騎士と戦士と宴会料理1
「おいっしーい!」
聖職者の皆様へのおもてなしが終わって、しばらく後。
すっかり秋が深まり、お米の収穫も無事終わった頃、昼下がりのメイドキッチンに、私の喜びの声が響き渡りました。
その理由は、もちろん、美味しいものを食べているから。
今日のおやつは、特別製。
なんと、今日はコメダ珈琲のシロノワールを自作してみました!
温かいデニッシュパンの上に乗った、冷たいアイスクリーム。
それに、さらにメープルシロップ代わりのハチミツを垂らして食べると、もうそれは完全に罪の味。
ああっ、糖分を過剰に口にするこの快感!
糖分、糖分、糖分の三段攻撃に、私の心とお腹は嬉しい悲鳴を上げっぱなしです!
その代償として、当分甘いものは控えねばなりませんが、今だけは目の前のこれを思いっきり楽しむとしましょう!
「あっ、シャーリィ、ずるい! 一人でまた美味しそうなもの食べてる!」
「お姉さま、ずるいです! 私達にも分けてください、一口だけでも!」
そこで、感づいたアンやクロエたちがやってきて、「しょうがないなあ」なんて言いつつ一切れずつ分け与える私。
まあ正直、コメダを意識して大きく作りすぎてしまったので、ちょっと貰ってくれるのはありがたかったりしますけれども。
「うわあ、美味しい! すごく美味しいです、お姉さま!」
「ほんと、おいっしい! 相変わらず天才ね、シャーリィ!」
なんて、大喜びの仲間たちを見て、私もにっこり満足顔。
ああ、やはりみんなでおやつを食べる、穏やかな時間は最高ね。
と、私が満ち足りた気分になっていると。
そこで、メイドの一人が飛び込んできて、とんでもないことを叫んだのでございました。
「大変よ! ローレンス様が、決闘なさるらしいわ!」
「っ!?」
それを聞いた瞬間、驚いてシロノワールを吹き出しそうになってしまう私。
それはどうにか我慢しましたが、あまりの事に激しく動揺してしまいます。
嘘っ! 決闘って、西部劇でガンマンがやるあれ!?
つまり……殺し合い!?
「けっ、決闘って、誰と!?」
「それが、オーギュステ公の部下の、おっかない傭兵とだって! あの、顔に傷があって、私たちを嫌らしい目で見てくる奴!」
「嘘でしょ、あの筋肉ゴリラと!? あんな化け物とローレンス様が勝負するなんて、絶対嫌よっ!」
と、メイドキッチンはハチの巣をつついたような大騒ぎ。
私も、思わず顔が青ざめてしまいます。
(嘘でしょ、どうしてそんな荒っぽいこと……。ここまで、あくまで平和にやってきたのに!)
頭の中に、グルグルと嫌な考えが駆け巡ってしまいます。
傭兵さんのお名前は、たしかギリガンとか言ったはず。
ギリガンさんは、膨れ上がった胸筋と、私の胴ほどもあるたくましい二の腕を持った、いかにも強そうな人。
なんでも一度の戦場で、数十人を血祭りにあげたとかで、それはもうおっかない人です。
それに対し、ローレンス様は一度も戦場に出た経験がないはず。
もちろんこの国は長く平和だったのですから、それで当然でございます。
部下の皆様も、山賊討伐などは経験があっても、本格的な戦いは経験していないはず。
つまりギリガンさんは、平和な動物園に放り込まれた野生の猛獣のようなもの。
そんな人と、ローレンス様が……!
(まっ、負けたら、ローレンス様、どうなっちゃうの? し、死ぬ……とか、ないわよね!?)
ローレンス様が死んじゃうなんて、とても考えられない。
いえ、そうじゃなくても、逆にローレンス様が決闘で人を殺してしまったら?
もちろんローレンス様は騎士なのだから、戦争になればそういうこともあるでしょうけども、だけど必要もないのにそんな……。
恐ろしい想像に、手足が震えてしまいます。
どちらにしろなにかが失われてしまいそうで、考えがまとまらない。
ですが、そんな私をよそに、事態はどんどん動いていってしまいます。
「いっ、いつよ、いつ決闘するの!?」
「今からだって! 訓練場で、馬に乗ってやるらしいわ!」
嘘っ、今から!?
展開が早すぎる!
もっと、こう、一か月ぐらいは心の準備をする時間をください!
いえ、それはそれで一か月なにも手につかなくなっちゃうけども!
「なによ、急すぎるわよ! おっ、応援に行かなきゃ!」
「ええ、そうね、メイド長にお願いして少しだけお時間をいただきましょう! シャーリィ、それでいいわよね!?」
と、私に視線が集まってきて、ぎょっとしてしまいます。
えっ、今から、見に行くの?
ローレンス様の決闘を!?
(そ、それって、場合によってはローレンス様が、その、し、し……あれするところを、見なくちゃいけなく……やだ、これ以上考えたくない!)
メイド頭として決断しなければいけないのに、半泣きになって何も考えられない私。
ですが、そんな私の肩にアンが手を置いて、こう声をかけてくれました。
「シャーリィ、不安なのはわかるけど、行かないときっと後で後悔するわ。私たちにできることは少ないけど、せめて応援に行きましょう」
「アン……」
私の賢い相棒の言葉に、心のざわめきが収まっていくのを感じます。
そうよね、行かないときっと後悔する。
決意を固めると、私はみんなに向き直り、こう言ったのでした。
「ええ、わかったわ。応援に行きましょう。少しでも、お力になれるよう!」




