シャーリィと魔法の豆2
「──なにはともあれ、我らがはっきりとお伝えしたいのは、神と民との信頼である寄進についてです。必要以上の富とは、すなわち穢れ。それを受け取り、神への捧げ物とするのは、すなわち浄罪。我らは私欲ではなく、ただ神の僕として働いているのだということをご理解いただきたい」
広間に置かれた、大きな円卓。
そこに、おぼっちゃまとその部下に、オーギュステ一派、そして大司教様たちを含んだ数十人が座して、大規模な会議が始まりました。
円卓なのは、すなわちそこに上下関係がないということ。
そして今は、そこに座した大司教様が、おごそかな声で、ろくでもないお話をひっきりなしに続けているところでした。
なにやら難しい言葉を使っておりますが、つまり、『俺たちは自分のために儲けてるんじゃないから。お金とかいう罪をおっかぶって、神への捧げ物として浄化してるだけだから』ということらしいです。
この宗教のスタンスは、生きてる間はいろんなことあるけど、正しく生きれば、死後に神様に祝福されて永遠に幸福になれるよーってやつです。
つまり、一度の人生で富にしがみつくと良い事ないよ、とこういうこと。
部屋の隅で控える私的には、それ自体はそう悪い事でもないと思いますし、私自身二度目の人生なので「もしかしたら、神様もいるのかも」と思わなくもないですが。
それを言う大司教様が、宝石のついた指輪やネックレスをジャラジャラ鳴らしているのを見ると、どうしても疑いの目を持ってしまいます。
あなた方、本当に欲望を捨てられてます……?
「いやいや、全くその通り。この世は、我らの偉大なる神が見守ってくださる選別の場。我らの信仰心を、多いなる神から見えるように示すこと、それこそが王族の真になすべきことよなぁ!」
「おお、さすがオーギュステ公。なんという信仰心! そう、まさにそれ。矮小なる我らなれど、天に召します偉大なる方に、大いなる感謝と祈りを、目に見える形で示さねばなりますまい! 王族の鑑ですな!」
なんて、勝手に盛り上がるオーギュステと大司教様。
ああ……なんて腐ったコミュニケーション。
俺が王になったらとにかく金をやるからな!という直球と、それなら王にしたるわ!という会話がほとんどオブラートに包まれず交わされています。
ですが、そこで。
静かだったおぼっちゃまが、おもむろにこう切り出したのでした。
「──大司教殿。余は、そうは思わぬ。神に見えるよう、示さねば、だと? 教えによれば、神の偉大なる眼は、すべてを見通すのではなかったか」
「むっ……」
おぼっちゃまの鋭い指摘に、大司教様がうめき声を上げました。
そう、私もいくらかこちらの宗教を勉強したのですが、それによると神様は世界のすべてを見つめていて、あらゆる人間を裁くのだとか。
全部見えているのに、空から見えるよう大きく作って示さないと、というのはおかしな話ですね。
「それに、寄進についてもだ。神への捧げものは結構。だが、過剰に宝石や貴金属を集めて何かを作ったとして、神は本当にそれを喜ばれるのか?」
「な、なんと!? 神への疑念を持つとおっしゃるのか! 我らはっ……」
「神の話をしておるのではない、我らの感謝の示し方を言っておるのだ。死後の世界に、富は持っていけぬ。つまり、それは神が富をお認めにならぬということではないか。なのに、富で作ったものを過剰に奉るなど、妙な話だ」
「ぐうっ……!」
とても13歳とは思えないおぼっちゃまの鋭い切込みに、ぐうの音が出る大司教様。
キャー、おぼっちゃま、素敵!
「で、では神にどう捧げものをするというのでございますかな!?」
「決まっておる、神は我らが正しく生きることをお望みだ。そして、その数は大勢のほうがよい。では、民が正しく生きるために必要なものは何か。それはすなわち、十分な食料と子を育てるための環境、さらに国としての安全と、そしてなにより、祈りだ」
「……」
「余は、大勢の民が十分に生き、神への感謝を示せる国にしたい。そのため富を使うこと、それこそが神の従僕としての務めなのではないか? 余は各地で教会や寺院の建設を後押ししていきたく思う。むろん、人材などの面で大司教殿の知恵は大いにお借りすることになるだろう。どうか」
それに、大司教様は姿勢を正すと、視線を泳がせながら、なにやら考え込んでしました。
おぼっちゃまの言葉の、真意を探っているのでしょう。
でも、それは少し考えればわかることで、各地に教会や寺院が増えれば、そこへのお布施も入ってくるようになります。
さらに、人材を増やすということは、神父様などが増えるということ。
下の者が増えれば、大司教様の影響力も増す。
つまり、おぼっちゃまはそちらの方面で富と権力を増やすことなら許す、と、こう言っているわけでございます。
「……なるほど。なるほど、なるほど。どうやら、ウィリアム“王”は、お若いにもかかわらず、実にしっかりとしたお考えをお持ちのようですな」
「っ!?」
大司教様がそう言ったとたん、ざわ、と広間がざわつきました。
声を上げたのは、主にオーギュステとその一派。
今の今まで、王と呼ばなかった大司教様が、おぼっちゃまを王と呼んだのだから当然です。
特に、オーギュステの、信じられないと言わんばかりの表情ときたら。
こいつ……ウィリアムと組んだほうが得かも、と思ったとたん、手のひらを返しやがった!?
と、その顔が言っているのでした。
うーん、大司教様、わかりやすすぎて逆に面白いですね!
そして、これにそれになんにも言い返せないオーギュステ。
神について、なんてあの方にはとても話せないことでございましょう。
大いに焦った顔をしたオーギュステは、そこで急に声を張り上げました。
「ふ、ふん、ところで話は変わるが、そろそろ昼食時ですな。どうであろう、そろそろ食事でも。俺は長旅でお疲れの皆様のために、豪勢な食事をご用意いたしましたぞ!」
「おお、それはなんという気配り! さすがオーギュステ公、それは実に楽しみですな!」
あっ、来た!
ついに来てしまいました、問題の昼食の時間が。
それに大司教様の部下さんたちは嬉しそうな顔で応えましたが、しかしそこで、大司教様は難しい顔でおっしゃったのでした。
「──それは結構ですが、あくまで我らは神に仕える身。神が祝福したもうた、聖なる食物しか口にできぬこと。それはもちろんご存じでしょうな?」
出た。
そう、それ。それなのです。
この度、神に仕える皆様をもてなすにあたって、一番の難題。
それは……戒律により、この方々がほとんどの食材を口にできないことなのでした。
肉や魚なんかの動物に始まり、卵もアルコールもダメ、それになんと、お砂糖までもが禁止なのでございます!
なので、彼らは基本穀物で作ったパンと、家畜から得られる牛乳やチーズなど、そしてなによりお野菜だけで生きているのでした。
前世の世界で言うベジタリアンの、もうちょっと厳しい感じでしょうか。
そう、貴金属は存分に身にまとう聖職者の皆様も、食事は生涯をかけて、極端なほどの節制を行うのでございます。
彼らが妙に痩せているのも、そのせい。何ともチグハグですが、そういうところは立派と言えなくもありません。
しかし、おもてなしする立場から見ると、これらが禁止だと、かなり料理の幅が狭まるのですが、エレミア女史はどう対応するのでしょうか。
さて、まずはお手並み拝見といきましょう。




