バカが馬車でやってきた2
舞い散る花びら、鳴り響く壮大な音楽。
赤い絨毯が敷き詰められ、その中をゆっくりと歩いてくるオーギュステ公。
その景色に、私はなんだか妙に既視感があり、あれ、なんだろうと必死に記憶をたどり。
そして、やがて私は思い至ったのでした。
そうだ……これ、前世で見たインド映画のやつだ!、と。
一人を中心に人々が入り乱れる光景は、まさにそれ。
いますぐ全員で踊りだしても何の違和感もありません。
その際は、やはり私たちも参加しなくてはいけないのでしょうか。
しかし、そう感じる、ということはつまり。
(つまり、これ、王様の登場シーンってことよね……)
そう、豪華な服を身にまとい、我が物顔で歩くオーギュステ公の態度は、まさに王のそれ。
自分がこの王宮の主役だとでも言いたげな演出です!
おぼっちゃまを差し置いて、あまりにも傲慢な態度ですが、むしろそれが狙いなのでしょう。
つつましいおぼっちゃまに対して、自分がいかに派手で、王にふさわしいか。それを示すためのパフォーマンスのつもりなのでしょう。
私以外のメイドや、執事の皆様もそれに気づいたのか、わずかに眉根が寄っています。
そんなアウェーの中、平然と歩くオーギュステ公は神経が図太いのか、それともそれに気づかないぐらい馬鹿なのか。
実に晴れやかな顔をしている彼でしたが、王宮の中に入る直前で、ぴたりとその動きを止めました。
「……おやおや。これはまた、ずいぶんと久しいな、我が従弟よ。まさか、わざわざ出迎えに出てきてくれるとは思わなんだ」
にやりと笑い、そう言った彼の視線の先。
そこには、道をふさぐように立つ、おぼっちゃまのお姿があったのでした。
すわ、さっそくの対決かと、息をのむ私たち。
注目が集まる中、おぼっちゃまがゆっくりと語りだします。
「遠い親戚が、はるばる訪ねてきたのだ。顔の一つも見せてやるのが、王の度量というものであろう」
「……それはそれは、傷み入る。やはり、血の繋がりというものは得難いものだ。共に王族に連なる者どうし、尊重しあいたいものよな」
舌鋒を交わし、鋭い視線を向けあうお二人。
おぼっちゃまが、暗に自分こそが正当なる血筋の王で、お前は血が遠いと言うのに対し、王族の血を引くという点では同等と言い張るオーギュステ公。
言葉の裏にはそういう意図が現れていて、ビリビリ空気。まさに一触即発です。
しかし、オーギュステ公の態度がデカいこと!
王であるおぼっちゃまの前で、膝すらつきません。
あくまで従弟扱いで、おぼっちゃまを王として敬う気はないようです。
後からのこのこやってきて、なんて厚かましいんでしょう!
……ですが、いざこうして向かい合うと、いまだ十三歳のおぼっちゃまと、二十代中ごろだというオーギュステ公の、貫禄の差はいかんともしがたいです。
何も知らない人に、どちらが王様に見えるかと聞けば、おそらくオーギュステ公を選ぶことでしょう。
悔しい。ただ、生まれた時期が違うだけで、きっと優秀さでも、王としての実力でも、なにより人間性でもおぼっちゃまが圧勝してるのに!
「これから、王宮に住むつもりか?」
「もちろんだとも。王宮に住む権利は、王族全員にある。そうであろう? ふふ、とりあえず離宮を我が住居としよう。とりあえずは、な」
そう言って、おぼっちゃまの横を通りすぎ、ついに王宮へと入ってしまうオーギュステ公。
それを、歯がゆく見ていることしかできない私たち。
こうして、最大の敵を中に迎えることになり、王宮は騒乱の時を迎えることとなったのでした。
◆ ◆ ◆
「おぼっちゃま! こちら、本日のおやつ。レア・チーズケーキでございます!」
そんなことがあった、その日のおやつタイム。
私は少しでも雰囲気を明るくしようと、とびきりの笑顔で、自慢するようにそれを差し出したのでした。
チーズケーキというお菓子は、「チーズを使ったケーキ」というだけでひとまとめにされていますが、実際は種類ごとに作り方が大きく異なります。
オーブンで焼いたり、湯せん焼きしたり、焼かずに冷やして固めたり。
レアチーズケーキの作り方は、そのうちの焼かずに冷やすタイプ。
クッキーを砕き、バターなどを加えたものを土台として底に詰め、その上にクリームチーズと生クリーム、さらにヨーグルトなどを合わせて調理したものを流しいれる。
後は冷蔵庫でよーく冷やして出来上がり。
生地を焼くタイプのチーズケーキとはあまりに違う作り方ですが、これがまた……うんめえのでございます!
ヨーグルトと、わずかにレモン汁を加えているおかげで、さわやかな酸味があり、触感はまったりとしつつもなめらか。
クッキー部分がサクサクと気持ちよく、チーズ名人が作った最上級のクリームチーズを楽しめる、味わい深くも最高のレア・チーズケーキとなっているのでした。
「おお、今日のおやつもまた実に美味しそうだ。では、さっそく」
と、ニコニコ笑顔でレア・チーズケーキに手を伸ばしてくださるおぼっちゃま。
ですが、その時。
中庭に、この時間に一番聞きたくない声が響いたのでございます。
「ほう、これはまたずいぶんと楽しそうではないか。王となっても食ってばかりという噂は、どうやら本当のようだ」
そう、それはオーギュステ公の声でした。
護衛の兵士やお付きを引き連れたオーギュステ公が、ずかずかと、聖なるおやつタイムに入り込んできたのです!
「……オーギュステ様! 困ります、今はおぼっちゃま……ウィリアム王のプライベートなお時間。あくまで臣下の身でありながら、それを乱すなど……!」
眉を吊り上げたメイド長が、静かながらも怒りのこもった声を投げかけます。
もちろん私たちメイドだって、それにならって敵意をあらわに。
おやつタイムは、おぼっちゃまの聖域。それを踏み荒らされてたまるものですか!
「ふん、うるさいわ、メイドめ。貴様らの意見など聞いてはおらぬ、黙っておれ。……なあ、別に構わんであろう、ウィリアム。従弟どうしなのだから」
「……」
おやつタイムを邪魔されたおぼっちゃまは、とても不機嫌そうでしたが、それでもオーギュステ公を追い払おうとはしませんでした。
おぼっちゃまがとがめないのをいいことに、勝手にこちらへとやってくるオーギュステ公。
そして、テーブルの上のレア・チーズケーキを見て、ふん、と鼻をならします。
「ほう、変わったものを食べておるな。王宮では珍品ブームと聞いていたが、たしかに妙なものを食っておる。だが、どれ」
「あっ!」
おぼっちゃまと私が、思わず怒りの声を上げました。
それもそのはず、オーギュステ公……いえ、もうさすがに敬称はいいでしょう。
オーギュステの馬鹿は、あろうことか、勝手にレア・チーズケーキを手づかみで取ると、おぼっちゃまより先に手をつけてしまったのです!
「どうせ、こんなもの。見た目だけ変わっていて、中身はともなわないに決まってお……」
馬鹿にしたようにそう言い、がぶりとレア・チーズケーキを口にするオーギュステ。
ですが、そこでぴたりとその動きが止まり。
そして、心底驚いたように目を見開くと、レア・チーズケーキを見つめたまま、震える声で言ったのでした。
「えっ……。なんだこれ。うっま……。え、嘘、すげえ美味い……。え、おまえ、いつもこんな凄いもの食べてるの……? え、嘘だろ……うっま……!」
……どうしましょう。
最大の敵が、登場するやいなや、その日のうちに自分で勝手に格を下げてきました。




