誕生会と暗躍と激映えスイーツ5
滑走路に取り付けられたハシゴを上っていくジョシュアを見ながら、祈るように思う私。
万が一、十メートル以上はあるあの高さから飛行機ごと落ちたら、下が池でも、万が一があります。
どうか、無事に戻ってきて。
そう願う私の前で、飛行機の操縦席に乗り込むジョシュア。
その構造は簡単、ペダルを漕いでプロペラを回し、推進力を得る仕組みです。
滑走路はわずかな斜面になっていて、人に押し出してもらってそれを下り、後は翼で風をつかんで飛び出す。
言うのは簡単ですが、それをするための強度計算や構造設計は、とんでもない数学の世界です!
さらに、プロペラを回すためには力強くペダルを漕ぐ脚力も必要。
なのでこの日のために、あの出不精のジョシュアが、毎日毎日トレーニングを行ってきたのでした。
また、重量の問題もあるので搭乗者、つまりジョシュアの体重は軽いほうが望ましく。
私は、彼女のために糖質を制限しつつも栄養のある食事を考え、毎日毎日その後押しを続けてきたのでした。
「栄養学か、これもまた興味深い学問だ。タンパク質に、ビタミン、ね。今の世界ではとても考えつかない要素だ、ああ、素晴らしい!」
なんて、興奮した様子で話していたジョシュア。
特にビタミンは不足すると壊血病という恐ろしい病気にかかってしまい、船乗りはこれでよく死んでいたそうにございます。
なお、それを防ぎ、また保存しやすい食料としてはじゃがいもが最適で、これが船乗りを救ったそうですが……今は関係のない話。
そうこうしてる間にいよいよ離陸の時が来たようですが、そこで私はふと、あることに気が付きました。
(あれ……滑走路、ずいぶんと揺れてない?)
高く組み上げられた滑走路。それが、大して風も吹いていないのに、ゆらゆらと揺れているのでございます。
上に載っているのは、飛行機とジョシュア、そして数人の助手さんだけ。
見た目は頑丈そうなのに、なんだか頼りない。
あれ、これ大丈夫なのかな……止めたほうがいいんじゃ。
そう、思ったのですが。ですが、私が行動に移る前に、司会の方が叫びます。
「いよいよ飛ぶそうです! どうぞ、世紀の瞬間をご覧ください!」
それと同時に、助手さんたちがジョシュアの乗った飛行機を押し出します。
緩やかな斜面を、取り付けられたタイヤでゆっくりと下っていく飛行機。
ジョシュアがペダルを漕ぎだし、勢いよくプロペラを回していきます。
ですが……ですが。
同時に、滑走路がぐらぐらと大きく揺れだし。
そして、なんとバキバキと、前面部の支えが崩れだしたではありませんか!
「おい、まずいぞ! 崩れる!」
どなたかが叫んでいるのが聞こえます。
組んだ木材どうしがはずれ、崩壊していく滑走路。
そして、そこに突っ込んでいく飛行機!
駄目、これじゃジョシュアが池じゃなくて地面に墜落しちゃう!
そう、思った瞬間。
しかし──ジョシュアを乗せた飛行機は、崩れる滑走路も、何もかもを置き去りにするようにして。
翼をはためかせ、勢いよく空へと飛び立ったのです!
「おおー……!!」
度肝を抜かれたような歓声があがります。
今見ているものが信じられない、と言わんばかりの観客の皆様。
ジョシュアの乗った飛行機は、翼で完全に風をとらえ、プロペラの力で前進を続け。
何メートル過ぎても安定して飛行を続け、ゆっくりとした落下ではなく、明確に空を飛んで見せたのでした。
「飛んだっ……ジョシュアが、飛んだ!」
感激の声を上げる私。
操縦席の中のジョシュアは、ちらりと後ろを振り返り、滑走路に残った助手たちが無事なのを確認すると、前を向いてまっすぐに飛び始めました。
「凄い、飛んでおる、本当に飛んでおるぞ! わしは夢でも見ているのか!?」
「鳥みたい、凄い、凄い! 人間って、飛べるんだ……!」
「いいぞ、塔の魔女! いや、鳥の魔女だ! 鳥の魔女が、飛びおった!」
貴族の皆様がまるで子供のように大騒ぎし、ジョシュアの偉業を褒めたたえます。
ですが地上の騒ぎなど意に介さない様子で、飛行機はゆったりと、嬉しそうに池の上を飛んでいきました。
「おめでとう、ジョシュア、おめでとう……!」
自分の事のように嬉しくて、つい涙をこぼしてしまう私。
ついに。ついに、ジョシュアは夢を叶えたんだ……!
(後は、ゆっくり池に着水するだけね。後は……)
ですが、そこでふと私は気づいてしまいました。
……ジョシュア、あなたどこまで飛ぶつもり?
池の幅は、それほど広くない。なのに、ジョシュアの飛行機は調子が良すぎて全然下降しません。
飛行機は、池に落ちることを考えて設計していて、地上に降りるのは想定していない。
それどころか、進みすぎるとその先には城壁がそそり立っております。
「まっ、まずいっ……飛びすぎだわ、ジョシュア! 漕ぐのをやめて、漕ぐのを! 進みすぎよ!」
池のほとりを駆けながら、必死に叫ぶ私。
ですが地上でいくら叫ぼうが、上空のジョシュアに聞こえるわけがなし。
ああっ、ついにそこから飛び出してしまう、と私が青い顔をした瞬間。
そこでジョシュアが、予想外の行動に出ました。
なんと、飛行機を傾け、旋回を始めたのです!
「おい、なにをしてるんだれは……? まさか、戻ってくるつもりか?」
ざわざわと騒ぎ出す観客席。
ですが、私はそれどころではなく必死に叫びます。
「馬鹿、ジョシュアッ! 旋回に耐えられる強度じゃないって何回も言ったじゃないっ!」
そして、そんな私の目の前で。
飛行機の翼は……音を立てて、へし折れたのでした。
「折れた! 落ちるぞ!」
徹底的に軽量化した翼は、両方で均等に風をとらえて、ようやく安定を保てる仕組み。
ですが、旋回のために傾けば、片方の翼にだけ負担がかかり、こうなるのは明白です。
片翼を失った飛行機は、ぐんぐんと高度を落として池に墜落していきます。
ですが、その時。
操縦席から、ばっ、と勢いよくジョシュアが飛び出し。
そして、背負っていたパラシュートを、勢いよく広げたのでした。
「良かった! ちゃんと動いた……!」
そう、パラシュート。
万が一を考えて、私が概念を伝えた品でございます。
紐を引けば中身が勢いよく飛び出て、布が広がり浮力を得られる仕組み。
空中に、丸みを帯びた大きな布の傘が、鮮やかに広がります。
ジョシュア特製のそれは、水面と衝突する衝撃を大きく和らげてくれる……はず、だったのですが。
いかんせん、水面との距離が近すぎました。
パラシュートは、それほど大きな効果をあげることもなく。
ジョシュアの体は、水柱を上げ、結構な勢いで池へと飛び込んだのでした。




