バカが馬車でやってきた1
おぼっちゃまの誕生会も終わり、本格的に夏を迎えたある日。
王宮は、大きな混乱に包まれていました。
それもそのはず、なんと、おぼっちゃまの政敵であるオーギュステなる人物が、ついに王宮へと乗り込んでくるというのです!
「王宮に部屋を用意して、住むつもりらしいぞ」
「よくもやるものだ、宣戦布告というわけか」
廊下を歩いていると、そんなささやき声も漏れ聞こえてきます。
いよいよ準備万端、ついにおぼっちゃまから王宮と王位を奪い取ろうという魂胆のよう。
おぼっちゃまに仕える私たちにとってはとんでもない話ですが、しかし相手は王族に連なるもの。
出迎えないわけにはいきません。
「なんで、敵だとわかっていて歓迎しなくちゃいけないのかしら……」
「おぼっちゃまも、王様なのだから強く出て追い払われたらよろしいのに」
「それじゃ駄目ってことでしょ。おぼっちゃまは、正々堂々と勝負するおつもりなのよ」
「ちょっと、あなたたち。噂話なんてしちゃ駄目よ! おぼっちゃまに申し訳ないと思わないの!?」
なんて、メイドのみんなも落ち着かない様子。
もちろん私も心はそわそわしっぱなしですが、メイド頭という立場上、それを表に出すわけにもいきません。
(大丈夫、今日までしっかり準備してきたんだもの。おぼっちゃまは、負けたりしないわ)
そう自分に言い聞かせ、大きく深呼吸をすると、私は全員に号令をかけました。
「さあ、お出迎えに行くわよ! おぼっちゃまにお仕えする王宮のメイドは、どんな時でも平常心。それを示すのよ!」
「はい、メイド頭!」
全員がぴたりと声をそろえて応え、私たちは一糸乱れぬ動きで王宮の入口へと向かいます。
そう、いついかなる時も、どのような相手でも、私たちは最高のおもてなしを行う。
それが、メイドというものなのです。
「まもなく、オーギュステ公の馬車が参ります!」
兵士の方が慌てた様子で駆けこんできて、私たちメイドと執事さんたちはずらりと整列し、お出迎えの態勢を取りました。
オーギュステなる人物、噂はよく聞きましたが、実際に目にするのは初めてです。
さて、どのような人物がやってくるのか。
ゴクリ、とつばを飲み込みます。
ですが、ガラガラと音を立ててやってくる馬車を見たとたん……私は、がくり、と肩を落としてしまいました。
なぜならば。やってきた馬車は、テカテカと金色に塗られ、変なデザインの彫刻もゴテゴテついていて、羽みたいな模様もついていて、なんていうか……なんていうか。
そう。とっっても、センスが無かったのでございます!
(かっこわるっ!?)
表情は動かさないまま、心の中で叫んでしまう私。
恋人があれに乗ってやってきたら、千年の恋も覚めてしまいそうなほどです。
さっそく平常心をぶち壊され、呆気にとられる私たち。
その目の前で、白馬に引かれた不格好な馬車はゆっくりと止まり、やがて中から、なんとも頼りなさそうな人物が出てきました。
「──ふん、しもべども、出迎えご苦労。今日は特別に、俺様を歓迎することを許してやろう。さあ、偉大なるオーギュステが王宮を訪れた今日という日を祝い、大いに称えるがいい!」
出てくるやいなや、馬車から私たちを見下ろし、そんなことを言う彼。
体はひょろりと細く、武器の一つも持てそうにない上に、そのタレ目からはまるで知性が感じられません。
そして髪は金髪のくせっ毛で、それは、なんというか。
(……金色のワカメみたい……)
そう、わさわさとしたその髪を見ていると、どうしてもそんなことを連想してしまいます。
……いえ、全体としては整った顔立ちをしているんだと思います。
こういう外見が好きな女性もいることでしょう。
ですがどうにも、前世の世界だと、ジャージを着てコンビニ前にたむろしてそうで、とても王族としての気品など感じません。
三流のチンピラ、もしくは親に甘やかされて育った半端なぼっちゃん。
それが、オーギュステ公に対する、私の素直な感想でした。
「さあ、道を作れしもべどもよ! 音楽と花で、我が先行きを華々しく飾り立てるがいい!」
両手を上げて彼が言うと、先に到着していたらしい楽団がやってきて、派手に演奏を始め、さらにお付きの女性たちが一斉に花びらをまき散らし始めました。
あっという間に、彼を中心とした異様な世界に巻き込まれた私たち。
それを呆然と見ながら、私は心の中でこうつぶやいたのです。
(なにこれ)




