誕生会と暗躍と激映えスイーツ3
「それは、当日のお楽しみにございます」
「むう、また教えてくれぬのか。ケチめ」
私がそう言うと、おぼっちゃまはぷうと頬を膨らませました。
こういうところも、ちっとも変わりませんね。
「当日は忙しくて、余は食べている暇もあるまい。それでは臣下たちが先にシャーリィのお菓子を食べてしまうではないか」
「我慢してくださいませ。大事な誕生会でございますので」
そう、今回は大勢がご来場くださいます。
おぼっちゃまにはその方々としっかり言葉を交わし、結束を固くしていただかねば。
ですがどうしても、というのなら先におぼっちゃまにだけお菓子を用意しますが。
私がそう言うと、しばらく悩んだ後、こうおっしゃいました。
「いや、それでは誕生日の楽しみがなくなってしまうな。やめておこう。……ぬう、主催者である余が自由に楽しめぬとは、なんとつまらぬ。昔はもっと自由にやれたのに。大人になどなるものではないな」
なんて、まだまだ子供なのにそんなことを言うおぼっちゃま。
それがなんだかおかしくて、つい頬が緩んでしまいますが、そこでおぼっちゃまが真面目な顔をなさいます。
「しかし、心配なのは塔の魔女の事だ。空を飛ぶ、などと言って広めておるが、本当に大丈夫なのか?」
「うっ……」
それは、私にとっても不安な事でした。
ずっと空を飛ぶことを目標としていたジョシュア。
そんな彼女がついに飛行機を完成させ、誕生会にみんなの前で飛ぼうというのです。
場所は、王宮の庭にある巨大な池。
万が一落ちても大丈夫なように、そこに向かって飛ぶ計画で、そのために巨大な木造の滑走路まで作らせたのでした。
「たしかに、彼女の部屋で浮き上がるのは見た。だが、あの二つの翼を持つヒコウキとやらは、違う理屈で飛ぶものだろう? そう、鳥のように」
だが、本当にあの構造で空など飛べるものか? と、不安そうなおぼっちゃま。
そんなの、私だって心配ですとも。
たしかに、私は実際に飛べる飛行機の構造をジョシュアに伝えました。
ですがそれはうろ覚えで、大まかなところしかわかりません。
そして実際には、細部の構造こそが重要なはずなのです。
もし、万が一大事な誕生会で飛行機が墜落しようものなら、不吉なんてものではありません。
なにしろ、人まで使ってその話をあちこちに広めたのですから。
それがみっともない真似を見せたら、面目は丸つぶれ。
おぼっちゃまの威信にも陰りを生んでしまうでしょう。
いえ、最悪それは仕方ないにしても、なにより恐ろしいのはジョシュアが怪我をすることです!
私の大事な友達に、もしものことが起きたら。
それを考えると、不安で仕方がありません。
「……飛行テストは何度も重ねてまいりました。ですが、今回のように高台から飛ぶのは初めての試みでございます。不安ではあります、だけど……」
そう言うと、私はおぼっちゃまのお顔を見つめながら、力を込めて続けました。
「塔の魔女は、奇跡の魔女。彼女ならば、おぼっちゃまに恥などかかせないと私は信じております」
そう、きっとそのはず。
私にできるのは、大事な親友が夢を叶えると、そう信じることだけです。
◆ ◆ ◆
「ふん、魔女め。空を飛ぶなどと、とんでもない与太話を広めたものだ。しかも、それに釣られてやってくる馬鹿のなんと多いことよ」
「まったくだ。本気であんな話を信じるとは、どうかしている」
王宮のはずれ、誰にも聞かれない場所で、二人の男が言葉を交わしていました。
「とはいえ、万が一ということもある。魔女には失敗してもらって、しかもできれば落ちて死んでもらいたい。そのあたりの首尾に、抜かりはないな?」
「ああ、もちろん。奴が池に作らせた高台。その建築の責任者を買収して、強度が足りぬよう設計させた。奴があの馬鹿げたヒコウキとやらで飛び出そうとした瞬間、全部が崩れて地面に真っ逆さまだ」
「それは面白い! 奴は塔の魔女ならぬ、墜落の魔女となるわけだ!」
嬉しそうに言い合う二人。
そう、二人は反ウィリアム派の貴族たちでした。
ウィリアムに恥をかかせ、その部下である魔女を事故に見せかけて亡き者にしようというのです。
「そうなれば、小僧の誕生会は大失敗。情けない王者と思われるようになることだろうよ」
「ははは、実に楽しみだ。消えよ、小僧。我らが王は、ただ一人だ!」
暗い笑い声を上げる二人。
いよいよ、王宮に潜む闇が、静かにうごめきだそうとしていました。




