだ鍛錬が足りない。そう考えながら、そっと視線を向けると、そこでシャーリィがローレンスではなく、倒れているギリガンのほうを見ていることに気づきます。
そして、ギリガンが部下に助け起こされ、無事なのを確認すると、ほっと安堵しているようでした。
他の女性陣は、ギリガンのことなど気にも留めず、ひたすらローレンスに向けて叫んでいるのに。
ですが、ローレンスにはその理由がよくわかっていました。
優しいシャーリィは、自分が無意味に人を殺すことを嫌ったのだと。
(……そうだ。こんな時でも、良識を見失わない。君の、そういうところが私は──)
馬から降り、ほっとした表情のウィリアムに深々と礼をしながら、そんなことを考えるローレンス。
ですが、そこで部下に肩を借りているギリガンがやってきて、顔を歪ませて言いました。
「てめえ、この卑怯者! 罠にかけやがったな! こんなの、公平じゃねえ! もう一度勝負しろ!」
負け惜しみを言うギリガン。
それに、ローレンスは涼しい顔で応えました。
「これは驚いた。策を用いるのは、戦場では当然のことではないのか? なんでもありの実戦を知っていることが、貴様の誇りだと思っていたが」
「ぐっ……!?」
ローレンスの鋭い一言により、言葉に詰まるギリガン。
続けて、ローレンスはギリガンをにらみつけると、腰の剣に手を当て、威圧感をこめて言い放ちます。
「なんにしろ、今後私の方針に口出しすることは許さん。そして、もしこの王宮の人々を、どのような手段であれ害してみろ。ただでは済まさん……私は、槍より剣のほうが得意なのでな」
「うっ、うっ……。お、覚えてやがれ!」
もはや言い返すこともできなくなったギリガンは、部下に両側から肩を貸してもらい、情けない様子で訓練場を去っていきました。
それを見送りながら、ローレンスはこう考えます。
(おそらく、これで引くような奴ではないだろう。またなにか仕組んでくるだろうな)
だが、ひとまずは勝った。
これは価値ある勝利だろう。
なにしろ、まもなくこの国の将軍たちを招いて、今後の方針を決める会議があるのだから。
そこでは、またウィリアム王とオーギュステが争い、また、もてなしでシャーリィたちが勝負することになるだろう。
少しでも、その支援になったなら良いのだが。そう、ローレンスは考えました。
そして、つつましげにこちらに手を振っている、笑顔のシャーリィを見ながら、ローレンスはなおも考えます。
……この勝利を祝って、シャーリィが、なにか特別な甘いものを作ってきてくれたら最高なのだが、と。




