誕生会と暗躍と激映えスイーツ4
「ようこそ、いらっしゃいませ! どうぞ、お席までご案内させていただきますわ!」
王宮の入り口に、お客様たちを出迎えるメイドの元気な声が響きました。
いよいよ、本日はおぼっちゃまの誕生日。
それを祝うべく早朝からひっきりなしに貴族様の馬車がやってきて、私たちメイドは案内やおもてなしで大忙しにございます。
「ひえ~、ものすごい数! この国って、こんなに貴族様がいらっしゃったのね……!」
と、悲鳴を上げるアン。
まあ、事前に出席は確認を取っているのでわかってはいたのですが。
それでも、いざ実際に出迎えるとものすごい数にございます。
貫禄ある貴族様に、豪華に着飾った貴婦人、そしてこれでもかと服や髪を豪華に飾り立てている御令嬢。
さらにやんちゃざかりのお子様たちも連れ立ってきていて、完全にお祭り騒ぎにございます。
(どなたも、目もくらむような豪華さだわ……。何人かつまみ上げて身ぐるみをはぐだけで、豪邸が立ちそう!)
なにしろ、貴族様にとってこの場は、自分の格を見せつけるための会場ですから。
随分な気合いの入りようでございます。
そして、そんな皆様に万が一の粗相があってはならぬと、必死に動き回る私たち。
それは警備担当の皆様も同じで、いらっしゃる方の身元をいちいち確認し、不審者の侵入を防ごうと必死でございます。
「気を抜かず、厳重に警備せよ! 死角を作らず、くまなく見張るのだ。よいな!」
と声をかけながら、忙しそうにあちこちを動き回っているのは、騎士団長のローレンス様。
なにしろ大勢が一気に押し寄せるものですから、気が気ではないでしょう。
今回はおぼっちゃまが王に即位なされた最初の誕生会ということで、遠方にお住いの、聞いたことがないような貴族様も大勢いらっしゃっています。
もちろんおぼっちゃまに忠誠を示すためですが、気分的に物見遊山な方も多く。
フラフラと王宮を散歩し始めたりするので、面倒なことこの上ありません。
とはいえ、相手は貴族様なのでへりくだってご案内せねばならず、心労は山のようでございましょう。
疲れた顔をしてらっしゃったので、私は折を見てローレンス様に飲み物をお出ししました。
「お疲れ様でございます、ローレンス様。よろしければ、こちらを。冷えておりますわ」
「おお、すまない。助かるよ、シャーリィ」
そう言って、私の差し出したコップを取って、透明な液体に口をつけるローレンス様。
すると、すぐにそのお顔が驚きの色を浮かべました。
「甘い……。水ではないのか、これは」
嬉しさを隠しながらも、小声で問いかけてくるローレンス様。
なので、私はそっと笑顔で答えました。
「こちら、桃の天然水にございます。これなら、水を飲んでいるようにしか見えませんわ」
桃の天然水。
前世で私が大好きだったドリンクの一つ。
作り方は簡単、桃やレモンを水に浸し、少量の砂糖で味付けするだけ。
さわやかな甘みが味わえる、素敵なドリンクでございます。
「なんとも、元気が出る味わいだ……。ありがとう、シャーリィ」
私の目をじっと見ながら、そう言ってくださるローレンス様。
いえいえこちらこそ、と私が答えると、そこでふとローレンス様が真面目な顔をなさいました。
「シャーリィ。どうも、今日は不穏な気配がある。気を付けて欲しい」
「不穏、でございますか?」
「ああ。相手が妨害を仕掛けてくるのなら、ここだろう。我らが王の地盤を揺るがすのに、格好の舞台だからな」
我らもできるかぎりのことはするが、これほど人がいては万全とはいかないかもしれぬ。
だから、そちらも目を光らせておいてくれ、とおっしゃるローレンス様。
私は真面目な顔でうなずいて、気をつけますわ、と応えました。
さて、誕生会が無事に終わるといいのですが……。
◆ ◆ ◆
「皆様、どうもお待たせいたしました! いよいよ、宮廷魔女の手による奇跡の発明をお披露目いたします!」
王宮の庭の、池のほとり。
そこで司会の方がそう声を張り上げると、わっと歓声が上がりました。
それは、特設会場につめかけた貴族の皆様たちのものでございます。
この日のために作られた観客席に座る皆様は、一様にワクワクした顔をしていて、そしてその手にはお酒が。
さらに、テーブルにはおつまみ。ええ、もう完全に見世物扱いにございます。
(いい気なものだわ。こっちは、気が気じゃないのに!)
なんて、忙しくお世話に動きながらも、そわそわしっぱなしの私。
ああ、もう少しでジョシュアが、飛行機で高台から飛び出してしまう。
もちろん何度も試験飛行を行い、飛べる構造をしていて、強度も十分と確認はしました。
だけど、高いところから飛ぶのは初めてのこと。
もしも、これだけ大勢の前で失敗したら。
いやいや、失敗するだけなら構いません。それよりも、ジョシュアに万が一のことがあったら……!
ああ、不安で不安で仕方がない。
本当は無理にでも止めたい、でもジョシュアの夢を邪魔はしたくない。
どうか何事もなく成功して、と祈るばかりです。
やがて演奏団が美しい曲を奏でだし、それとともに、ぴっちりとした一体型のパイロットスーツを身に着けたジョシュアが、観衆の前に姿を現わしました。
「皆様、本日はようこそおいでくださいました! 私は、創造の魔女の名を頂いている者、ジョシュアと申します。我が偉大なる王の晴れやかなる誕生日に、一輪の花を添えるべく、発明の品を披露させていただきたく存じます!」
芝居がかった調子でおぼっちゃまと観衆に一礼し、張りのある声でそう告げるジョシュア。
そのまま、高い滑走路の上に載った、トンボを思わせる巨大な翼を持つ飛行機を指さしました。
「これなるは、ヒコウキと申す空を飛ぶための機械! あの両の翼で風をとらえ、人を大空へといざなう奇跡の品にございます!」
それに、会場内からざわめきが起こりました。
「なんと、あんなものが本当に飛ぶのか? 信じられん!」
「鳥や昆虫のような構造をしておるが、なんとも脆そうな。本当に人を支えられるのか?」
「前についておる、あれはなんだ。それに、中に見える変な装置は何だ? あんなもので空を飛ぼうなど、まるで理解できんぞ!」
口々に、無理ではないかと騒ぐ皆様。
それはそうでしょう、飛行機は最大まで軽量化しているので、なんとも頼りなく見えますから。
それに、前面についたプロペラや中に見える自転車など、皆様には意味すら理解できないものでございます。
パッと見、馬鹿げた代物に見えるのは致し方ありません。
(私だって、前世の知識がなければこんなもの飛ぶとは思わないもんね……)
口上を終え、自分の部下たちと最後の会話を交えているジョシュアを見ながら、そんなことを考えます。
以前は何でも一人でやっていたジョシュア。
ですが、本気で飛行機を作るのならば自力だけでは一生終わらないと判断し、優秀な設計士などを雇い入れ、飛行機製造チームを結成していたのでした。
以前は完全なるコミュ障だったのに、人に頼ることを覚えたジョシュア。
その顔はキラキラと輝いていて、以前よりもずっと素敵に見えます。
やっぱりかっこいいなあ、なんて思っていると、そこでふと目が合い。
そして、ジョシュアは「行ってくるよ」と言わんばかりに、笑顔を向けてくれました。
(大丈夫、ジョシュアのことだもの。当り前みたいに成功して、元気に戻ってくるわ)




