台所の魔女と、魔法の香草パイ4
しばらく夏休みをもらいつつ、完結に向けて書き溜めをしておりました。
今日から再開させていただきます、どうぞよろしくお願いします!
「おおおおっ、なんという美味い料理だ! 口の中で美味さがはじける! これが魔女の料理か!」
「異国情緒あふれる、鮮烈な味……これは、王宮に吹いた新しい風だ!」
「それに対して、元の宮廷料理のなんと味気ないこと……味が薄くて何も感じん!」
……貴族の皆様の、昼食会。
そこに、赤髪の魔女エレミアを称える声が響き渡りました。
そして、それを見ている私の横で、ローマンさんは四つん這いになり、涙を流しながら声をはりあげたのでした。
「負けたあああああああああああああああああ!!!!」
「でしょうね……」
どんよりとした目でつぶやく私。
いきり立ち、私の助力も断って勝負を挑み、そして普通に負けるローマンさん。
あんな強敵に、無策で勝てるわけないじゃないですか。
「うふふ、古いシェフのひげおじさん。お招き本当にありがとう。おかげで、ばっちり私の料理を宣伝できたわ」
ニヤニヤ笑いながら、ローマンさんを見下ろすエレミア女史。
ああ。これ、完全に、敵に塩を送ったやつですね。
「なぜじゃ……なぜ、ワシの料理が負ける!? ワシだって小娘に負けたまま終われるかと、更に腕を磨いてきたのに!」
ローマンさんはそう嘆きますが、私に言わせれば当然です。
だって、なにしろ皆様まずは新しい料理を味わいたいと、エレミア女史の料理を所望しましたから。
エレミア女史の料理は、香辛料がガッツリ入ったインパクト絶大な料理ばかり。
雰囲気的に、前世の中東やインドを思わせるようなものでした。
そんな味が強いもので舌が麻痺した後、しっかりとしているけど味が濃くないローマンさんの料理を食べたって、美味しく感じるわけがありません。
そう、それは、一撃で相手の味覚を破壊して、自分だけが利を得る料理。
エレミア女史の料理は、いわば、“勝つための料理”なのですから。
「皆様、どうもお粗末さまでございました。どうでしょう、この後、食後の珍しいお茶とお菓子をお出しできますが。よろしければ、離宮で花でも愛でながらいかがでございましょう?」
「おお、それはいい! 実に優雅だ、ハッハッハ!」
なんて、ハーメルンの笛吹きよろしく、貴族の皆様をズラズラと引き連れていくエレミア女史。
ああ……苦労して集めたこちらの味方を、何人も持っていかれてしまいました。
「ううっ、すまん、すまんっ……。勝ってあの魔女めを成敗してやるつもりが、このような結果になるとは、まるで予想できなかった……!」
「いえ、完全に予想通りでしたが」
冷たく応える私。
とはいえ、ヒゲだけを責めるわけにはいかないでしょう。
これはなるべくしてなった結果です。
いずれ、大きな食事会で彼女と戦うことになる。
その時、彼女は同じ手を使ってくることでしょう。
そうなれば、私もこうなる可能性が高かった。
まず噛ませ犬としてヒゲが負けてくれて、逆に助かったかもしれません。
「ううっ、しかしこのローマン、ただ負けたわけではないぞ。こっそり奴らの厨房を覗き見しておったのだが、気づいたことがある!」
と、すっくと立ち上がりそう言い放つ噛ませヒゲ。
そして、離宮の方を睨みつけながらこう続けたのでした。
「台所の魔女などと言うが、あの女、自分で調理などしておらんぞ! 実に怪しい!」
「えっ? どういうことです?」
「ええい、説明するより見たほうが早い。来い、ワシが見つけた絶好の覗きスポットを教えてやる!」
そうは言っても、離宮の周囲はオーギュステの手下が見張っています。
どうやって近づくつもりかと思ったら、花壇の影に潜んだり、警備の死角を突いたりと、とんでもないルートで進んでいくローマンさん。
すさまじい潜入テクニックで、思わず舌を巻いてしまいます!
(この人、料理以外のほうが才能あるわ。進む道を間違えたんじゃ……)
ほんと、ろくでもないことをやらせたら天下一品です。
泥棒やスパイの道を選んだほうが、大成したんじゃないでしょうか。
呆れる私の前で、ローマンさんは離宮の壁に張り付き、窓を指さしました。
「ほら、そこから奴らの厨房が見える。見てみい」
「どれどれ……」
気づかれないように、そっと窓から覗き込む私。
すると、そこではたくさんのシェフたちが忙しそうに調理を行っていました。
そして、その中央であれこれ指示を出す、エレミア女史の手元気な声が聞こえてきます。
「ほら、急いで急いで! このままだと間に合わないわ! なにより時間厳守! ああ、でもそこ! 急ぎだからって仕込みに手は抜かないで頂戴! いい加減な仕事をするなら、クビにするわよ!」
と、子分たちに檄を飛ばしながらも、自分は手を動かさないエレミア女史。
なるほど、たしかにローマンさんの言うとおり、彼女が調理をしている様子はありません。
「なるほど、たしかに基本は指示してるだけみたいですね」
「じゃろう? しかも、大体のやつらはどう見ても大した腕じゃない。主に調理を担当しておる腕がいいのは、ほれ、あの女と同じ赤髪の、人相の悪い男じゃ」
言われて見てみると、確かに重要な部分を受け持っている方が一人いました。
赤い短髪の、背の高い男の方。
そして、そのお顔は、ローマンさんの言うとおり、目つきが鋭く、不愛想で、顔に切り傷までついていて……。
なんというか。
シェフ、というよりは、どこぞの傭兵と言われたほうがしっくりくる外見をしてらっしゃるのでした。
「ウォーレン、ごめん、追加注文! 十人前追加ね!」
「わかった」
「あっ、あと、一つは甘さ控えめにして! 逆にもう一つは甘さ倍増で! もう、貴族は注文が多くて参るわ!」
「了解」
エレミア女史の指示に淡々と答え、機械のように正確に動き回るシェフの方。
どうやらウォーレンというお名前のようです。
なんだかその人にだけはエレミア女史の声かけが気さくで、仲がいいのかもしれません。
そんなことを思っていると、そこで私はあることに気づきました。
ほとんど調理には参加しないエレミア女史。
ですが、他のシェフたちは下ごしらえを終えた物を、必ず彼女のところに持ってくるのです。
「魔女様、最終調整をお願いいたします」
「はいはい。そこに置いておいて」
そう言うと、エレミア女史は調理台の上からなにかの瓶を手に取り、ぱっぱっと振りかけ始めました。
それは、茶色い何かの粉末で、彼女はそれをよくかき混ぜると、そのままウォーレンシェフに手渡します。
「はい、次の分。多めに振ったから、よろしく」
「ああ」
なんて、手慣れた感じでやり取りをする二人。
……なんだろう、今の?
見た目はコショウみたいだったけど、彼らが今作っているのはお菓子です。コショウはさすがに入れないでしょう。
私が不思議に思っていると、ローマンさんが声を潜めて言いました。
「お前も気づいたか。あの女、全部の料理にああやって、謎のなにかを振りかけておるんじゃ。あの作業だけは、誰にも任せておらん。ワシは、あれにあの女の料理の秘密があるとにらんでおる」
「なるほど。でも、料理に隠し味があるのは当然では?」
私だって、皆様に秘密でアレコレ仕込んでいますし。
そう思いましたが、ローマンさんは首を振って否定しました。
「どんな料理にもかける調味料なぞあるものか! ワシは、あれがあの女の魔法なんじゃと思っておる。そこで、ワシは考えた」
「……どうするつもりですか?」
「決まっておる、あの粉をいただくのよ! そして、ワシらの料理にも使うんじゃ! そうすれば、条件はイーブンで、後は実力で勝負が決まる。そうすればワシらが負ける理由はないわい!」
そして、イッヒッヒと邪悪な笑みを浮かべるローマンさん。
ああ……どうしてこの人はこう、思考が悪いほう悪いほうに向かうんでしょうか。
実力はあるのに……。
ですが、たしかにエレミア女史が魔女だとしたら、あの粉こそがその魔法の力っぽいですね。
アガタが最高の土を作るように、ジョシュアが長く効果を示す品を作るように、彼女は中毒性のある魔法の調味料を作り出す魔女なのかもしれません。
(もしそうだとしたら、思っていた以上の難敵だわ……。料理において、クセになる味というものはすごく大事な要素だもの)
粉と聞いて私が思い出すのは、前世のハッピーターンの粉。
あれもすさまじい中毒性で、粉だけが手に入らないかと思ったりしたものです。
残念ながら製法を知らないまま死んでしまったため、私はもう二度と味わえない粉。
ああいうのと同じ、いや、もしかしたらもっと中毒性のある粉を彼女が魔女の力で作れるとしたら、手ごわいのも当然です。
だけれども。
「駄目よ、ローマンさん。それは、良い手とは思えないわ」
「なに!? なぜじゃ!」
「理由のひとつ目は、そのことを相手に指摘されたら、こちらの立場が不利になるということ。勝てないから相手のものを盗んだ、なんて言いふらされたら大失態だわ」
「むうっ……!」
「二つ目は、あれが彼女の魔法だとしたら、私たちに同じことができるとは限らないということ。あれ自体はただのなにかの粉で、彼女が振りかけるときになにかしてるのかもしれないもの」
「た、たしかに……じゃが……」
負けたばかりなので、そう説明しても不安そうなローマンさん。
なので、私はその弱気を吹き飛ばすように、こう続けたのでした。
「そして、三つ目。魔法に対抗できるのは……魔法だけ、ということ」
「なにい……? お前、まさか。また、なにか奇妙な策でも用意しておるのか?」
目を白黒させて、どこか期待を含んだ声で言うローマンさん。
それに、私は笑顔で答えたのでした。
「ええ。魔法の粉には、魔法の食材で対抗するわ。次のおもてなしには、あの千変万化の食材がうってつけだもの」
次のおもてなしの相手は、この国の国教を取り仕切る大司教。
おぼっちゃまとオーギュステが争うことになるであろう、その場所で。
この私、シャーリィ流の魔法をお見せしてみせますとも!




