台所の魔女と、魔法の香草パイ3
暑さにやられてて、投稿が不安定になっています。ごめんなさい。
暑すぎる……!
それと、近々なにかをお知らせできるかもしれません。
「それで、お前はそこまでその女に好き放題言われて、なーんも言い返せんかったのか! なっさけないのう!!」
王宮の厨房に、ランチシェフのローマンさんの、厭味ったらしいデカ声が響き渡りました。
オーギュステと、エレミア女史の襲撃の後。
どことなく、よそよそしくおやつタイムは終わり、私はそこであったことを報告するために、ここへと足を運んだのでした。
「……まさか、オーギュステ公がここまで思い切ったことをしてくるとはな。それだけ自信がある、ということか」
とは、腕を組んで難しい顔をしている、ディナーシェフのマルセルさんのお言葉。
今回の件は、このヒゲ兄弟にとっても他人事ではありません。
王宮の厨房を預かる者として、台所の魔女なんていう新参者に好き勝手されてはたまらないでしょうから。
「先ほど、部下に様子を見に行かせたんじゃが、やつら離宮に大荷物を運びこみ、我が物顔で改造しておるらしい。大量の調理器具と、シェフも何人も入ったとか。完全に、わしらに戦争を仕掛けてきておるわ。忌々しい!」
「こちらが、料理によるもてなしで支持を得ていると知って、対抗馬を連れてきおったか。オーギュステ公も、噂ほど馬鹿ではないらしい」
そう、前評判通りオーギュステはかなりアレな人でしたが、それでも無策ではなかったのです。
台所の魔女なんていう凄い人材を、どうやって用意したのやら。
「それで? その、自称魔女とかいう女はそんなに凄腕じゃったのか?」
「そう、それなんです。これが、彼女が持ってきたパイなんですけれども」
そう言って、私は皿に載った、食べかけのパイを差し出しました。
エレミア女史の出してきた物を、二人にも食べてもらおうと持ってきていたのです。
「ほう……見た目は、まあ、美味しそうに見えるな」
「パイ生地で甘いものを覆うタイプの菓子か。この国の作り方ではない。他国から来たのか、他国の料理を学んだのか。匂いも、実に独特な。どれ」
そう言って、パイを小さく切り分けて同時に口に運ぶ二人。
そして、噛みしめた瞬間。
二人して目を見開き、予想通りな驚きの表情を浮かべたのでした。
「……」
そのまま何度も噛みしめる二人。
そして、無言のまま二切れ目を口にして、じっくり味わった後。
同じように腕を組んで、二人はむっつりとした顔で言いました。
「なるほど、こりゃたしかに“美味しい”。じゃが……」
「ああ。あまりに味付けが強烈で、一口目は驚くほどうまく感じるが、二口目はそれに遠く及ばない。これは……料理としては、邪道だ」
そう、それなのです。
エレミア女史の作ったこのパイ。
それは、一口目だけがあまりに強烈なお菓子だったのでございます。
とにかくかじった瞬間の甘さが鮮烈で、脳が反応して美味しいと感じてしまう。
だけど、極端な味付けの品は、食べるうちに飽きがきてしまうもの。
なので、コース料理などでは最初は薄く、徐々に味を濃くしていくのが常識だったりします。
それに対してこのパイは、前世の世界で言えばチェーン店の料理に近い作りをしているのでした。
チェーン店の料理は、とにかく味付けを濃くして、一口目に必ず美味しいと思わせるための味付けをしてあることが多いです。
それは食べ進めるうちにだんだん味を感じなくなっていき、最後らへんは飽きてしまうほどですが、それでも問題ありません。
なぜならば、お客は最初の一口の衝撃だけを記憶し、それを味わいたくてまた来てくれるからなのでした。
このパイは、それと同じ原理。
最初の一口という最高値を求めて、また食べたくなる味わいなのです。
それに。
「それに、それだけじゃなく、なんだかこう……癖になるなにかがありませんか? 飽きてきたとしても食べ進めたくなる、中毒性のある何かが」
「そう、それは私も考えていた。隠し味になにかが入っておって、それが妙に気持ちよく、もっと食べたくなる。不思議な味わいだ」
味のベースは強烈一辺倒でも、それを補佐し、食べ進めたくなるなにか。
もしかして、それが彼女の“魔女の力”なのでしょうか。
そう──たとえば、どんな料理にも素晴らしい魅力を授ける力。
そんなものが彼女の力だとしたら、私たちに勝ち目はあるのでしょうか。
思わず暗い顔をしてしまう私。
ですが、そこでそんな空気を吹き飛ばすように、ローマンさんが声を張り上げました。
「なんじゃい、おまえらしくもなく、不安そうな顔をしおって。こりゃたしかに不思議なパイだ。だが、これは“美味しい”という条件をただ満たしておるだけで、技術や心がこもっておらん。わしは嫌いじゃ、こんなむなしい食い物は!」
「……うん。たしかに、それはそうかも」
そう、それはおそらく私も感じていたことでした。
このパイは、とにかく、美味しいという形だけを作り上げたものに感じられて仕方がないのです。
食べた人を笑顔にしようだとか、元気になってもらおうとか、そういう感情のない、とにかく条件をクリアしただけのお菓子。
私は、機械で量産されたチェーン店の食事も、コンビニのスイーツも大好きでしたが。
このパイは、それと似て非なるもの。
そう、どうしようもなく。
『このパイは、ズルだ』と、そう感じてしまうのです。
理由は……まだ、わかりませんが。
「私もそれは思っていた。そもそも、魔女の力とやらで強制的に美味しくしてあるとして。それに負けたら、私の今までの料理人としての研鑽はなんだったのかと思ってしまう。王の敵である以上に、これは私たち料理人の敵だぞ」
「ええ、まったくそのとおりです。……もう、ローマンさんったら、ヒゲのくせにたまには良い事言うんだから」
「ヒゲのくせにも、たまにはも余計じゃ! 第一、ヒゲはお兄ちゃんも生やしとるだろうが! ……ええい、まあいい。とにかく、こんなもんにわしは絶対に負けん!」
あっ。
「ちょうどよく、まもなく貴族の皆様を招いた昼食会がある。そこでやつと競って、コテンパンにしてやるとしよう!」
あっ、あっ。
「見ておれ、すぐにわしの新作ランチで格の違いを見せつけてやるわ!」
……ああ。
どうしてこう、ローマンさんはローマンさんなんでしょう。
流れるような負けフラグの乱立。いっそ清々しいです!
そしてまあ、その結果は、と言いますと──。
 




