誕生会と暗躍と激映えスイーツ2
「ほんと、失礼しちゃうわ! 『キッチンに臭いが移るから他所で食べて』だなんて!」
ぷりぷりと怒りながら廊下を行くのは、もちろん私、シャーリィ。
手には、素敵な朝食を載せたトレー。
そう、私はまんまとメイドキッチンを追い出されてしまったのでした。
「ちっ……。権力が手に入れば、キッチンで日本のご飯も食べ放題だと思ったのに……」
皆様、私のことをお姉さまと呼びながらも、やんわりと怒ってらっしゃいました。
立場が弱いのは相も変わらず。
クリスティーナお姉さまのようにはいきません。
まったく、私が日本食をここまで再現するのに、どれだけ苦労したと思っているのでしょう。
味噌に納豆なんて、本当に想像していた数百倍大変だったんですから。
でもまあ、納豆やくさやはもちろん、みそ汁の匂いも海外の方は嫌いな人が多いと言いますし。
日本に行くと、街が味噌くさいなんて感想も聞いたことがあります。
日本人だって、海外の発酵食品の臭いは嫌いだったりしましたからね。
違う文化の料理とは、なかなか合わないものでございます。
まあいいです。
いつか絶対皆様に納豆を布教して、「納豆大好き!」「納豆なしでは生きられないわ!」「納豆! 納豆! 納豆!」と言わせてみせますから。
しょうがないから、自分の部屋で食べましょう。
なんて、思っていると。
そこで、廊下の向こうから知っている声が聞こえてきました。
「……なんだ、この臭いは。シャーリィ、お主、何を運んでおる」
鼻をクンクンさせながら、げっそりとした顔でおっしゃるのは、なんとおぼっちゃま!
こんな王宮のはずれに、おぼっちゃまがいらっしゃるではないですか!
「おっ、おぼっちゃま、どうしてこちらに!? しかも、お一人なんて……」
そう、おぼっちゃまは護衛もつけずお一人なのでございます。
暗殺の可能性もある折、そんな危険なことをしては……。
「うむ、少しだけだ少しだけ。ちゃんと剣も持っておるし、すぐそこには兵もおる」
「そ、それならよろしいですが……」
腰の剣をちゃらりと鳴らし、笑顔でおっしゃるおぼっちゃま。
そう言われてはあまりきつく言うわけにもいかず、引き下がる私。
すると、そこで側まで来たおぼっちゃまが、私の手にしているトレーを見て不思議そうに言いました。
「なんと、生ごみの匂いかと思ったら、ちゃんと皿に盛っておるではないか。なんなのだ、これは?」
と、納豆とくさやを見て不思議そうにおっしゃるおぼっちゃま。
さすがにおぼっちゃまに紹介するのは気恥ずかしいですが、やむを得ず私は「こちら、東方の発酵食品にございます」とお答えします。
「なんと、これが食べ物なのか!? 食べ物の出してよい臭いではないぞ! いや、だが発酵食品とはそういうものか。チーズも、嗅ぎなれぬものは悪臭であるしな……どれ」
そう言うと、おぼっちゃまはトレーに載った箸を手に取り、なんと、くさやに手をつけ始めたではないですか!
「おっ、おぼっちゃま!? こちら、癖が強いですゆえ、おぼっちゃまに召し上がっていただくには、そのっ……」
慌てて言いますが、時すでに遅し。
くさやをパクリと食べてしまうと、おぼっちゃまはくわっと目を見開きました。
「美味い、だと……!? 馬鹿な、余の舌はどうにかしてしまったのか!? 臭いと裏腹に、すごく美味しい……!」
そのまま、驚愕の表情であれこれ手をつけていくおぼっちゃま。
なんと、納豆やみそ汁まで美味しそうに食べているではありませんか!
「なるほど、ゴハンと一緒に食べるためのものなのか。順番に口をつけるとよい、と。このスープは、口直しに実に良い。なるほどなるほど……!」
なんて言いながら、結構な勢いで私の朝食を食べ進めるおぼっちゃま。
そして全部を綺麗に平らげると、ぷはっと幸せそうにおっしゃいます。
「いや、美味い! 良い朝食だ! シャーリィの作る物は、本当に何でも口に合うな。信じられん!」
まさか、和食の朝食までお好きとは。
本当におぼっちゃまの舌は懐が深いです。
……いやしかし、王宮の廊下で立ったまま和食を食べているお姿は、なかなかにシュールでした……。
「特に、このミソシルとやらが良かった。シャーリィよ。今度、余のために朝食も出してくれぬか」
「は、はい。お望みでしたら、いくらでも」
それはいいのですが、私の朝食なくなっちゃったな、と少し寂しい私。
まあどうせ後で試食があるので、お腹は問題ありませんが。
と、そこでおぼっちゃまの口元に食べかすが残っているのに気づいて、私はハンカチを取り出しました。
「おぼっちゃま、お口元を失礼しますわ」
「うん? うむ」
そう言って、大人しく拭かせてくださるおぼっちゃま。
ですが、その時、私はふと違和感を覚えてしまいました。
「あれ、おぼっちゃま……背が、伸びられましたか?」
そう、以前は私を見上げていたおぼっちゃま。
そのお顔が、もう私の肩ぐらいにあるのです。
「うむ、そうであろうな。余ももうじき十三歳だ。背ぐらい伸びねば恥ずかしい」
と、上機嫌におっしゃるおぼっちゃまのお顔も、どこか大人びてきているような。
元々可愛らしかったお顔が、実に整った美形へと育ってきている……!?
(そうか、年齢的にはもう中学生。成長期なんだわ)
毎日のように会っているのに、いまさら気づくなんて。
ああ、こうやってどんどん大人になっていくのね、なんて保護者目線でちょっと寂しくなってしまう私。
ですが、そこでいきなりおぼっちゃまが私の肩に手を回してきて、きゃっ、と小さく悲鳴を上げてしまいます。
「おっ、おぼっちゃま……?」
「今では、こうしてお主を抱き寄せることもできる。それで、なのだが」
そう言いながら、私にささやきかけるおぼっちゃま。
かっ、顔が近い!
いえ、寝室では毎回くっついていますが、シチュエーションが違うとなんだか違うというかっ……!
なんて、私がわたわたしていると、おぼっちゃまは真面目な顔でこうおっしゃったのです。
「……余の誕生会に、お菓子を出すらしいな。どんな新作を用意しておるのだ? 余はそれが気になって、仕事も手につかぬ」
…………ああ、はい。
中身は、ちっとも変わってませんね、これ。
相変わらず食いしん坊のおぼっちゃまで、私はほっと胸を撫で下ろしたのでした。




