誕生会と暗躍と激映えスイーツ9
映え。
それは、女たちの戦争、ルール無き格闘技!
激レア、ゴージャス、可愛い、綺麗。
ありとあらゆる“特別”を一枚の写真に切り取り、それを自分は手にしたぞ、と世界中に見せびらかす、大いなる戦い。
それが映えなのでございます!
前世の世界ではその主戦場はインターネット、そして武器はカメラ機能でしたが、どちらもこの世界には存在せず。
ですが、問題ありません。
写真がないのならば、絵に描けばいいだけなのです!
「うそ、宮廷魔女様が描いてくださるの!? わっ、私たちもいいですわよねっ!?」
「あっ、あの方たちだけなんて汚いですわよっ! 私たちも同列に扱ってもらわなければ!」
なんて、事態に気づいたご令嬢の皆様が詰めかけて、会場は大騒ぎ。
ですが、それにジョシュアは涼しげな顔で応えました。
「ええ、もちろんですとも! ですがこのとおり、ボクは身一つでございます。ですからどうか、順番をお待ちください。その間は、素晴らしきメイドたちが作ったお菓子をぜひ。ボクのお勧めは、こちら、きのこの山でございます。ええ、これがもう、美味しいのなんの!」
なんて、芝居がかった言い回しでお菓子を薦め、荒れそうな状況を乗りこなすジョシュア。
ご令嬢の皆様も、自分も描いてもらえると知って安堵し、ニコニコ顔。
穏やかにポッキーやマカロン、チョコラングドシャなど、色とりどりのお菓子を手に取ってくださいました。
そして、その間にも、素早く手を動かし彼女たちの絵を量産するジョシュア!
さすがとしか言い様がありません。
(でも、ジョシュアは空を飛ぶなんて大仕事を終えた後なのに、働かせすぎかしら)
なんて、ちょっと心配になる私。
絵の清書は、後で雇った画家の皆さんがやってくれる予定ですが、それでも大変なはず。
そう思っていると、そこでジョシュアと目が合い、彼女は『大丈夫。任せておけ』とばかりに微笑んでくれました。
どうやら、私が変に心配する必要はないようでございます。
そして、そこで白いおひげの執事さんがやってきて、そっと私に耳打ちしました。
「失礼。シャーリィ殿。そろそろ、ウィリアム様のお腹が限界ですゆえ、別室にお食事の用意をお願いいたします」
言われて見てみると、大勢に取り囲まれているおぼっちゃまは笑顔を浮かべていますが、どこかそれはひきつっているご様子。
まあ、それはそうでしょう。
ご自身の誕生会なのに、挨拶ばかりで自由に食べられず、周りは楽しそう。
そんなの、食いしん坊にとっては拷問に等しいですから!
「かしこまりました。すぐに美味しいものをご用意して、お部屋にお持ちしますわ!」
ああ、何度やっても、おぼっちゃまにお食事を用意するのは楽しゅうございます。
気合いを入れ直し、私は大盛り上がりの誕生会を抜け出して、メイドキッチンへと向かったのでした。
◆ ◆ ◆
さて、そうしてシャーリィが忙しく動き出したころ。
同じタイミングで、反ウィリアム派の貴族たちも動き出していました。
「おのれ、まさか足場を崩しても飛んでみせるとは。というか、あんなものが本当に飛ぶとは思わなんだぞ!」
「まったくだ、とんでもないものを見てしまった。人間は、飛んだりしてはいかんのだ。あのような邪悪な魔女は、本当の王が誕生した暁には、処刑していただかねば」
誰にも聞こえないよう、ささやきあう二人の貴族。
そして、憎々しげに、盛り上がっている誕生会の会場をにらみつけます。
「阿呆どもめ、はしゃぎおって。あのような小僧に愛想を振りまいて、貴族としてのプライドはないのか」
「なに、今だけだ。すぐに笑っていられなくなる。こいつのおかげでな」
そう言って、貴族の一人がポケットから小瓶を取り出します。
その中には、なにやら透明な液体が詰まっていました。
「特別に用意した、強力な下剤だ。無色だから、証拠も残らん。そうなれば、食い物に問題があったという話になる」
「そうなれば、このくだらん集まりも台無しだ。あのような小僧を祭り上げる馬鹿どもめ、天罰を食らうがいい!」
邪悪な笑みを浮かべた二人はそのまま別れると、下剤を忍ばせて、そっと料理の側に忍び寄ります。
そして、男の一人がそこに下剤を流し込もうとした、その瞬間。
ばしっ、と、その腕が何者かに掴まれました。
「なっ……」
驚いて振り返る男。
すると、そこには……騎士団長のローレンスが、笑顔で立っていたのでした。
「失礼。なにをなさっておいでですか?」
「えっ、いっ、いや、これはっ……」
まずいとばかりに、とっさに男は下剤入りの瓶を隠そうとしましたが、しかしそれより早くローレンスの手が、さっとそれを奪い取ってしまいました。
慌てて見回すと、もう一人の男も別の騎士に捕まって、青い顔をしています。
「不審な動きをなさっていたので、見張っていて正解でした。さて、こちら、皆様が召し上がるものに、なにを混ぜようとしていたのか。ぜひ、別の場所であなたの口から聞きたいものです」
「きっ、貴様、私は貴族だぞ! こっ、このようなことをしていいと思って……」
「もちろん、よいのです。我が王から、不審物を持ち込んだ者は、位の分け隔てなく捕らえるよう、きつく申し付けられておりますので」
男は強弁で逃れようとしましたが、ローレンスには通用しません。
そのまま、騒ぎにならないよう静かに男を引きずっていきながら、ローレンスはささやきました。
「先ほどの不可解な足場の崩落も、調べたところ、そもそもの作りに問題があったことがわかりました。なのでさきほど、建築の責任者を捕らえたところです。さて、締め上げれば誰の名前が出てくるやら。そのあたりも、じっくりと調べさせていただきますよ。じっくりとね」
「ひっ、ひいっ……!」
絶望の悲鳴を上げる、貴族の男。
その手をがっちりと締め上げて、決して逃がさぬよう連行しながら、ローレンスは部下に指示を出します。
「まだ、なにかを企んでいる者がいるかもしれぬ。いっそう注意して見張るように」
「はっ!」
まったく、足場の警備はしっかりしていたのに、まさかそもそもの作りに細工を入れてくるとは。
まんまとしてやられたが、これ以上、王の誕生会をどうにかしようなどと許せたものではない。
ましてや、シャーリィたちの作った素晴らしい料理に悪事を働こうなどと!
これより先、彼女たちの晴れ舞台は、必ず自分が守ってみせる。
シャーリィがまるで気づかないうちに悪党を排除しながら、ローレンスはそう決意を新たにしたのでした。




