誕生会と暗躍と激映えスイーツ1
「やあやあ、どうもどうも。随分とご無沙汰でしたな」
「いやいや、どうもどうも。最近、あちこちからひっきりなしに声がかかってきましてな。どうにもこうにも、大忙しでして」
エルドリアの一等地に建つ、豪勢な貴族の邸宅。
そこで、恰幅のいい紳士二人がそう親しげに言葉を交わしました。
「ほう、というと、やはりアレのことですか」
「ええ、アレのことです。いやあ、皆様目の色を変えておりましてな。国の勢力図を塗り替えてやるぞ、と鼻息も荒く」
誰かが聞いているわけでもないのに、声をひそめて話し合う二人。
それは、王の座に関する話で、それを話すだけでも反逆者として見られかねません。
だから、ぼかして話すのが一番なのでした。
「馬鹿げた話ですな。もし取り替えたりしたら、恐ろしいことです。船の舵を、素人に任せるようなものですぞ」
「素人なだけならいいのですが、その性格がアレではどうにも。やれやれ、それでは沈没すると考えないのでしょうか」
恐ろしげにつぶやきあう二人。
そして、これ以上話すのはやめておこうとばかりに、片方が話を切り替えました。
「ところで話は変わりますが、まもなく王の誕生会ですな。あなたは、ご出席のほうは?」
「いやあ、悩んでおります。さて、どうしたものかと」
「まあ、そう考えるのは無理もありません。ですが、私は出ようかと思っているのですよ」
「ほう、それはまたどうして?」
「それがね、目当てはかの高名な宮廷魔女のジョシュア殿なのです。あの方の作った、冷蔵庫なるものを見たことは?」
「いえ、残念ながら」
「これがもう凄い品でしてな、中が常に冷えてきて、氷すら作れるというのです。そんな凄いものを作れる彼女が、この誕生会で新作を発表するというのですよ!」
「なんと! それは気になりますな……どのような品で?」
「それがね、いまだに信じられないのですが、我々の目の前で空を飛んでみせるというのです!」
「なんですって? そんな馬鹿な。人間が空を飛べるわけがない! あなた、それは騙されておるのですよ。人気取りの嘘に決まっている!」
「いやはや、私もそう考えたのですが、あの魔女殿の言うことですからな。話半分でも期待してしまうというものです。もし飛んだら、歴史に残りますぞ! そんな一代場面を見逃したら、話題に乗り遅れてしまう!」
「……なるほど、それはたしかに貴族の名折れかもしれませんな……」
そして、二人は顔を突き合わせ、頭の中で忙しく計算を始めます。
さて、出るのと出ないの、どちらが得かと。
そして、その隣の邸宅でも、同じことに関する話題が上がっていたのでした。
「お父様。私、ウィリアム王の誕生会に出ますわ」
「なにっ!? 馬鹿な、駄目だと言っただろう! お父さんは、あっち側だと何度も説明しただろう!?」
それは貴族の父娘でした。
気難しい父親と、自由奔放に育った娘。
豪華なドレスを身にまとった彼女は、父親に怒鳴られても平気な顔で答えます。
「いいえ、絶対に行きますわ。だって……誕生会には、メイドスイーツの新作が出るらしいんですもの!」
メイドスイーツ。
それは、王宮のメイドたちが繰り出してくるという、珍しいお菓子の呼び名でした。
貴族の子女たちの間で、すでにそれは伝説の味として知れ渡り、いつのまにかそう呼ばれるようになっていたのです。
「予約がいつもいっぱいで、全然取れないメイドスイーツ。その新作が、食べ放題だというのです。行かないわけにはいきません。もし食べ損ねたりしたら、行った皆様にどれほどの期間、自慢し倒されるか……! これは女の戦争なのですよ、お父様!」
そう、華麗なる令嬢たちには令嬢たちの戦場があります。
華やかなパーティで自分の価値を誇り、殿方を奪い合う美しき戦場。
そこでの武器は、美貌と衣装、そしてなにより自慢話!
他人がしていない経験を語り、いかに素晴らしかったかを話す。
それはいわゆるマウンティングであり、互いを格付けし合う重要な所作なのでした。
「最近では、ネイルアートなる独特の装飾がじわりと人気になってきていますが、それを始めたのも元メイドなのだとか。王宮は流行の発信地。出遅れるわけにはいかないのです!」
「だっ、だがな、お父さんにも立場というものがっ……」
「何を言うのです、私がこんなに頑張るのもお父様のためでもあるのですよ! 私の価値、それはすなわちお父様の価値ではなくて!?」
「うっ……」
そう言われては、父親も強くは出れません。
娘が強力な権力者の家に嫁に行けば、父親の地位もぐっと上がります。
素晴らしい娘を世に送り出すこと、それもまた貴族のステータスなのですから。
「それに、ウィリアム王は若すぎますが素敵な方ですから。噂では、王妃候補ナンバーワンとされていた、ロスチャイルド家のアシュリー様が、最近はお家の意向で引き気味だとか。これは大いなるチャンスですわっ!」
そう、ウィリアムに気に入られれば、この国の王妃にだってなれる。
前王が身分の低い者を妻とした前例もあり、格の低い貴族の娘であってもワンチャンあるかもしれない。
そうでなくても、流行の場に行くことは大いに意義がある。
素敵なスイーツ片手に、王に口説かれる。
そんな夢物語に目を輝かせ、淑女たちは誕生会を目指すのでした。
「そういうわけで、新しいドレスがいりますの。はい、お父様、請求書」
「……着飾るだけで、この費用か……」
それぞれの家の父親に、死んだ魚のような目をさせながら。
◆ ◆ ◆
そして場面は変わり、王宮の廊下。
そこを、数名のメイドたちが元気に歩いていました。
「あー、良い天気! 絶好の料理日和ね!」
「ほんとねー! 今日は良いパンが焼けそうだわー!」
人目がないのをいいことに、きゃいきゃいとはしゃぐ彼女たち。
メイドが再編成され、チームとしての結束も深まり、まさに絶好調。
やる気に満ち満ちてメイドキッチンに飛び込む彼女たち。
ですが、その瞬間。
彼女たちは青い顔をして鼻をふさぎ、思わず絶叫を上げました。
「……くっっっさああああああああああいいいい! やだ、なにこの匂い!? なにか腐ってるぅ!」
そう、それは腐臭でした。
なにかが猛烈に腐ったような、嗅いだことのない臭い。
腐ったものを放置するなど、メイドキッチンであっていいことではありません。
「いったい、何の臭いっ……はっ!?」
そこで、彼女は気づきました。臭いの元、メイドキッチンの端っこ。
異臭を放つそこに座っていたのは、そう、彼女たちのメイド頭。
シャーリィだったのです!
「おっ、お姉さま……。な、なにをしてらっしゃるのですか……?」
なにか異様な臭いを放つものを皿にのせているシャーリィに、メイドの一人が恐る恐る声を掛けます。
彼女はシャーリィより先輩でしたが、シャーリィが一班のメイド頭となった以上、区切りをつけるためお姉さまと呼ぶことにしたのです。
すると、シャーリィはむすっとした表情のまま、こう答えたのでした。
「なにって、ご飯とみそ汁にくさやと納豆の、ゴキゲンな朝食を取っているだけだが?」




