王宮への誘い
「シャ、シャーリィ! お前、なんてことを言うんだ!」
私が嫌ですと言った途端、お父様が青い顔で声を上げました。
「え、だって、お父様たちだってたった今まで断ろうとし……」
「王宮に招かれるということは、とんでもない名誉なんだぞ! その上、王子様にお仕えできるなどこれ以上ない栄誉! そ、それを庶民である私達が拒否するなどっ……! も、申し訳ありません、クレア様!」
「世間知らずな娘なのです、私達のような下々の者が娘を箱入りで育ててしまいましてっ……。お許しください、お許しください……!」
そう言うと二人はがばっと平伏し、額を床に擦り付けました。
それを見ている私はただただ呆然とするばかり。
……あれ、もしかして私、やっちゃいました?
すると、お母様が私の手を引っ張って強引に跪かせ、耳打ちしてきます。
「馬鹿、シャーリィ、相手は王宮にお仕えする方なのよ……! 王宮の権威は絶対、私たち庶民に拒否権なんてないの! 最悪、一家ごと無礼討ちにされるわよ……!」
ひえっ。それは一大事!
そうか、よくよく考えればそのとおりです。
時代劇でも、お殿様に無礼を働いて斬られるモブとかが沢山いました。
そして今この場面、そのモブはまさに私。
咄嗟に断ってしまいましたが、招かれた時点で承知しましたって言わなきゃいけなかったんだ!
「もっ、申し訳ありませんでした!」
慌てて両親の隣で土下座をかます私。今生初土下座です。
そんな哀れな私たちをじっと見つめた後、クレア様は静かな声でおっしゃいました。
「やめなさい、顔を上げるのです。別に断ったぐらいでどうこうしません。私とて、王宮に勤めさせていただいているだけの身。あなたたちを処罰する権限はありませんし、無理強いをする気もありませんよ」
「さ、左様ですか……。か、寛大なお言葉、痛み入ります……!」
ほっと胸を撫で下ろす両親。
ごめんなさい、いまので寿命が減ったことでしょう。悪いことをしました。
私がそんなことを考えていると、クレア様は続けておっしゃいました。
「ですが、断った理由は教えてもらってもよろしいかしら? 王宮で料理を出せるなんて、それこそ最上級の名誉ですよ。断られたのは、本当に初めてです」
「え、いや、それはその……」
たった今失礼を働いてしまったのでどう答えればいいのか悩みます。
するとクレア様はこう促してくださいました。
「素直に答えれば結構。私の顔色は窺わなくてよろしい」
「はい、ではその、お答えしますが……私の料理は、自分が楽しむためだけに作っておりまして」
それはホントにホントの本音です。
私は、かつて住んだ日本の味を求めて料理をしています。
全ては自分のため。ただそれだけなのです。
「そのような料理を王宮で、あまつさえ王子様にお出しするというは、なんといいますか、違うのではないかと……。私は、趣味でお料理を作っているだけで、料理人ではありませんので」
たしかに物珍しくはあるでしょうが、とてもではないですが王子様にお出しできるようなものとは思えません。
それになにより。
(王宮なんかで人のために料理なんてしてたら、自分のための料理を研究できないじゃないですか!)
そう、私は別に人に食べさせるのなんて好きでもなんでもないのです。
全ては自分の娯楽のため。ただそのための料理こそが私にとっての料理。
王宮に勤めればお給料は良いかもしれません。正直言うと、お金が沢山あれば研究もはかどります。
けれども、それで自分の時間がなくなっては意味がありません。本末転倒です。
そういうわけで、私にとっては断れるのなら断りたいお話。
ですのでクレア様、誰か他の人をあたってくだ
「ならば、仕方ありませんね。無理やり働かせるわけにもいきませんし。ですが、残念です……王宮に勤めれば、最高の調理器具を使って、豊富な食材で料理の研究をし放題。あなたにとっても、良い話だと思ったのですが」
「クレア様! 私、今すぐ王宮に勤めとうございます!」
クレア様の手をばっと握って、喜びとともに言う私。
……こうして、私の王宮勤めが決まったのでした。
◆ ◆ ◆
「わあ、相変わらずとっても綺麗ですね、王宮は!」
大きなカバンを引きずりながらクレア様の後をついていった私は、王宮の入り口で思わず声を上げてしまいました。
そう、クレア様の言葉にまんまと乗せられた私はいそいそと荷物をまとめ、泣いて別れを惜しむ両親に挨拶を済ませその日のうちに王宮へとやってきたのでした。
許してください、お父様、お母様。
私は、料理の研究ができるというのなら地獄にだって落ちる女でございます。
さて、城壁に囲まれた王宮は、白く美しい壁が日に照らされてキラキラと輝き、まるでディ○ニーのお城のよう。
今すぐでけえネズミが奇妙な笑い声とともに出迎えてくれそうな趣です。
庭はよく手入れされ、なんかよくわからない像とかもいっぱい立ってます。
そして、その敷地の広いこと! エルドリアの王宮はその広大さで知られ、その敷地内には無数の施設が立ち並んでいるのでした。
なにしろ、ざっと見回しただけでも遥か彼方まで庭が広がっているのです。
我が国の豊かさが濃縮されているようなそこをキラキラした目で見ながら、私は思わず心の中で叫んでしまいました。
「素敵! 今日からここが私のお家なのね!」
「あなたのお家ではありません、シャーリィ」
やべっ。声に出てた。
クレア様にしっかりとツッコミを入れられながら、王宮の中へと入っていきます。
王宮の中もそれはもう豪華で、ふかふかの絨毯に、あちこちに飾られたお高そうな調度品、それとなんか凄い大きな絵とかがなんかすごいです。語彙力。
ですがそこを抜けて奥の方にいきますと、風景はなんだかがくっとグレードダウン。
綺麗ではありますが飾りっ気のない通路を歩いていると、クレア様が振り返らずにおっしゃいました。
「表は王宮の威厳を保つためにああなっていますが、必要以上の華美は王様のお好みではありません」
「なるほど」
王宮全部を飾り立てていたら、たしかにお金がいくらあっても足りません。
王様の贅沢が過ぎて国が傾く、なんてお話も聞きますし、程々にしておくのも大事なのでしょう。
やがて、たくさんの扉が並んでいる通路にたどり着き、その一つを押し開けてクレア様がおっしゃいました。
「ここが今日からあなたの部屋です、シャーリィ」
「わあ! ここが私の新居なんですね、すて……」
素敵、と言おうとしてそれを飲み込みました。
何しろ王宮のお部屋なのですから、広い部屋に素敵な暖炉と華麗な調度品、それにお姫様ベッドを妄想していたわけです。
ですが、その部屋は、なんというか……凄く狭い、どうにか生きれるぐらいのスペースにやや粗末なベッド、申し訳程度の暖炉に椅子と机、あとは姿見があるだけでした。
しかもあちこち薄汚れていて、まるで貧乏大学生のアパートの如き様相でございます。
「……期待しすぎたのはありますが、なんとも慎ましいお部屋ですね……」
「何を言います、メイドが一人部屋を貰えるだけでもありがたく思いなさい。我が王宮は、下々の者にまで寛大なことで有名なのですよ」
そういうものですか。私的には、ほぼほぼ奴隷部屋なのですが。
……ん? ところで今、クレア様が気になることをおっしゃったような……。
「さあ、いつまでも私服でいるものではありません。早くその服に着替えなさい」
クレア様に促されて見てみると、ベッドの上にはなにやら服がおいてあります。
ははーん、さてはコック服ですね。
まあ招かれた料理人である私にはこれを着る権利があるでしょう。
似合うかどうかがやや不安ではありますが、まあ着てやりますかね。
なーんて鼻歌交じりに着替え始めた私は、やがて姿見の前で、声をはりあげることになったのでした。
「……これ、メイド服じゃないですかあああああああ!!!」
そう。私のために用意されていたそれは、いわゆるメイド服だったのです。
フリルがたくさんついていて、動きやすいように設計されたアレ。
ただ、日本のいわゆるメイドさんが着ていた派手でスカートの短いやつではなく、本式の、長いスカートに地味めなやつです。
「おや、まあまあ似合っていますね。あなた見てくれは悪くないから、合うとは思っていましたが」
「いや、似合うとか似合わないとかじゃないでしょう!? なんですかこれ、クレア様! 私はコックとして招かれたのでは!?」
のほほんとおっしゃるクレア様にぐわっと食らいつく私。
すると、クレア様は驚いたような顔をしておっしゃいました。
「誰がそんな事を言いましたか。あなたのような経験のない娘をコックになど呼ぶものですか。王宮には、すでに名の知れた名コックがおります。無礼な」
「いや、だって私のお料理を評価して誘ってくださったのでしょう!?」
私が必死の形相で言うと、クレア様は、ふうとため息を吐いておっしゃいました。
「あなた、私がなんと自己紹介したのか覚えていなかったのですね……。私は、自分をメイド長だと言ったはずです」
あ。そういえばそうでした。メイド長。
つまり、クレア様はメイドの親分ということです。
……えっ。ていうことは、まさか……。
「メイドを取り仕切る者が、外に出て誰かを勧誘するとして、その相手はどのような立場になりますか?」
「……メイ、ド……?」
「そうです。私は、あなたをメイドにスカウトしたのです。わかっているものと思っていましたが」
「そんなああああああ! じゃあ、お料理できないじゃないですかあああ!」
半泣きで嘆く私。騙された!
料理の研究し放題、なんて嘘だったんだ!
私は一生、この王宮で料理もできずメイドとしてこき使われて死ぬんだ……!
「落ち着きなさい、シャーリィ。料理はちゃんとできます。メイドと言っても、ただのメイドではありません。あなたには、お料理メイドとして働いてもらうのですから」
「えっ……?」
嘆く私に、クレア様がおっしゃいます。
お料理メイド……あまり聞き覚えのない言葉です。
たしかに日本のメイドさんもオムライスやらなんやら簡単な料理はしてました(大体電子レンジで冷凍食品をチンしてたみたいですが)。
ですが、王宮でメイドさんたちが料理を振る舞い、「萌え萌えキュン(はぁと)」なんてやってるところはとてもじゃないですが想像できません。
……というか、私にはそんなこと恥ずかしくてできません!
そんな感じで私がぐるぐると目を回して混乱していると、クレア様が厳かにおっしゃいました。
「いいですか、シャーリィ。この王宮では、王族の皆様へのお食事は基本的にコックたちがお出ししています。ですが、一つだけ例外がある……それは、王子様のおやつです」
「おやつ……ですか?」
「そう、この王宮では、王子様のおやつはメイドが作ってお出しするのが習わし。そのため、お菓子作りに自信のある娘たちを迎え入れ、日夜切磋琢磨させているのです」
「ああ、なるほど……」
そのお話を聞いて、私は納得しました。
つまり私は、面白いお菓子を作るからそのお料理メイドの一員に招かれた、とこういうことのようです。
「そう、王子様……我が国唯一の王子であらせられる、ウィリアム王子。その御方に、楽しいおやつの時間を提供すること。それが私達の使命なのです」
「ウィリアム王子様……たしか、今は王様の代わりを務めてらっしゃる、とても聡明な御方、ですよね?」
そう、ウィリアム王子様は病で倒れられた王様の代わりを、わずか十歳で担っている神童と聞き及んでいます。
王子様が取り仕切るようになってから、国は傾くどころかますます豊かになってきているとか。
「そう、その通り。ウィリアム様は、いまや我が国の要。その分、その両肩には重責がのしかかっておられる。その御方に、楽しいひと時を過ごしていただかねばなりません。それが、これからのあなたの使命でもあります」
「あー、なるほどそういうことだったんですね。了解しました!」
メイド服のスカートを翻しながら、私は元気に返事をします。
そういうことなら問題無し。子供を喜ばせるお菓子なら、いくらでも覚えがあります。
それにこのメイド服も、そう考えれば悪くなし。
王宮で王子様に美味しいお菓子をお出しして、気に入られて、お給料もたくさんもらって、ほんでもって研究は人のお金でやりたい放題。
なんだ、いたせりつくせりじゃないですか!
「うおー、やったあー! 私の夢のような生活が始まるぞー!」
と、大いに喜んだのもつかの間。
「……その後、一ヶ月もずっと行儀を学ばされるなんて聞いてなーい!」
と、私は叫ぶ羽目になったのです。