誕生会と暗躍と激映えスイーツ10
「おぼっちゃま、お待たせいたしました! さあ、どうぞお召し上がりください!」
誕生会の会場を見下ろせる、二階のテラス。
そこに、会場にあるものと同じ色とりどりの料理を並べて、私は笑顔で言いました。
挨拶ばかりで大変だったおぼっちゃま。
さぞかしお腹が空いてらっしゃるでしょう、と、思ったのですが。
しかし、予想外にもおぼっちゃまはすぐに料理に手は付けず、じっと会場を見下ろしています。
どうかなさいましたか、と私が尋ねると、おぼっちゃまはわずかに口を曲げて、こんなことをおっしゃいました。
「……余も、あのチョコが流れてるやつや、あの謎の雲みたいなやつを食べたかった」
「……」
それは、チョコレート・フォンデュ・タワーや、わたあめのことでしょう。
今もそれらは大人気で、大勢の皆様、とくにおぼっちゃまと同世代のお子様たちが大盛り上がりしているところでした。
ですが、おぼっちゃまが動くと大勢が付いて回るため、ゆっくりと味わえないでしょうし。
それに。あまり言いたくはないことですが……人が多い会場では、万が一がございます。
警備の事も考えて、食事は別室でゆっくり取っていただきたい。
そう、ローレンス様から言われているのでした。
いちおう、チョコフォンデュができるよう、チョコレートソースとフルーツはテーブルに並べていますが……そういう問題ではないですよね。
お祭りの会場で、自由気ままに好きなものを選んで食べる。
それが、一番楽しくて美味しい食べ方なんですもの。
自分の誕生日に用意されたものを、当人が自由に食べられない。
それは、とても悲しいことなのです。
王様なのに、自分の誕生会で一番不自由なのがおぼっちゃまだなんて。
そう、思ったのですが。
やがておぼっちゃまは、にっこりと笑顔を浮かべて、こうおっしゃってくださったのでした。
「だが……よい。皆が、笑顔だから。皆が、幸せそうに余を祝ってくれている。それならば、余はいくらでも我慢をしよう」
「おぼっちゃま……」
そう、その通りです。
みんなが祝ってくれている。
それは、この会場の人々だけではありません。
街では、市民の皆様も酒を呑みかわし、若くて偉大な王様の誕生日を祝ってくれていることでしょう。
おぼっちゃまの、民を思う偉大な治世を褒めたたえながら。
それは、とっても素晴らしいことなのです。
そして、私の手をそっと取ると、おぼっちゃまは優しい顔でおっしゃってくださいました。
「それに。今日という日に、料理で皆を幸せにする、余の大切な人を独り占めしているのだからな。それだけで、十分すぎる」
「おぼっちゃま……」
おぼっちゃまが、私を、大切な人と呼んでくださった。
それだけでなんだか胸がいっぱいで、私は思わず泣きそうになってしまいました。
こちらこそ、一緒にお祝いできて幸せですわ。
なんて考えていると、そこでおぼっちゃまは急に照れくさそうに顔を赤くし。
慌ててナイフとフォークを手に取ると、ごまかすようにおっしゃったのでした。
「さあ、食べるぞ! シャーリィよ、今日のおすすめはなんだ!」
「……はい、おぼっちゃま! こちら、特製海鮮お好み焼きに、豪快スペアリブ、ぷりぷり食感の豚の角煮に、グリーン・トマト・フライを挟んだハンバーガーにございます! どれも、最高に美味しゅうございますよ!」
特製のソースをこれでもかとたっぷり絡ませ、オーブンでじっくりと火を通した絶品スペアリブに、てかてかに輝く、美味しさの爆弾のような豚の角煮。
それに、薄くスライスしてパン粉で揚げた、サクサク食感のグリーン・トマトを挟んだ、極厚ビーフのハンバーガー。
どれもこれも今日の日のために用意した、主役を張れる料理ばかり。
もちろん食後には、最高の誕生日ケーキを用意しています。
それを豪快に、楽しそうに食べていくおぼっちゃまを見ながら、私はそっとつぶやいたのでした。
「……おぼっちゃま。お誕生日、おめでとうございます」
◆ ◆ ◆
「──諸君。ついに、我が王宮に乗り込む時が来た!」
エルドリアの王都から数キロ離れた、大きな都市。
その一等地に立つ、白亜の邸宅。
そこで、金色の髪をした男が、そう声を張り上げました。
「王の座に座らされた、哀れな従弟を重荷から解放してやる時が来たのだ。王になるべきは、この世にただ一人。それは誰か!」
芝居がかった、尊大な物言いの男。
すると、その周囲にいる者たちは、床に足をつき、口々に言いました。
「もちろん、我らが主、オーギュステ様にございます!」
「オーギュステ様こそ、真の王! それを知らぬ者など、この国にはおりませぬ!」
「もっとも偉大に生まれたあなた様が、もっとも偉大な王になる。それこそが、正しい世の成り立ちでございます!」
自身を敬い、褒めたたえる部下たちの声。
それに、オーギュステと呼ばれた男は軽薄な笑みを浮かべました。
自分が肯定されることが、当り前だとでもいうように。
「準備は整った。後は、王宮で格の違いを見せつけてやるだけだ。……フン。貴様にも、存分に働いてもらうぞ。のう、魔女よ」
そう言う彼の視線の先には、深々と頭を下げている、赤い髪の女がいました。
長い赤髪を三つ編みにした、コック服の女。
彼女は、にやりと微笑むと、自信ありげにこう応えたのでした。
「はい、閣下。どうぞ、お任せくださいませ。王宮の皆様の舌を、必ず虜にして見せますわ。そう、この私……『台所の魔女』の料理で」




