赤くて美味しい素敵なあいつ4
「うわあ、凄い、奥はこうなってたんだ!」
お仕事の時間なアンと別れ、アガタに案内されて今度こそ堂々と農園を歩きながら、私が声を上げます。
そこは種類ごとに細かく区切られていて、今世ではまだお目にかかったことのなかったものたちがズラリ!
「流れてきた珍しい食べ物の種は、とりあえず私の所に持ってこられるのよねー。なにかに使えるかもしれないから、とりあえず育てろって。見たこともないやつを何十と育てるこっちの身にもなって欲しいわよ」
と、愚痴をこぼすアガタですが、その顔はどことなく嬉しそうです。
たっぷりと土に汚れたアガタの顔と手。彼女は、この農園をやっているのが楽しいのでしょう。
私が、料理をするのが大好きなように。
「でも、産地が違うものまで混ざり合ってない? どうやってるの」
「あら、そういうことわかるの。あんたやるわねえ」
私が尋ねると、アガタはニッコリと微笑んでしゃがみ込み、地面の土を指差しました。
「さっき言ったでしょ、私は土を操作できるって。このあたり、触ってみなさいな」
「はいはい、どれどれ」
促されるまま、しゃがみこんで土に手のひらで触れてみる私。
すると、衝撃的なことがわかりました。
「なにこれ!? 土が、すごく温かい!」
そう、今日はそれほど日差しの強い日でもないのに、土がポカポカに温まっているのです。
まるで、上でさっきまで焚き火でもしていたように。
驚く私に、アガタが自慢げな顔で言いました。
「そう、これが私の能力。土を混ぜ合わせたりして、それぞれの場所で土の温度を調整できるの。場所によって暖かくも冷たくもできる。だから、色んな場所の植物が育てられるわけ」
はー、なんとこれは驚きました。
その作物に合わせて土の温度を変え、最適な環境にしていたとは。
目を向けると、農園の中には全面ガラス張りの温室も建てられています。
おそらく、あの中でカカオなど暖かい地域でしか育たない木々に冬を越させているのでしょう。
すごい。ここだけ農業レベルが現代か、それ以上を記録している……!
「ほら、これ、海を渡って遥か彼方から来た野菜。なかなか芽を出さなくて苦労したわ。こっちの木は、先代の魔女から引き継いだやつ。私が引退する時も、うまいこと畑の魔女がいるといいんだけどねえ」
などと続けて自慢の農園を案内してくれるアガタ。
そのお話はとても面白いんですが、私は農園を見て回りながら、思わず呟いてしまいました。
「やっぱり、ないか……」
そう、私の目当てのアレは、ここにも見当たりませんでした。
アレとは、アレです。そう、アレ。日本人が異世界に転生したのなら、きっと食べたくてしょうがなくなるであろうアレ。
白くて、甘くて、あるのが当たり前な主食のアレ……。
そう、みんな大好き、お米です。
前の世界では、アジア全域で栽培されていたはずのお米。
そちらから流れてきたのではないかと思われる食物はたくさんあるのですが、しかしお米はいくら探せど見当たらず。
父にも、もしこういう食材が入ったら教えて欲しい、とずっと言っていたのですが、いまだに手に入らず。
この農園ならもしかして……と思ったのですが、あてが外れました。
ああ、我慢できない。お米をたっぷりと炊いて、おかずと一緒にぱくつきたい!
オムライスやカレーも食べたい!
それに、なにより、御飯と味噌汁に焼き魚の和食な朝食を味わいたい!
その夢が叶うなら、私は悪魔に魂だって捧げるのに!
……嘘です。さすがにそこまでは無理です。まあでも、魂の端っこぐらいならちょん切って差し出すかもしれませんが。
などと馬鹿なことを考えていてもしょうがありません。
他の何かを使っておやつを考えよう、と改めて農園を見て回った結果。
私は、それの存在に気づいたのでした。
「うそっ、これって……!」
農園の隅にそれを見つけて、思わず駆け寄ってしまいました。
パンパンに実が張った、赤いそいつ。
ずっしりとつるから垂れ下がっているそいつの名は……。
「うわあ、すごい、トマトだ!」
トマト。これも、私が探していた食材の一つです。
街の市場ではとんと見かけず、もしかしてこの世界には存在しないのかと思っていたのですが……こんなところで、出会えるとは!
「うわあ、我慢できない! ねえアガタ、これ、食べていい!?」
「え、別にいいけど……」
私が言うと、アガタが困惑した顔で答えました。
ですがそれを気にする余裕もなく、私は「いい」の部分だけに反応して、トマトをむしり取り、服の裾で拭いてからがぶりと噛みついたのでした。
「ん~……おいしいいいー!」
口の中に、瑞々しいトマトの酸味が溢れてきて思わず声を上げます。
なんて素敵な味わい!
前世ぶりのトマトは、とてつもない感動とともに私を迎えてくれたのでした。
「うわー、お塩かけて食べたーい! 最高!」
そのままむしゃむしゃとトマトを食べきってしまう私。
それを呆然と見ていたアガタが、やがて呆れた様子で言います。
「あんた……それを、よく平気で食べられるわね。毒がありそうな見た目をしてるからって、誰も口にしたがらないのに」
「えっ」
そう言われて、はっと気づきました。
真っ赤でパンパンに膨らんだトマト。
何も知らずに見ると、そのお姿は、まさにザ・毒の果実。
そのせいで、前世のヨーロッパでは、長らく存在は知られていたのに食べられなかったと聞いたことがあります。
私だって、何も知らず森を歩いていてトマトを見つけたら、まず食べません。
だって、食べたら絶対死ぬじゃないですか。こんな赤いの。
それを、私は間抜けにも大喜びで食べてしまったのです。
ああ、私は何回同じミスを犯すのでしょうか。
すべては私の食いしん坊なお腹とおつむのせいなのです。ああ、悪い子、悪い子!
「……わ、私の父が、商人なので……」
「ああ、だから食べたことがあったのね。なるほどね」
と、咄嗟に伝家の宝刀を振るうと、アガタはあっさりと納得してくれました。
うーん、お父さん、便利!
しかし、同じ赤いイチゴは食べられているのに、トマトは駄目とは奇妙な話です。
確かにトマトのそれは毒々しさを感じますけれども。
イチゴだって、知らずに森に生っているの見たらやばそうじゃないですか?
いや、まあ。それはともかく。
「これで、おやつに出す品は決まったわね」
赤いトマトを見つめながら、ニヤリと笑う私。
トマトがあれば百人力です。
この出会いがあっただけでも、王宮に来てよかった……そう感動している私に、アガタが水を差しました。
「あんた、もしかして王子様のおやつにそれを使うつもり?」
「うん、そのつもりだけど。駄目?」
「駄目よ。だって、ねえ……。王子様、お野菜は大嫌いなんだもの」
えっ。




