シャーリィと魔法の豆7
「なんと!? 大司教様が、聖別なされたぞ!」
「あの豆が、聖なるものとお認めになられた!」
「素晴らしい、素晴らしいぞ! ダイズを、我ら神に仕える者に相応しいと、お認めになられた!」
大司教様が大豆を「聖なる豆」と言ったとたん、わっと広間に歓声が巻き起こりました。
感動した様子で大騒ぎする聖職者の皆さまと、それをぽかんと見ている私。
大豆を認めてくれたらしいけど、そこまで騒ぐものかしら、なんて思っていると。
王宮の総料理長、マルセルさんが隣にやってきて、興奮した様子で教えて下さいました。
「大司教様が聖別なさるということは、宗教的にこれを大いに認めるということ。つまり、もっとも偉大な食物とされている、麦と同等に扱うということだ! とんでもないことだぞ、これは!」
えっ、なんと、大豆が麦と同等!?
麦は、この国においてもっとも大事な穀物です。
それと同等なんて、嬉しいですけど……大げさじゃないです!?
なんて私は戸惑っていましたが、そこで、好機と見たおぼっちゃまが攻勢をおかけになりました。
「大司教殿。余も、その豆は本当に素晴らしいものだと思う。国として、大いに栽培を奨励し支援するつもりだ。特に、あなたたち神に仕える者たちにな」
「ほう……! それは、ありがたい申し出ですな。おお、おお、これほどの味、皆も、喜ぶことでしょう」
「うむ。だが、味だけではないぞ。その豆には、人の体を強くしてくれる作用があるらしい。それを食べる種族は、いつまでも若く健康だとか」
それは、私が吹き込んだことでございました。
大豆は畑のお肉、などと呼ばれていますが、それは大豆に、お肉と同じぐらい高水準のタンパク質が含まれているからなのでございます。
タンパク質は、人体の組織を作るのに必要なもの。
これが足りないと、どうしても体は弱くなってしまいます。
なので、肉食禁止の方などは、それを補うために大豆食品をよく口になさるのでございましょう。
「あなたたち聖職者が、神に仕える身として、食を改めることはよく知っている。だが、その過程で命を落とすものも少なくないという。余は、王としてそれを悲しく思う」
「ウィリアム王……」
「この世の命にすがりつくことはない。それは理解できるが、それでも神のしもべとして、長く祈ることもまた素晴らしいことだと余は思う。それに……」
そして、おぼっちゃまはチャーミングに微笑むと、最後にこうおっしゃったのでした。
「偉大なる我らが神は、食卓をも照らしてくださるはずだ。あなたたちが楽しく食事をとったところで、けっしてお怒りにはなりますまい」
それを聞いた聖職者の皆様は、一瞬ハッとした顔をした後、信者としてのお顔を取り戻して、祈りを捧げ始めました。
腹膨れて聖人たりうる。そう斬り捨てるのは簡単ですが、人間とはそういうものでございます。
大司教様はきっと、満たされない食欲を物欲で補っていたのでございましょう。
ですが、お腹が満たされた今は、まさに聖職者らしいお顔をなさってらっしゃいます。
やはり、美味しいものは人を救う。
おぼっちゃまを見つめるその視線も、先ほどまでのどこか舐めている様子ではなく、親近感のあるものに変わった気がします。
食べることが大好きな者どうし、きっと感じるものがあるのでございましょう。
おぼっちゃまが、本当に自分たちのことを思ってくれているという事も、よく伝わったはず。
この王とならば、共にやっていける。
そう感じてくださったならよいのですが。
そして。そんな二人を見ているオーギュステは、ギリギリと歯ぎしりしながら、憎々しげにつぶやいたのでございました。
「おのれ、おのれ! なんだこれは! この俺が、今日までどれほど金を使ったと……!」
買収工作も豪華な食事も、まるでなにもなかったかのような……いえ、そもそも彼の存在自体ここにないかのような。
そのような雰囲気に、いきり立つオーギュステ。
目立ちたがりな彼としては、たまったものではないでしょう。
そして、「悪いが失礼する!」と言い残し、ついに広間を出て行ってしまったのでした。
◆ ◆ ◆
「ふんふーん♪ やったやった、大成功!」
そして、その後も話し合いが続く広間から出て、一人廊下を歩く私。
綺麗に空になった食器の載ったカートを押して、上機嫌でつぶやきました。
大豆を手にいれてから続けてきた努力の数々が、今日ついに実った気分です。
ここまでくる道のりは、けっして平坦ではありませんでした。
何度も失敗して、絶望し、苦悩しましたが。
その度にかつての味への執着と、そして、一緒に開発してくださった皆様に助けられてここまで来ることができたのです。
そう、あれらは私一人で作ったものではなし。
メイドのみんなに、マルセルさんらシェフの皆様、それにお父様の部下である各種職人の方々から、知恵や時間を大いに借りて作り上げたものなのでございます。
料理とは、一人で作るものでなし。
それは、みんなで工夫して作り上げていく、歴史そのものなのでございます。
この国における大豆料理は、ここが出発点。
湯葉、豆乳、おからに冷ややっこ、それに納豆!
紹介できなかった大豆食品はまだまだございます。
それもこれから皆様に伝えていけたらと思いますが……いやいやしかし、大豆食品、考えれば考えるほど沢山ありますね!
日本人、大豆であれこれ作りすぎじゃない!?
と、いまさらながら、我が魂の故郷のすばらしさを痛感します。
おぼっちゃまもお好きですし、この世界でも大豆と出会えたことは、本当に素晴らしい出来事でした。
……まあ、おぼっちゃまがあれほど聖職者の皆様に親身だったのは。
万が一自分が修道院に入れられた時に、少しでもましな食事をしたいという願望もあったのでしょうけども。
もちろん、そんなことはありえません。
ありえません、が……もし、万が一そうなって、私も無事で、それでいて許してもらえるのなら。
……私もついていって、大豆を植えて。
それで、毎日おぼっちゃまのためにお食事をつくろうかな、なんて。
ちょっとだけ、そんなことを、考えてしまいました。
「……やられたわ。まさか、あんたがこれほどやるなんてね」
「ふわあっ!?」
なんて、意識がありえない未来に飛んでいるところで背後から声をかけられ、情けない声を上げてしまう私。
ドキドキする胸を押さえながら振り返ると、そこにいたのは……エレミア女史!




