シャーリィと魔法の豆1
「大司教猊下の、おなーりー!!」
季節が秋に差し掛かったある日。
王宮の入り口に、聖職者の方の大きな声が響き渡りました。
今日はついに、国教の総本山から、この国で一番偉い聖職者……つまり、大司教様がいらっしゃる日。
私たちメイドや執事以外にも、たくさんの聖職者さんたちが歓迎に待ち構える中。
王宮の入り口前に、なんともケバケバしい、とんでもなく豪華な馬車が入ってまいりました。
(うわあ……。オーギュステに負けないぐらい、ド派手な乗り物だわ……)
思わず呆れてしまう私。
その上には鳥をかたどった大きな金の彫刻が乗っていて、あちこちにこれでもかと輝く模様が施されており。
なんと、それをひく馬すら豪華な金の刺繍の服を着ています。
聖職者の乗り物とは思えない、成金丸出しな馬車。
そして、その中からゆっくりと降りてきたのは、これまた全身を金銀財宝で固めた、痩せたおじさんだったのでした!
そのお顔は、痩せこけてまるで骸骨のよう。
肌の色つやも悪く、不健康そうな体。そこに、思いつくかぎりの贅沢をしてみました、みたいなこの方こそ、この国の大司教様なのでした。
「大司教様、ようこそ、ようこそおいでくださいました! 長旅お疲れ様でございました、ささ、どうぞこちらへ!」
「うむ、くるしゅうない」
偉い貴族の方が、思いっきり腰を曲げつつ大司教様を歓迎いたします。
そう、この国においては下手な貴族様より、この大司教様のほうがずっと立場が上。
なぜなら、聖職者は神に仕える身。
どんな偉い人でも、神の意向に背いていると言われたら立場が怪しくなるのです。
……あとは、まあ。
彼らが、見ての通り単純にものすごいお金持ちだからですかね。
それは、神の世界に富は持ち込めない、欲を捨てて祈りなさい、と言われれば、みんな自分の大事な財産をあっさり差し出してしまうからです。
儲けるという字は、信者と書く。
つまりは、そういうことです。
「大司教殿、よくぞ参られた。ご来訪を歓迎いたします」
そこで、出迎えに来たおぼっちゃまがそう声を掛けました。
すると大司教様はゾロゾロとほかの聖職者様を引き連れ、立ったままで、顔色一つ変えず応えます。
「おお、これはウィリアム様。歓迎、痛み入る。お生まれになった時、祝福をしに来て以来ですな」
「残念ながら、私にその記憶はありませんが。父王のために、ずいぶんとお祈りくださったようで感謝いたします」
対等に言葉を交わすお二人。
そう、大司教は王にすらひざまずく必要がありません。
むしろ、下手に大司教を怒らせれば信者が暴動を起こし、王の立場すら危うくなりかねないほど。
ある意味、王以上の権力を持つ者。
それが大司教なのです。
……ああ、なんて面倒な。
なんて、考えていると。
そこで、陽気な馬鹿声が響いてまいりました。
「おお、来たか大司教殿。待っておったぞ! 俺の送った金の彫像は、お気に召したかな?」
それは言うまでもなく、オーギュステの声でした。
ヘラヘラ笑いながらやってくる彼の後ろには、エレミア女史も付き従っています。
「おお、おお、これはオーギュステ公! いやはや、先日は良いものを寄進いただいた。見事な細工だと、皆で感心しておりましたぞ」
「いやはやまったく! あれほどの富を惜しげもなく捧げるとは、オーギュステ公のなんと徳の高きこと。神もお認めくださるでしょう」
「ほんに、ほんに。最近は王族の皆様も、神に対する忠誠心を厚くは示されず、この国の未来を嘆いていたところ。そこにあなたのような偉大なる方を見出すことになろうとは、やはり神の御威光でございましょうなあ!」
おぼっちゃまと接する時とは大違いで、笑顔でオーギュステを褒めちぎる聖職者様たち。
……完全に、オーギュステからのワイロでなびいてますね、これ。わかりやすすぎる!
(うわあ、思った以上に不利だわ……。なんなの、この生臭坊主たちは!)
思わず心の中で嘆いてしまいます。
はっきり格差をつけてくるじゃないですか!
その理由として、先王様とおぼっちゃまは、彼らが過剰に華美な生活を送らず、また信者たちから必要以上にお金を集めないよう求めていたのでした。
もちろん弾圧をしていたわけではありません。
それは、活動は奨励しつつも、国を弱らせるほどお金集めに走らないでくれという、常識的な忠告なのでした。
ですが彼らは、それを自分たちの力を削ごうという陰謀だと言い張り、最近ではあまり仲がよろしくなかったのでございます。
「さて、本日参ったのはほかでもありませぬ。全ては“新たなる王”に、我らが神とのあり様をお話しするため。王族のご両名と、そのあたり、よく話し合いたいものですな」
新たなる王、に含みを持たせて言う大司教様。
ウィリアム王、と言わないことに、私たちの間にわずかに緊張が走りました。
つまりそれは、暗に『こちらはまだ、ウィリアムを王とは認めていないからな』ということなのでございましょう。
そして、場合によってはオーギュステを王として後押しすることも辞さない。
そういう態度が見え見えで、私たちの肝は冷え冷えです。
(これは、下手なことしたら、大ごとになるぞ)
全員が、心の中でそうつぶやいたことでございましょう。
大司教様は、敵に回すわけにはいかない相手。
おい、おもてなしの準備はアレで本当に大丈夫なんだろうな、と責任者である私に視線が集まるのを感じます。
ええ、ええ、素直に申し上げましょう。
正直、私もすっっっっごく心配です!
でも、ここまできたらアレで行くしかないのです!
「ふっふっふ。もちろん、俺は大いにあなた方を後押ししますぞ。民に救いは必要ですからな!」
「……」
自信満々なオーギュステと、あえて今は無言で通すおぼっちゃま。
しかし二人の間には、バチバチと見えない敵意が飛びあい。
こうして、強い緊張感とともに、広間で会議が始まったのでした。
 




