シャーリィと魔法の豆4
「なんと……なんということ! 神に仕える我らに、よりにもよって肉料理を出すなど! この不心得者! 神の怒りに触れるぞ、貴様ぁ!」
目の前に置かれた、それ。
すなわち、鉄板に焼かれて良い匂いを出している、焼き目のついたハンバーグを見て、大司教様が怒りの声を上げました。
「ありえん! 王よ、これはあなたの指示なのですか!?」
「これは、神に仕える我らへの冒涜だ! 恐ろしい、ああ恐ろしい!」
「裁きを受けますぞ、このようなふるまい! ああ恐ろしい、ウィリアム王は神をも恐れぬお人であったか!」
なんて、一斉に色めき立つ聖職者の皆様。
怒り狂った皆様は、殺気立った視線を私とおぼっちゃまに向けてきます。
「くっくっく! これは驚いた。よりにもよって、ここで肉を出すとは! 不勉強ここに極まれりだな、ウィリアム!」
と、これにはオーギュステもニッコリ笑顔。
余裕ある態度で煽りを入れてきます。
こうして広間は一気に騒然となりましたが、ですがその時、私の目はたしかにそれを捉えていたのでした。
そう……文句を言う大司教様の視線が、ずっとハンバーグに注がれ、そしてその喉がゴクリと動く様を。
キランと輝く私の瞳。見るべきものを見て、私は次の段階に移るべく、そこで声を張り上げました。
「お待ちください! それは、勘違いにございます! そちらの品は、お肉などではございませんわ!」
「なに? 馬鹿な、どこをどう見ても肉ではないか! 嘘をつくでない!」
「違います! 匂いをよくお嗅ぎください! 肉の匂いなどわずかたりともしないはずです!」
私がそう言うと、聖職者の皆様は顔を見合わせ、やがてクンクンと鼻を鳴らします。
そして、やがてその顔が驚きの表情へと変わっていきました。
「た、たしかに、肉の匂いではないような……?」
「うむうむ、焼けた良い匂いではあるが、動物のものではない。外見もよく似ておるが、色味が違う」
「で、ではこれはなんなのだ? 何を焼いた料理なのだ!」
戸惑った様子の皆様がそう尋ねられるので、私はにっこり微笑むと、こう答えたのでした。
「こちらは、とあるお豆から作ったハンバーグ。その名も、大豆ハンバーグにございます!」
そう、それは以前私が東方より取り寄せた大豆。
それを畑の魔女アガタに増やしてもらい、そこから開発した、お肉のようでお肉でない、大豆ミートハンバーグなのでございます!
……ミート、という言葉は、この場では口が裂けても言いませんけどね。
「こ、これが豆だと? 馬鹿な、とてもそうには見えん」
「そうだ、豆料理とは、もっと質素で魅力ないものなのだ。そ、そのはずなのに……」
「なのに、なんなのだ、この派手な外見は! パチパチと音を立てて、暴力的な外見でこちらを誘惑してきおる……ありえん!」
驚き慌てながらも、ハンバーグに吸い込まれる皆様の視線。
いや、そりゃ美味しそうだが、これ、本当に我らが食べていいものなのか?と、そのお顔が言っています。
そして、やがてその視線は大司教様に集まり。
彼は、震える声で言ったのでした。
「わ、我ら神に仕える者が、肉に似せた料理など……」
「肉に似せた? 何のお話でございましょう。これは、こういう料理。それに、もしやなにかと似ていたとしても、問題はありませんでしょう? だって、これは豆なんですもの」
「ま、豆……」
「そうでございます。これは、畑で育った豆の料理。すなわち、それは神が地上にまきたもうたもの。神様の祝福そのものにございます!」
「そ、そうか、これも神の御心……。そうか、そうか……!」
そう言うと、大司教様は椅子に座りなおし、祈りのポーズを取ります。
そして、厳かな声でこうおっしゃったのでした。
「神の恵みに感謝を。皆の者、では豆をいただこうではないか」
「う、うむ、そうですな、豆をいただきましょう!」
「豆、豆ですからな! 豆!」
誰かに言い訳するように口々にそう言い、皆様は堂に入った動作で祈りをささげると、そそくさとナイフとフォークを手になさいました。
そして、ワクワクした顔で大豆ハンバーグを切り取ると、フォークで刺してパクリ。
すると……その顔が、ぱあっ、と、子供のようにほころんだのでした。
「なんと、なんと、これは、美味い……!」
「な、なんという奥行きのある味! 柔らかい食感が気持ちよく、それでいてちゃんと歯ごたえもある! 口の中で、いくつもの味がはじけ飛ぶようだ!」
「何たる美食! 衝撃的な味! 先ほど、何を食べたのか忘れるほどだ!」
「んなっ!?」
聖職者の皆様の華麗なる手のひら返しを聞いて、外れそうなほど顎を開けて驚きの声を上げる、オーギュステ。
ああ、良い反応するなあ。
「ああ、上にかかっておるソースも信じられぬほどうまい……! こ、これももちろん全て、教えにかなうものでできているのであろうな?」
「もちろんにございます! こちらのソースは、野菜と果物に香辛料が主な要素。何の問題もございません!」
そう、それはかつておぼっちゃまにお出ししたハンバーグソースを、さらに改良したもの。
うちのお父様と商品として開発するうちに、さらに研ぎ澄まされた、フルーティでさいっこうに美味しいソースなのでございます!
正直、ごはんにこれをかけただけでも、すっごく美味しいぐらい!
「こ、このような表現を使ってよいのかわからんが、この料理は、実に、そう、実にジューシーだ……。こ、これが豆とは、信じられん……!」
そう、それが今回のハンバーグを作るにあたっての課題でございました。
大豆ハンバーグは、大豆を煮たものを潰して作る料理。
ですが、大豆だけだとやはり淡白な味わいになってしまいます。
それに、大豆自体にはそれほどの粘性がないので、潰しただけではなかなかハンバーグの形にはできません。
なので、他の食材でうま味や油、それに粘性を足してあげないといけない。
そのため、私は小さく刻んで油でよく炒めた野菜を加え、香辛料で味を調えて、さらにつなぎとして、レンコンをすりおろしたものを使ったのでした。
こうすることでハンバーグの形によくまとまり、野菜だけなのに味わい深いハンバーグにすることができるのです。
……なお、大豆ミートについては、よく知らなくともほとんどの人は味わったことがあると思います。
なにしろ、みんな大好きカップヌードルについている、謎肉と呼ばれる茶色く四角いアレ。
なんとあれこそが、大豆でできているものなのですから!
……まあ、あれにはしっかりお肉も含まれていたらしいですが。
つまり、混ぜてあってもお肉と思うぐらい、大豆は肉っぽい食材ということでございます。
「こ、この付け合わせの、とうもろこしを揚げたものもすさまじく美味しい……。甘くて、プチプチとしていて、触感が最高に心地よい! ああ、もう一つ欲しい!」
「この緑の豆も実に良いですぞ! ハンバーグの豆とはまるで違う、とてもクセになる味わいの豆だ……たまらん!」
「いやいや、この白くて長いなにかも付け合わせとして最高ですぞ。まったく違う味わいで、変化をもたらせてくれる。なんとも美味しい野菜だ!」
と、付け合わせとして鉄板に載った、揚げたトウモロコシと枝豆に、もやしのソテーを絶賛する皆様。
トウモロコシは、粒状ではなく、皮をつけたままひと固まりに切り取ったものを、揚げて付け合わせにしました。
ハンバーグに足りない油を少しでも補おうと思ったからですが、同時に、私の好きな物を料理に出したかったからでございます。
私は前世で、目の前でいろんなものを揚げてくれるお店が大好きでした。
お肉やエビや野菜、いろんなものを揚げてすぐに出してくれる、最高に楽しい揚げ物屋。
ですが、行くたびに結局、「トウモロコシを揚げたやつが一番美味しい!」という結論に至ったものでございます。
しっかりと衣をかぶった、あまーいトウモロコシ。
ザクザクプチプチと心地よい食感のそれに、ちょっとだけお塩を振ってかぶりつく。
あれもまた、まさに至福の瞬間でございました!
ちなみに、付け合わせについている緑の豆は、枝豆。
枝豆を塩ゆでしたものでございます。
なぜ枝豆なのかと申しますと。枝豆とは、ずばり若い状態で獲った大豆のことだからなのです。
そう、枝豆と大豆って実は同じもの。
ただ、獲る時期が違うだけなのです。
……と言っても、私が生きていた時代では、枝豆には専用の品種が使われていたらしいですけどね。
そして、もうピンと来ているかもしれませんが、もやしとはその大豆が発芽したもの。
そう、スーパーで激安で売られていたアレもまた、大豆食品なのでございます!
このソテーは、そんなもやしをハンバーグに合うよう味付けして炒めたもの。
ちなみに、もやしは炒めすぎるとシナッとしてしまうので、炒める時間は30秒前後ぐらいが一番です。
これぐらいなら、まだシャキシャキ感が残り、歯触りを楽しめるもやし。
そんなもやしですが、中国の宮廷料理には「もやしの中を一個一個くりぬいて中に肉を詰める」なんていう狂ったものまであり、意外と由緒正しい食材だったりします。
つまり、この鉄板ハンバーグは、大豆からできたものを中心に作られた一皿。
皆様、まるで違う味わいだとはしゃいでいますが、実はほとんど同じ食材でできているのでした!
「美味い、美味いぞ、おお、何たる美味さだ!」
「くっ……」
感動の声を上げる皆様と、それを見て悔しそうにつぶやくエレミア女史。
どうやら、この一皿は、ちゃんと彼女のド派手な料理を超えることができたようです。
そう、最初にいきなりハンバーグなんていう無茶をしたのは、そのため。
彼女の料理にインパクトで勝つには、これほどのことが必要だったからなのです。
どうやらハンバーグは無事役割を果たしてくれたようだぞ、と安堵する私。
ですが、そこで突然、皆様が何かを騒ぎ出したのでございます。
「だっ、大司教様!? どうなさいました!?」
それは、大司教様を心配する声。
見てみると、なんと。大司教様が、食べかけのハンバーグを前に、ポロポロと涙をこぼしているではないですか!




