クリスティーナお姉さまの結婚8
そう、今回の目玉は、三段重ねの超巨大ケーキ!
この世界にはまだ、ウェディングケーキという文化は生まれていないので、インパクトは絶大です!
巨大なケーキの上にこれでもかと華麗なデコレーションを施し、その頭頂部には花婿と花嫁をかたどった可愛らしい砂糖菓子が。
ジャクリーンが即興で作ってくれた、自信作です。
むこうで、ふふんと自慢げな顔をしているジャクリーン。
デコレーションも、ほとんどあの子がやってくれたのでした。
ほんと素晴らしい美的センスです!
「すっごい、まさにケーキのタワーだ……」
「こんな凄いの、どこの結婚式でも見たことがないぞ。いや、すごい!」
驚きと称賛の声が聞こえてきて、思わずむふーっと鼻息が荒くなってしまう私。
いやあ、こいつには苦労させられました。
ケーキを支えるための台座の設計と発注から始まり、山のような試行錯誤を繰り返し。
味、見た目とも今日の晴れ舞台にふさわしいレベルにまで引き上げるのは、本当に大変な作業でした。
でも、やってよかった。心の底からそう思います。
だって、ケーキを見つめるクリスティーナお姉さまの目が、キラキラと輝いているんだもの。
きっと、今日の日を思い出すたびに、このウェディングケーキの記憶もよみがえってくることでしょう。
思い出をプレゼントすること。
それこそが、私にできる精いっぱいの恩返しなのです。
「さあさ、どうぞ皆様のためにケーキを切り分けてくださいな! よければお二人で、ご一緒に!」
そう言って、大きなナイフを手渡す私。
すると、クリスティーナお姉さまと新郎様は、やや戸惑った様子。
ですがやがてにっこりとほほ笑み合い、すっとナイフをケーキに差し込んでくださいました。
「おおっ、いいぞいいぞ! おめでとう!」
「素敵だわ、絵になるわ!」
とたんに、ケーキの甘い香りとともに拍手が巻き起こり、会場は大盛り上がり。
どうやら、この演出は大成功の様子。
さすが全国の披露宴でこすり倒された、伝統的な演出です!
「ああーいいなあ、私もあれやりたーい!」
なんて、貴族のお嬢様たちが羨ましそうにしているので、もしかしたらこの国でもこすり倒されるかもしれません。
次はぜひ、違う披露宴で見てみたいものでございます。
もちろん、その時は心行くまでケーキを楽しむ側で!
「では、盛り上がったところで新婦様のご友人からお言葉をいただきましょう!」
進行役の方がそんなことを言い出し、クラーラお姉さまやエイヴリルお姉さまたちが壇上へと引っ張り出されていきました。
それでも準備していたのか、思い出話なんかを交えて会場を盛り上げ、クリスティーナお姉さまへの感謝を伝えるお二人。
さすがだなあ、なんて、私はヘラヘラ笑いながらボケっとそれを聞いていたのですが。
そこで、とんでもねえことが起こってしまったのでした。
「シャーリィ。次は、あなたの番よ」
なんて、なんて。
馬鹿なことを、エイヴリルお姉さまが言い出したのでございます!
「えっ、聞いてないんですけども!? むっ、無理ですぅ! 私、何にも考えてきてないので! いや、本当に無理ですって! だから押さないでぇ!」
必死の形相で訴えますが、みんなは半笑いで私をグイグイ押し出そうとしてきます。
風呂を拒否する猫のように、そこらへんにしがみついて抵抗を試みますが、それもむなしく、ついにポーンと壇上に放り出される私。
ちっ、ちくしょう、覚えてろっ。
「えっ、えーと……。わっ、私、シャーリィと申します。メイドとして、お姉さまにはたいそうお世話になりまして……」
たどたどしく話始める私を、会場の皆様はニヤニヤしながら見ています。
私を酒のつまみに、美味そうに酒を呑んでいる人までいる始末。
気分は、完全なる見世物パンダ。
ああ、あいつら、呑気に笹食ってるように見えて、日々こんなプレッシャーと戦っていたのね。
まあ、いいです。私で笑ってくれても。
だって……それを見てくださっているクリスティーナお姉さまが、とっても嬉しそうだから。
「私は、その、なんといいますか。問題児、という部類だったと思います。それはもう、ご迷惑ばかりおかけして。でもその度にフォローしてくださって、お姉さまマジ女神!て感じでして……」
こんな砕けた感じでいいのかしら、なんて考えつつも、話すたびにどんどん過去の記憶がよみがえってきます。
パンの捏ね方を教えてくださったり、粗相を一緒にフォローしてくださったり。
辛い日もあったでしょうに、いつも笑顔で、優しく接してくださったクリスティーナお姉さま。
そんなお姉さまが。
もう、メイドキッチンには戻ってこないなんて。
考えられない。そんなこと。
「本当に……本当に、お世話になりっぱなしで、まだちゃんと返せたか……どうか……」
だんだん視界がぼやけていきます。
駄目だ、お姉さまの大事な晴れ舞台なのに。
しっかりと、感謝を示さないといけないのに。
ああ、どうして。
……どうして、涙が出てしまうのでしょう。
「わっ、私っ……」
感情がぐちゃぐちゃになって、続きをどうしても言えません。
本当は……お嫁になんて行かないで、と言いたかった。
いつまでも、一緒にメイドをしてくださいって言いたかった。
自分の感情が一番で、相手のことも考えられない。
ごめんなさい、お姉さま。
私は、どこまで行っても、問題児のままなようです。
「……シャーリィ!」
みっともなく涙を流すことしかできない私に、クリスティーナお姉さまが駆け寄ってきてくださいました。
そのまま、私を抱きとめてくださるお姉さま。
ああ……あったかくて、甘い匂いのするお姉さま。
私の大好きな、お菓子の匂いがするお姉さま!
「お姉さま……。幸せになってください。どうか、幸せに……」
「ありがとう、シャーリィ。ありがとう、ありがとう……」
お姉さまは、涙声で何度もそう言ってくださいました。
涙でかすむその向こうで、新郎様が、涙を流し拍手してくださっているのが見えます。
ああ、あの方なら大丈夫。
きっと、お姉さまを幸せにしてくださる。
だから、お姉さま……どうか、お幸せに。
こうして、我らが偉大なるメイド頭、クリスティーナお姉さまは。
メイドキッチンを、巣立っていったのでした。
◆ ◆ ◆
「はー、披露宴凄かったわねえ……。最高の披露宴だったわ」
「ほんと、最高だった……。あー、私も早く結婚したい!」
披露宴から、数日後。
いまだ興奮冷めやらぬメイドキッチンで、みんながそんなことを言い合っているのが聞こえてきます。
どうやら、あの立派な披露宴はみんなの記憶に強く残った様子。
これに影響を受けて、結婚ラッシュになったりしたらちょっと困るなあ……。
なんて、私が自分勝手なことを考えていると、そこでメイド長がやってきました。
「なんですか、お前たち。もう何日も経つというのに、腑抜けきっているではないですか。シャキッとしなさい、その様でクリスティーナに顔向けできるのですか?」
「もっ、申し訳ありません、メイド長!」
慌てて整列するメイド一同。
あー、やはりこういう時はこの人ですね。
ゆるんだ空気に、冷水をぶちまけてくれました。
こういう所だけは、なかなか真似できません。
「さて。バタバタとして大変だったでしょうが、ゆっくり休んでいる余裕はありません。なぜかは、わかりますね? シャーリィ」
「はい、メイド長! まもなく、おぼっちゃまのお誕生日だからです!」
そう。夏を前にして、まもなくおぼっちゃまが誕生日を迎えられるのです。
そして、おぼっちゃまの誕生日にはパーティが開催されるのが習わし。
例年は、そこで出す料理はシェフたちが独占していて、私たちはただの給仕係でした。
ですが、今年は違います。
なにしろおぼっちゃまは王様で、情勢的にもここは味方を増やす大チャンス。
そのため、なんと私たちも調理に加わることとなっているのでした!
「そう、お誕生日会。これは、是が非でも成功させなければいけません。ですが、今の私たちは組織的にやや混乱しています」
それは、ジャクリーンとクリスティーナお姉さまが巣立ち、メイドの班が二班と三班、そして我が五班だけになっていることを言っているのでしょう。
いろいろ複雑な出来事も多く、メイド頭たちに続いて引退した方も何人かおり。
今までは元一班や四班のお姉さまたちに、あちこちの班に入ってもらい、どうにかごまかしていたのでした。
「大勝負を前に、このままではよろしくありません。ですので、ここで班を再編成しようと思います」
それは、予想していたとおりのお話でした。
そろそろ来るだろう、と誰しもが思っていたことです。
「おぼっちゃまも前ほどお召し上がりにならなくなり、五つの班にこだわる理由も薄くなってきました。なので、このまま班を三班までとし、いずれかの班を一班としようと思うのですが、どうでしょう」
「異議なし!」
「意義ありませんわ」
メイド長の提案に、二班のクラーラお姉さまと、三班のエイヴリルお姉さまが賛同します。
もちろん私も。
(実績や経験からいっても、クラーラお姉さまの班なら一班にふさわしいわ。みんなも、ついてくるはず)
それに、クラーラお姉さまなら気心が知れているから、私的にも楽ですし。
もちろんエイヴリルお姉さまも大好きですし、どちらでも問題ありません。
私としては、なんにしろお二人を精いっぱい盛り立てていくだけ。
気楽なもんだわ、なんてニコニコしていると。
そこで、クラーラお姉さまがとんでもねえことを言い出したのでした。
「メイド長! 新しい一班のメイド頭ですが、私はシャーリィがふさわしいと思います!」
…………はい?




