表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍・漫画化しました!】異世界メイドの三ツ星グルメ ~現代ごはん作ったら王宮で大バズリしました~【旧題・美食おぼっちゃまの転生メイド】  作者: モリタ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

200/278

シャーリィと魔法の豆8

 背後からかけられた声に驚き、振り返ると、そこにいたのはエレミア女史でした。

そう、たった今まで激闘を繰り広げた彼女が、相棒のウォーレンシェフを連れて、そこに立っていたのでございます!


「ど、どうも……。な、なんのご用でしょう……?」


 ひるみ、後ずさりながら、蚊の鳴くような声で言う私。

しまった。今は危険だからと、いつもは必ず人といるようにしていたのですが、勝利に浮かれて単独行動してしまいました。


 とはいえ、声を上げればすぐに兵士の方が来てくださるでしょうし、荒っぽいことをしてくるような人には思えませんけども。

彼女の後ろでは、ウォーレンさんがむっつりとした顔で、腕を組んでこちらを睨んでいますし。


 それに、エレミア女史の笑顔はどこかひきつっているしで、正直、怖いです!


「あら。そう警戒しないでよ。私はただ、互いの健闘を称えたいだけよ」


 そう言いつつも、ちっとも目が笑っていないエレミア女史。

絶対負けたことを恨んでます、この人!

どうしよう、走って逃げようか、と考えていると、彼女は続けてこう言いました。


「それにしても、ほんとあなたの料理には驚いたわ。あまりにも常識外れなんだもの。あなた、この国の人じゃないの? 私もずいぶんとあちこち旅をしたのだけれど、あんな料理、見たことも聞いたこともないわ」

「えっ」


 その言葉に、私は驚いてしまいました。

今のご時世、女の身で旅をするのはあまりに危険です。

私だって本当は、他の国にグルメツアーにいきたいのに我慢しているぐらい。


 なのに、彼女は旅人だったようでございます。

だとしたら、レパートリーが豊富なのも納得と言いますか。

どことなくミステリアスな彼女とその料理の秘密は、そこにあるのかもしれません。


 しかしそうなると、私お得意の「父が商人なので、旅商人の話に着想を得ました」という言い訳が使えません。

しかたなく私が黙っていると、エレミア女史は妖しく笑って言いました。


「秘密ってわけ? まあいいわ。あなた、王宮魔女と仲がいいらしいし、そのあたりから発想をもらってるとか、そういうことでしょ?」


 あ、そう思ってくれるなら助かります。

なんて私が安堵していると、そこで彼女がすっと近づいてきて、声をひそめて言ったのでした。


「まあ、それはそれでいいけれども。──ねえ。あなた、こっちにつくつもりはない?」

「えっ?」


 予想外の言葉に、きょとんとしてしまう私。

すると彼女は、真面目な顔でこう続けたのでございます。


「そっちの陣営は、きっと負けるわよ。ウィリアムは若すぎるし、貴族たちは結局お金が一番大事だもの。必ずお金で転ぶし、必ず裏切るわ。私たちの料理がどうこうじゃない、これはもう決まったことなの」


 そして、彼女はニコリとほほ笑むと、踵を返して言ったのでした。


「あなたも、自分の立場が大事でしょ? お仲間のメイドさんたちもね。わざわざ危ない橋を渡ることはないわ。こっちにつけば、立場は保証する。気が変わったら言ってちょうだい。いつでも歓迎するわよ」


 そして、そのまま廊下を行ってしまう彼女。

いやあ……負けたのに、好き勝手言ってくれますね。

あのメンタルは、見習うべきかもしれません。


 ですが、そこでふと、残ったままだったウォーレンシェフと目が合ってしまう私。

え、なんで……?


 どうしよう、と困っていると、すっと彼が動き出し、ビクっとする私。

ですが、彼はむっつり顔のまま、予想外にも、こんなことを言ったのでした。


「──良い料理だった。うまそうだった」


 えっ。

またもや予想外の言葉に、びっくりしてしまう私。

いや、褒めてくれているのはわかるんだけど……実に淡白なお言葉ですね!


 と、小学生並みの感想を伝えてくださったウォーレンシェフ。

そのまま行ってしまいそうなので、私はその背中に慌てて声を掛けました。


「あ、あなたの料理も凄かったですよ。特に、スープが」


 そう、あのコンソメスープ、本当に美味しそうでした。

きんきらりんの料理の中、あれを飲んでいる時の皆様のお顔は、本当に満たされていた。


 きっと、心に響く優しい味だったのでございましょう。

そう、私が小学生並みの感想を返すと、なぜかウォーレンシェフはこちらをにらみつけ、低い声でこう言ったのでした。


「ありがとう。あれは、俺の数少ない得意料理だ」


 ……うわあ、真面目!

この人……真面目だ!

いやあ、なんてつかみどころのないコンビでしょう!


 ウォーレンシェフの背中を見送り、そんな感想を抱いてしまう私。

もしかしたら…もしかしたら、じっくり話し合えば良い人たちなのかもしれません。


 ですが、彼女たちの目的がおぼっちゃまの打倒である以上、やはり敵です。

そして、今日のところは成果を出せましたが、すぐに次の勝負が待ち構えています。


 次は彼女たちも、もっと本気で挑んでくるでしょう。

今は理解しあえたように感じる聖職者様たちも、この後次第で手のひらを返してきても不思議ではありません。


 苦しい戦いはまだまだ続く。

……でも、今日のところは。


「勝利を祝って、美味しいごはんでも食べよっと!」


 そう、私は今日勝ったのです。

間違いなく。

なら、祝わなくてどうしますか!


 それに、長時間に及ぶ退屈な話し合いに耐え、皆様が美味しそうに食事する風景に耐え、いまや私のお腹は限界寸前。

今すぐ美味しいものをよこせと、力の限り叫んでいます。


 ならば、食べねばならぬでしょう、ハンバーグを。

それも……肉の、ハンバーグを!

……いえ、自分でも悪趣味なのはわかっているのです。


 ですが、聖職者様たちがけっして食べられない、肉汁たっぷり、香ばしく焼きあがって、じゅわじゅわと音を立てるハンバーグを今、ライスと一緒に思いっきり頬張ったら。

それは、きっと最高の味であることでしょう!


 誰かが食べられないものを食べちゃう、という悪徳のスパイスがかかったお肉。

これほど素敵な食材があるでしょうか。

特に、マルセルさんの作るそれは本当に本当に一級品。


 あれだけのシェフに、私のためだけのお肉を焼いてもらう。

そんな素晴らしい贅沢が、厨房で私を待っている!

なんて、カートを押して、陽気に廊下を行く私。


 長期的に頭を悩ませる問題があったとしても、その時その時の時間は楽しむべきだ。

そのことを、私は長い王宮勤めでしっかりと学んでいたのでした。


◆ ◆ ◆


 とある日。

王宮の片隅にある、兵士用の休憩所。

昼下がりのそこに、陽気な声が上がりました。


「さすが、ギリガン殿! 話が分かる!」

「ああ、さすが次代の騎士団長殿。懐が、今のあいつとは比べ物にならないほど深い!」


 それは、王宮に勤める騎士たちの声でした。

そして、彼らの手に握られているのは、ワイングラス。

そう、彼らは真昼間から、ワインを浴びるように呑んでいたのでした。


 そして、その輪の中心にいるのは、顔に大きな斬り傷のついた、いかつい顔の大男。

その男は、ボトルから直接、ワインを豪快に飲み干し、にやけ顔で言いました。


「ふん、今の騎士団長であるローレンスが、部下に酒も呑ませんクズなのはよく聞いておる。騎士たるもの品行方正であるべしだとか、説教ばかりらしいな。馬鹿め、酒も呑まずに働けるか!」


 彼の名は、ギリガン。

オーギュステが連れてきた兵士の、指揮官に当たる男でした。

元は傭兵だとかで、王宮にそぐわない獣臭のする男でしたが、腕っぷしが強くオーギュステからは信用を得ています。


「じきに、オーギュステの大将がここの主になる。そうすれば、毎日いつでも酒を呑めるし、女もはべらせられるぞ。良い思いをさせてやる、俺についてこい!」

「さすが、ギリガン殿! 一生ついていきます!」


 それに浮かれた騎士たちが、赤ら顔をだらしなく歪ませて同調します。

彼らは騎士でしたが、出世コースからは外れ、そして真面目な現騎士団長ローレンスをうとましく思っていました。


 そんな彼らを、ギリガンは酒と金で切り崩しにかかっていたのでした。

ですが、外では笑顔で接しながらも、内心ギリガンは彼らのことを軽蔑しています。


(ふん、腑抜けた騎士どもめ。こんなに簡単に転ぶとはな。馬鹿め、俺が騎士団長になったら、お前らなどお払い箱よ)


 ギリガンは、疑り深い人物。

一度裏切った人間はけっして信用しません。

そうやって彼は、厳しい戦場を生き延びてきたのでした。


(だが、この平和ボケした国で富を築くのは悪くない。あの馬鹿な王族から搾り取るだけ搾り取って、最後には国を乗っ取るのも悪くないかもな。そうすれば、この俺が王だ!)


 と、雇い主であるオーギュステの間抜け面を思い出しながら、ギリガンは考えます。

あの程度の器で王になれるのならば、自分が王になっても構うまい。


 ギリガンは、そういう野心を持つ男でした。

オーギュステは、それに気づかず、まんまとオオカミを王宮に招き込んでしまったのです。


 そんな内情をよそに、我が世の春とばかりに、王宮で酒盛りを楽しむ一同。

ですが、その時、休憩所の扉が開き、鎧を着こんだ美丈夫が入ってきて、厳しい声を上げました。


「貴様ら、なにをやっている! だれが飲酒など許した!」

「ろ、ローレンス団長!?」


 そう、それは騎士団長のローレンスでした。

ローレンスは国一番と(うた)われる美麗な顔を歪ませ、騎士たちをにらみつけています。


「王宮を守るべき騎士が、勤務中に酒とはな。貴様ら、それで自分が恥ずかしくないのか!」

「ろ、ローレンス団長、で、ですが……」


 慌てて酒を置き、言い訳をしようとする騎士たち。

ですが、ギリガンがそれを制止しました。


「待て。なにを言い訳する必要がある? この酒盛りは、俺の主催だ。これは、互いの仲を深めるためにやっていること。戦士とは、こうやって仲を深めるものなのだ」

「……なに?」


 ギリガンの勝手な物言いに、露骨に不快感を示すローレンス。

すると、ギリガンは立ち上がり、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて言ったのでした。


「良いところの生まれの騎士様にはわからんか。まあ、大した腕もないのに家柄だけで騎士団長をやっているのだから、当然かもしれんなあ」

「……」


 それは明らかに挑発だったので、ローレンスは一瞬対応に悩んだようでした。

ですが、それをいいことに、ギリガンはなおも罵倒を浴びせます。


「だが悪いが、あんたの時代はもう終わりだ。これからは我が主のオーギュステ様と、この俺が王宮を取り仕切る。ああ、それと」


 そして、ギリガンは鼻を鳴らし、とどめとばかりにこう言ったのでした。


「あんた、なんでもメイドと随分仲が良いらしいな。……安心しろ。今後は、この俺様があんたの分までたっぷり可愛がってやるさ」

「っ……!」


 その瞬間。

ローレンスは怒りに顔を歪ませ、手袋を外すと、それをギリガンに投げつけたのでした。


 この国において、手袋を相手にぶつけるのは決闘の合図です。


「いいだろう、お前の魂胆はわかった。望み通り、勝負してやる」

「ほお。一応、怒るだけの度量はあったか。怯えて隅で震えるものと思ったが」


 怒りをあらわにするローレンスと、してやったりとばかりにほくそ笑むギリガン。

そう、全てはギリガンの目論見通り。

 

 ローレンスを追い落とすには、勝負で負かすのが手っ取り早いと彼は考えたのでした。


「いいだろう、騎乗戦で勝負といこうじゃないか。貴族様の戦い方ってやつを是非見せてもらいたいものだ」

「よかろう」

 

 煽るギリガンと、言葉少なに受け入れるローレンス。

こうして、料理以外でも王宮での争いはヒートアップし、ローレンスはやり手の傭兵と勝負することになったのですが──。


 この続きは、次のお話で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ