シャーリィと魔法の豆5
大豆ハンバーグを食べている最中に、突然泣き出してしまった大司教様。
皆が心配そうに見守る中、大司教様はうつむくと、こうつぶやいたのでした。
「うっ、うっ……。もう一度……もう一度、こんな食事ができるなど……。思いも……思いも、しなかった……!」
ああ……やっぱり。
調べた通り、大司教様は、今の食生活に大いなる不満をお持ちだったようです。
元は名家の五男坊だったという、大司教様。
食べるのが大好きな、それはもう丸々と太ったお子様だったとか。
特にお肉が大好物で、分厚いステーキに目がなかったらしいです。
ですが、家の方針で修道院に入れられてからはそれが一変。
固いパンと薄いスープにサラダばかりの食生活となり、毎日泣いて暮らしていたそうでございます。
その後、彼がどのようにそれと折り合いをつけたのかは、まさしく神のみぞ知ること。
ですが、その後に立身出世を果たし、大司教までのし上がった後も、食に対する執念は、消えることなくくすぶり続けていたのでございましょう。
「うっ、ううっ、そうだ、こういう食事だ……。いくら偉くなろうとも、こういう食事だけはできなかった……!」
涙を流しながら、ハンバーグを食べ続ける大司教様。
まさか、ここまで効果てきめんだとは思いませんでしたが……やっぱり良いものですね、喜んで食べてもらえるというのは。
ちょっと、私もうるっとしてしまいました。
だって、食べたいものが食べられなかったのは。
私だって、同じなのですから。
「はあ、夢のような時間であった……。もう、なくなってしもうた」
鉄板の上を綺麗に空にして、そう満足そうにつぶやく大司教様。
もう十分、大満足だという気配がありますが、いえいえ。
まだまだ、ここからが本番でございますよ。
だって。
だって、私にはまだまだ紹介したいものが、たくさんあるんですもの!
「では、続いての料理をお出しいたしますわ!」
「なに、まだあるのか!?」
「も、もうけっこうお腹いっぱいなんじゃが……」
と、困惑する聖職者の皆様をガン無視して、次の料理を運んでもらう私。
次は卓上コンロに載ったお鍋が出てきて、皆様、またもや困惑したお顔をなさいます。
「これはまた、とんでもなく珍妙なものが出てきおった。なにやら、火がついておる!」
「魔女の品か? あまり関心せんが……鍋の中身は、なんだ? お湯か?」
「いや、お湯にしては少し色がついておりますぞ。なんだか、良い香りがして、見た目も心地よい……」
なんて、鍋の中身のそれ、つまり昆布でとった出汁を興味深げに見ている皆様。
それをニコニコ笑顔で眺めると、続いて私は、皆様にこの料理のメイン食材を紹介したのでした。
「皆様、次のお料理のメインは、こちら。これを煮込んで、召し上がっていただきますわ!」
そう言う私が手にする籠の中には、真っ白くて四角いものが載っておりました。
それを見て、皆様がまた色めき立ちます。
「な、なんだこれは。あまりにも見慣れぬ外見だ!」
「とても食べ物には見えん! 本当に食えるのか!?」
「こ、これは何からできておる食べ物なのだ? それを知らんと、不気味で食えんぞ!」
とおっしゃるので、私は笑顔でそれの正体を明かしたのでした。
「こちら、豆腐と申します。先ほどのハンバーグにも使った豆から作った、とても素晴らしい食品ですわ!」
「なんと、これも同じ豆で作ったと申すのか!?」
なんて、種明かしする方としては、最高に気持ち良い反応をしてくださる大司教様。
そう、豆腐もまた大豆の加工食品なのでございます。
驚く大司教様の、その目の前で、お豆腐を鍋に入れる私。
やがて綺麗に火が通ったところですくい上げ、黒い液体が入っている取り鉢にいれて差し出しました。
「こちら、湯豆腐でございます! お熱いので、お気を付けくださいませ」
「こ、これを本当に食うのか……。黒い液体に、白いなにかを放り込んだ、あまりにも奇妙なこれを……」
カルチャーショックにより、取り鉢を手にしたまま固まる大司教様。
ですが興味が勝ったのでございましょう、クンクンと匂いを嗅いで、危険はなさそうだと確認すると、スプーンで豆腐を割ってそっと口元に運びます。
そして、あむあむと粗食すること二度、三度。
そこで、すっと天を仰ぐと、こう叫んだのでした。
「うっ……うまぁい! 美味すぎる! まるで、天上の味わいの如きだ、これはぁ!」
「ガハッ!?」
それを聞いたオーギュステが、せき込んで奇妙な声を上げました。
今度こそ美味しくないはずだ、とか思っていたのでしょう多分。
残念、本日の本当のメインは、こちらなのでございます。
何しろ、この豆腐は三班のメイド頭であるエイヴリルお姉さまの自信作。
私が作り方をレクチャーしたところ、お姉さまは豆腐作りに大ハマリ。
前世の京都でもなかなか食べられないんじゃないのと思うぐらい、それはもう見事な豆腐を作ってくださるようになったのでございます!
あまりに気に入って、「私、将来はトウフのお店を出そうかしら!」なんて言い出す始末。
そんな豆腐は、皆様にばっちり大好評なのでございました。
「やっ、やわらかくも味わい深く、これ自体が凄くうまい……。見た目からはまるで想像できん、とてつもなく深い味わいだ!」
「この、黒いスープ? みたいなものも、酸味があり、味が深く、実にトウフとやらに合っている! 最高の相性だ!」
「ああっ、お腹いっぱいなのに、食べてしまう、どんどん食べてしまう! ああ、神よお許しくだされ、これは暴食ではございません、誓って!」
完全に湯豆腐に魅せられ、次々と鍋からすくい上げる皆様。
濃ゆい味の後に湯豆腐で大丈夫かな、とは思いましたが、どうやら問題なし。
むしろ、口の中が濃くなったところにちょうど良かったようで、安心しました。
なお、黒い液体の正体は、ポン酢にございます。
手作り醤油を酢と合わせ、カボスを絞ったもの。
これがまた、プルプルの豆腐にアクセントを加えてくれて、うんめえのでございます!
なにはともあれ、豆腐は皆様に熱烈大歓迎を受けました。
見た目がなんとなく清廉潔白な感じで、受け入れやすいのもあるのでしょう。
豆腐は精進料理の主役級で、お坊さんも大好物と言いますしね。
あまりに皆様が美味しそうに食べるので、オーギュステまでもが、物欲しそうによだれを垂らして見ている始末。
あなた、敵側ですよねっ!?
そして、そこでそんな皆様の側に、そっと小さめのお鍋が置かれました。
「こ、今度はなんだ? 茶色い汁の上に、またもや茶色くて四角いなにかが載っていて、その下には、白い、麺のようなものが……?」
それを見て、不思議そうにおっしゃる大司教様。
ですので、私はニッコリ笑顔でそれの名前をお伝えいたしました。
「こちら、味噌煮込みうどんでございます!」




