シャーリィと魔法の豆3
「初めまして、偉大なる神に仕える、気高き皆様。私は、オーギュステ様にお仕えさせていただいております、魔女エレミアにございます。今日は、皆様のために特別なお食事をご用意させていただきましたわ」
「ほう……魔女か」
オーギュステに促され、前に進み出たエレミア女史がそう挨拶をすると、大司教様は少し面白くなさそうな顔をしました。
というのも、昔は聖職者にとって、魔女は許されざる存在だったらしいのです。
神の定めた領分を越えて邪悪な術を使う者だ、と迫害していた時代もあったとか。
でもそれは昔の話。今では、「まああれも、存在できるってことは神が許したもうた存在だし」みたいな扱いみたいです。
それでも、民に敬われ、また恐れられる魔女の存在は、やっぱりちょっと目障りみたいで。
できればいなくなって欲しい、というのが本音のようでございます。
「もちろん私共は、皆様の献身的な食生活をよく承知してございます。それに沿う形で、最高のおもてなしをご用意させていただきました。どうぞ、こちらをご覧ください!」
エレミア女史がそう声をかけると、勢いよく広間の扉が開け放たれました。
そしてカートに乗って料理が運ばれてくると、おおっ、と驚きの声が上がります。
「なんと、これはこれは……何とも豪勢な!」
それは、料理に対する声ではありませんでした。
なんと、カートの上には、料理と一緒に見事な金細工が乗っていたのでございます!
「これは、もしやあの高名な金細工職人の手によるものでは!?」
「はっはっは、さすがお目が高い! 今日のために、特別に作らせた品です。ですが、ただの飾りではありませんぞ。器もそやつに作らせました」
「なんと、あの者に食器を作らせたと!? それはまた、なんともはや……!」
なんて、視線を金細工に吸い込まれながら、なんやかやと盛り上がる皆様。
ああこの細工はあの流れをくむものだ、だとか、ここはあの名作をリスペクトしたものだ、だとかなんとか。
私にはぜんっぜん理解できないことで盛り上がる、お金持ちの皆様。
……料理、関係なくない!?
いえ、まあ食事するにあたっては、飾りやお皿も重要な要素ではあるんですが、いやはや。
「おお、なんと、この金の器の見事なこと! この上に載れば、どのような品でも極上の味わいになることでしょうな!」
続いて、口々に皿を褒めたたえる皆様。
ですが、いざ皿が目の前に置かれると、別のことで驚きの声が上がりました。
「なんと! これは、なんと見事なサラダだ! 金色に輝いておる!」
……一応言っておきますが、輝いて見えるほどサラダが立派だったわけではありません。
ここまでくると、なんとなくピンとくるとは思いますが、そう。
そのサラダの上には、直接金色のもの……つまり、キラキラと輝く金箔が載っていたのでございます!
「……下品!」
思わず、小さく声をあげてしまいました。
いえ、金箔入り料理は前世のテレビなどで見たことがあり、ゴージャスな感じを出すのに都合がいいことはよく知っております。
ですが、そのサラダは本当に金箔がメインとばかりに載っていて、さらに切り絵のように、見事な薔薇が形作られていたのです。
いやあ……どうなんでしょうねこれ、料理として。
ちなみに、金は少量なら食べても害はないらしいですが、料理に使われる金箔は、そのほとどんどがでんぷんでできた、食用のものらしいです。
それに含まれる金は、きわめて少量なのだとか。
まあ、エレミア女史が金箔をどう作ったかは不明ですけども。
しかし、聖職者を迎えるにあたって、こんなの出してきますかね普通。
「おお、おお、なんと見目麗しいサラダだ! それに、下の野菜もよい出来だ。神は植物を我らのために植えられた。神の御威光により育つ、聖なる食物は我らの血と肉になることであろう」
満足げに言う大司教様。
彼らの宗教では、そういうことになっているのでした。
金の飾りが嬉しい本音と、聖職者としての建前を使い分ける技は見事なもの……と、言うべきなんでしょうかね。
「崩してしまうのが勿体ないが、ではいただくとしますかな」
そう言ってフォークを手にする大司教様。
ですがその時、沈黙を守っていたおぼっちゃまが口を開かれました。
「……待たれよ、大司教殿。それを食べる前に、言っておく。余のほうも、余の信頼する者が、歓迎に特別な食事を用意しておる」
それを聞いて、ん?と、大司教様は不思議そうな顔をしました。
それはそうだろうけど、それがどうした、と言いたげな彼に、おぼっちゃまはにやりと微笑むと、続けてこう言ったのでした。
「だから、な。先に満腹になると、後悔することになるぞ──なにしろ、この後に、あなたが食べたこともない、とてつもなく素晴らしい料理が出てくるからな」
「むっ……」
迫力あるその一言に、大司教様はいくらかひるんだ様子でした。
なにしろ、おぼっちゃまが美食家なのはよく知られた話。
そのおぼっちゃまが、ここまで言うなんて、何が出てくるんだ……?と。
その胸に、おぼっちゃまの言葉はぐさりと突き刺さったようでございます。
それを見ていたオーギュステは、「ぬうっ、余計なことをっ……」と言いたげな顔をして、慌てて大司教様たちに言いました。
「さあさあ、どうぞ早くお召し上がりあれ。地上で最高の美味がどんどん出てきますぞ!」
「お、おお、そうですな。ひとまずは、目の前の食事に集中すると致しましょう」
気を取り直したようにそう言うと、大司教様はサラダを口にします。
すると、すぐにそのお顔がにっこり笑顔になりました。
「うむ、うむ。実に良く育った野菜だ。金箔も心地よく、満たされるのを感じる。それに、降りかかっておる香辛料がとても効いていて、美味しさを何倍にもしてくれている。これは、素晴らしいサラダですな」
ああ……やっぱりそうきましたか。
金箔で見えにくかったですが、エレミア女史は、料理にたっぷりお得意の香辛料をまぶしてあるようです。
さらに、見ているとサラダの中には、なにか……たぶん、何種類かのお野菜を揚げたものが混ぜられているようです。
サラダを食べるにあたって、物足りなく感じる理由は大体、油分が足りないことです。
人は、油が大好きなもの。
ですが、ヘルシーな野菜だけではそれが十分に摂れない。
だから、それを補うために、サダラドレッシングなどはほとんど油でできているわけです。
そんな足りない油を、野菜チップスで補うとは……やはりエレミア女史は侮れません。
まあ、料理を実際に作ったのは、彼女の後ろでむっつりとした顔をしている、相棒のウォーレンシェフかもしれませんが。
「ううん、実に美味しい。そして、美味しい中にもクセになる何かがある。食べれば食べるほど夢中になっていく……これはすごいサラダですなっ!」
なんて、大司教様の周りを固めた、聖職者の皆様もべた褒め。
ああ、またです。また、クセになるというワードが出てきました。
やはり、彼女の魔法が作用しているのでしょうか。
そうしている間にも料理は進み、次は金の皿に盛られた、具のない、すごく透明なスープが登場しました。
「おお、これはなんと! 透明なスープが器の金色を映していて、まるで金色の海のようだ。美しい、実に美しい……!」
「おお、味も実に良い。何も入っておらぬから味気ないのかと思ったら、とても濃厚な野菜と香辛料の味わいを感じる!」
「澄み切った外見からは想像できぬ、濃厚なスープ……これは、実に優雅で麗しいですな!」
またまた一様に褒めたたえる皆様。
匂いと、皆様の反応から見るに、おそらくあれはコンソメスープの一種でしょうか。
コンソメは、前世のスーパーなどでは固形の出汁みたいに売られていましたが、本来それはフランス語で「完成された」という意味を持つ言葉らしいです。
そのような意味を持つコンソメスープとは、すなわち、膨大な時間をかけて余計なものを取り除き、徹底的に研ぎ澄ました、まさに「完成されたスープ」のこと。
なんと完成までに数日かかるという、ある意味究極のスープなのでございます!
もっとも、普通は出汁に鶏や牛を使うのですが、あれはおそらく、野菜やキノコなどだけで作ったものでしょうか。
足りない味わいは香辛料を使ったのでしょう。
匂いを嗅いだだけでも美味しさが伝わってくる、さらに金色の器を生かす工夫までなされたスープ。
ここに来て、正統派のスープだって出せることも見せてくるとは……!
やるなあ、ウォーレンさん!
後で私にも飲ませてくれないものでしょうか!
「続きまして、こちら。メインの、≪季節野菜のポワレのキノコ添え≫にございます」
続いて、また豪華なお皿に、焼かれた何種類もの野菜が載ったものが登場いたしました。
ポワレとは、表面をカリっとさせつつも、中はふんわり柔らかく焼き上げる料理法のこと。
見てみると、どうやらメインは綺麗な焼き目のついた肉厚なカブのようで、それに何種類もの色とりどりの野菜が添えられています。
おそらく、メインが野菜だけの物足りなさをカバーするため、食感がしっかりしているカブを選んだのでしょうが、今はそれより気になることが。
それは、つまり。
「おおっ、これはトリュフか!? 幻のキノコが、山のように載っておる!」
そう、それ。
その料理の上には、これでもかと、薄くスライスされた超高級品のトリュフがまき散らされているのでございます!
「良きトリュフが手に入りましたので、ぜひ皆様にという、オーギュステ様のご配慮ですわ。匂いも味も極上品にございます。これより良いものは、まず見つかりません」
「なんと、これは素晴らしい。なんともかぐわしき香り! 実に特別な料理だ、これは!」
そう、そのキノコは幻と呼ばれ、偉い人でも、いつでも口にできるものではないのでございました。
日本でいうマツタケの、さらに希少品といったところでしょうか。
生臭坊主たちは、これに大はしゃぎ。
美味い、美味いとあっという間に平らげてしまいます。
これには、エレミア女史も会心の笑みを浮かべました。
「おっ、おい、大丈夫か……? お偉方、何にも考えず食べまくっておるが。腹も味覚も、全部持っていかれたんじゃないか、これ……」
と、私の隣にいたローマンさんが、震え声でつぶやくのが聞こえます。
たしかに、一見状況は芳しくありません。
ですが、私にはそれが違って見えるのです。
たしかに、大司教様も顔をほころばせてはいます。
ですが、どこかそこに、完全なる満足は見られないように感じるのでした。
美味しいけども。豪華だけども。
なにかが、足りない。
と、その表情が物語っているように、私には思えてならないのです。
「どうやら……事前の調査は、正確だったようね」
と、小さくつぶやく私。
やがて、エレミア女史の料理はデザートに移り、見事に飾り切りされたフルーツたちが並びました。
さらに、食後のお茶として出てきたものが、実におシャンティー!
それは、お茶の中に花が浮かべられ、時間とともに熱で花弁が開いていくという、おしゃれの権化みたいな代物なのでございました。
「おおっ、美しい……。なんとも、心を穏やかにしてくれる品だ」
「こちら、東国で高貴な方に振舞われる、特別なお茶にございます。素晴らしき香りと味わいを、ぜひお楽しみください」
少女のようにうっとりとした顔で、オシャレティーを楽しむ皆様。
たしか、前世の世界でも、格式高きお店でそういうお茶を飲めると聞いたことがあるような。
まあ、見た目より食い気な私にとっては、あまり興味のないものでしたが。
こうして目の前で出ていると、やっぱりいくらか気になりますね。
どんな味なんだろう。花びらは食べられるのかな?なんて。
「ふう……実に良き食事だった。大満足だ」
そう言って、椅子にもたれかかる聖職者様たち。
終わった感満載で、もう何もいらないと言いたげです。
それを見て、エレミア女史はふふんと鼻を鳴らし、ちらりと私のほうに視線を向けました。
「もう勝負はついたわよ。出すのはやめておきなさいな、それがあなたのためよ」
と、その目が語っています。
いえいえ、エレミア女史。
まだそれは気が早いというものですわ。
ここからが、私の出番。
あなたが満たせなかった、大司教様の原始的食欲。
それを、今から私が満たして御覧に入れましょう。
「さあ、それでは皆様、続きまして! 我らがウィリアム王からの、素敵で特別なお食事を出させていただきますわ!」
そこで私が躍り出てそう告げると、聖職者様たちは迷惑そうな顔をしました。
もうお腹いっぱいだからいいよ、と。
ですが、次の瞬間、広間に料理を載せたカートが飛び込んでくると、椅子の上で驚いて、ぴんと背筋を伸ばしました。
なにしろ、カートの上の料理は、パチパチと焼けるような音を立てていたのですから!
「なっ、なんだ、何の音だ!?」
「なんだこれは、皿が焼けておる……? なにかが飛び跳ねておるぞ!」
驚愕の表情でそれを見つめる皆様。
それとは、そう、つまり、以前おぼっちゃまにもお出しした鉄板なのでございました。
焼けた状態で自分の目の前に置かれるそれに、皆様は目をパチクリ。
鉄板が初見ならば、まあそういう反応になりますよね。
ですが……ですが。
「……なっ……なっ……!」
自分の目の前に置かれた鉄板の、その上に載っているもの。
それが何なのかに、気づいた瞬間。
大司教様は、ガバっと椅子から立ち上がり。
そして、とてつもない大声で叫んだのでございました。
「なっ、なっ、なんだこれはっ……!貴様っ……貴様ぁ! こっ、これは……これは、肉ではないか! だっ、大司教である私に肉料理を出すなど……貴様、どういうつもりだぁっ!!!!」




