騎士と戦士と宴会料理2
キーボードを新調して、慣れるのに手間取っていました。
すいません!
「うわっ、凄い人だかり……!」
私たちが王宮内にある訓練場に着くと、そこにはすでに大勢の人が集まっておりました。
そのほとんどは、王宮の騎士や兵士の皆様に、オーギュステの部下の方々。
両陣営は二つに分かれ、にらみ合っているところでした。
「ふん、後からやってきてデカい面をする野蛮なやつらめ。俺たちの団長が、貴様ら間抜けどもに負けるか!」
「実戦経験もないお飾り軍隊め。すぐに実戦と稽古の違いを思い知るぞ!」
バチバチと火花を飛ばし、激しく相手をののしる両陣営。
元々快く思っていなかったのが、ここに来て爆発しているようです。
放っておいたら乱闘が起きそうで、あわあわしてしまいますが、そこでそれをまるで無視するように、黄色い声が響き渡りました。
「キャー、ローレンス様ー! 素敵ですわー!」
それは、なぜかこの場にいる、貴族のご令嬢たちの声でした。
その視線の先には、鎧を着こみ、白馬にまたがったローレンス様の姿が。
それはなんとも様になっていて、少女漫画の登場人物と言われても納得できるほどです。
「ローレンス様、そんなゴリラに負けないでー!」
「無礼者を成敗する格好いいお姿、期待しておりますわー!」
なんて、好き勝手に叫びまくるご令嬢たち。
おそらく決闘の噂を聞きつけて来たのでしょうが、えらい言い様です。
それに、対戦相手だと思われる、いかつい鎧を着こんだ、筋肉ムキムキの男性がしかめっ面をしました。
「ちっ、どうして女が来てやがる。見世物じゃねえぞ!」
栗色の馬の上で、その方が忌々しげに言うのが聞こえます。
おそらくあの方が、対戦相手のギリガンさんとやらなのでしょう。
「うそ、ほんとに強そう……」
「まるでイケメンと野獣だわ。ローレンス様、大丈夫なのかしら……」
身を寄せ合い、不安そうに言う私たち。
お話の中ならローレンス様の勝利は間違いないところですが、これは現実。
現実で勝つのは、ああいうおっかない人なのではないでしょうか。
前世で見た格闘技の試合なんかも、大体そうでしたし。
「あ、見て。武器は訓練用のものを使うみたい。殺し合いではないみたいよ」
と、アンがほっとした様子で教えてくれました。
言われて見てみると、確かに二人が手にしているのは木製の大きな槍。
たしか、馬上で使うランスとかいう槍、それを模したもののようです。
「あれは、強く突くと壊れるようにできているの。だから、死んだりはしないはずよ」
「そうなんだ、良かった!」
ほっと胸を撫で下ろす私。
前世の竹刀に当たるものでしょうか。
ですが、他のメイドの皆が、そこで不安になるようなことを言います。
「安心するのは早いわ。突かれて死ななくても、馬の上から落ちると死ぬこともあるから」
「そうなのよね、私のいとこも馬から落ちて死んだわ」
「お二人とも、鎧を着こんでいるしね。重い鎧ごと、馬から落ちたら、命は助かっても大けがすることが多いらしいわ」
ああっ、その情報、いらなかったかもしれません!
不安になるだけじゃないですか!
自分が戦うわけじゃないのに、緊張で私の心臓がどくんどくん言いまくってます。
どうか、どうか。
ローレンス様が怪我をせず、また、相手を殺しちゃったりもせず、無事勝てますように!
それしかできない私は、いつものポーカーフェイスを浮かべているローレンス様を見つめながら、必死にそう願ったのでした。
◆ ◆ ◆
「ふん、たいそうな人気じゃないか。羨ましいぜ」
訓練場を見回しながら、ギリガンが皮肉っぽく言いました。
目の前には、白馬にまたがったローレンス。
その姿はとても様になっていて、まるで騎士の手本です。
「キャー、ローレンス様ー!」
それに飛ぶ女たちの黄色い声援に、ギリガンは顔を歪ませました。
ギリガンは、人生で女にモテたことなど一度もありません。
「ファンの皆様があんなに叫んでいるんだ。少しは相手をしてやったらどうだ」
羨ましいという感情を隠し、馬鹿にするように言いますが、しかしローレンスは慣れた態度で小さく応えます。
「必要ない。私は今、騎士としてここにいる」
「……ああそうかい。立派なもんだ」
そのそっけない態度に、ギリガンはますますいらだちを募らせます。
ですが、すぐにこう思いなおしました。
(ふん、だがそれもすぐ悲鳴に変わる。お前らの大好きなローレンス様が負けるところを、せいぜい楽しむんだな)
すべてはギリガンのたくらみどおり。
ギリガンは今まで数多の敵と戦ってきたので、対峙すると、自然と相手の力量というものがわかります。
ローレンスはよく鍛えているのでしょうが、それでも気迫というものが足りません。
所詮は戦場を知らぬ騎士、俺の敵ではない。そう、ギリガンは確信しています。
「国王陛下の、おなーりー!」
そこで兵士の一人が声を上げて、訓練場にウィリアムがやってきました。
それと同時にオーギュステ公も姿を現わし、ローレンスとギリガンは馬を降りると、うやうやしく一礼をします。
「ローレンス。決闘とは、お主らしくないな」
と、決闘のことを報告され、立会人を求められたウィリアムが、少し困った顔で言いました。
正式に申し込まれた以上、王としてそれを務めなければいけませんが、長く共に過ごしたローレンスが心配でなりません。
「申し訳ありません。ですが、どうしても許せぬことがありまして。どうか、ご許可を」
「……お主がそう言うのならば、仕方ない。だが、やるからには勝つように」
「はっ。陛下の騎士として、恥ずかしくない振る舞いをして見せます」
二人がそんなやり取りをする間、オーギュステとギリガンも短く言葉を交わしあいます。
「ふん、うまくやったなギリガン。これは流れを引き寄せるチャンスだ。だが、勝てるんだろうな? ローレンスは、かなりの腕利きと聞くぞ」
「オーギュステ様、それはないですぜ。この俺が、あんな優男に負けるとでも?」
自信満々で言うギリガンに、オーギュステは満足そうに笑いました。
ですが、そこで慌てて声をひそめて、不安げに言います。
「だが、間違っても殺すなよ。そのまま殺し合いに発展したら、おっかないからな。この城は俺のものになるんだ、血で汚れてはたまらん」
「……」
ちっ、相変わらずのビビリ野郎め。
殺しあう根性もないくせに、よく王になれると思いあがったものだ。
そうギリガンは思いましたが、口には出しません。
「殺す気はありませんが、あんなやつ、ちょいと突いたら落ちて死ぬかもしれませんぜ。ただ、まあ、その時は事故ってやつですから。構いませんでしょう?」
「ああ、う、うむ。まあそれはしょうがないな。相手が弱すぎたのだ、なんとでも言える。とにかく勝てよ。高い金を払っているんだからな!」
と、言うだけ言うと、オーギュステ公は高座に上がってしまいました。
そしてウィリアムも上がると、威厳ある声でこう宣言します。
「では、互いの遺恨を晴らすため、決闘を許す。負けたほうは己の過ちを認め、以後、相手の行動に口を挟むことを禁ずる。それでよいな?」
「問題ありません」
「それでかまいませんぜ」
二人がそう答え、それぞれの君主に深々と一礼した後、再び馬にまたがります。
そうして広い訓練場の中央へと馬を向かわせますが、そこでギリガンがあることに気づきました。
「おい、おまえ。兜はどうした」
そう、ローレンスは決闘が始まるというこの時になっても、兜をつけようとしないのです。
ギリガンがいぶかしげに尋ねると、ローレンスは無表情のまま応えました。
「必要ない。俺は、臆するところなどない。ゆえに、顔を隠す必要もない」
「なにを……!」
その言い様に、ギリガンはカッと頭に血を上らせました。
兜をしっかりと着けている自分のことを、怖がっていると言われた気分です。
(たわけた事を! しょせん、戦場を知らん阿呆か!)
実戦を知っていれば、兜の重要性は嫌でも思い知る。
少なくとも、気持ちでつけたりつけなかったりするものではない。
よかろう、ならば今からそれを教えてやるぞ。そうギリガンはいきり立ちますが、そこでまた訓練場に女性の声が飛びました。
「ローレンス様、頑張ってください!」
どこか不安そうなその声に、ギリガンが視線を向けると、そこにいたのはメイドたちでした。
どうやら、彼女たちもローレンスの応援に駆け付けていたようで、身を寄せ合い、心配そうにこちらを見ています。
「ふん、馬鹿め。お前たちのローレンス様は、今から酷い目にあうんだよ」
と、ギリガンは邪悪な笑みを浮かべてつぶやきましたが、そこでローレンスもメイドたちのほうを見ていることに気づきました。
「ふん、なんだ。例の、仲の良いメイドも来ているのか?」
それは、騎士団を切り崩すため、人間関係を調査している時に知ったことでした。
いわく、騎士団長のローレンスは、メイドの一人と、実家に招くほどの仲だと。
そんな相手の目の前で、こいつを叩き潰せるなど。実にいい気分だ!
そうギリガンはほくそ笑みますが、ローレンスは馬首をめぐらすと、ひどく冷静な声で言ったのでした。
「──負けられない理由が、一つ増えた。では、勝負といこう。ギリガン」




