クリスティーナお姉さまの結婚7
「皆様、本日はお足元が悪い中、お集まりいただき本当に……」
進行役の方が定型文を読み上げ、いよいよ披露宴が始まりました。
長い前振りの後、奥の扉からやってくる新郎とクリスティーナお姉さま。
その美しさに、会場から感嘆の声が上がりました。
「うわあ、二度目だけど、お姉さま綺麗すぎる! 素敵……!」
「新郎様も、すっごいイケメン! うわあ、いいなあ、お姉さまいいなあ!」
「ああー、私も結婚したい! 羨ましい、羨ましい!」
お友達エリアからそれを見て、きゃいきゃい騒ぐ私たち。
気分はもう、完全に夢見る少女です。
……まあ、着てるのはメイド服だし、ここから配膳の作業があるのですけども。
「おめでとう、おめでとう! こんな才色兼備の美人を妻にできるなんて、待っててよかったな!」
「これで両家の縁もますます深まりますな! いやあ、めでたいめでたい! 二人の門出に、乾杯!」
なんて、すでにほろ酔い気分のご両親たちが喜びの声を上げます。
会場はすっかりなごやかムード。
両家共に穏やかな性格のようで、良い披露宴になりそうです。
「ところで、新婦は王宮のメイドだったそうですな。噂は聞いておりますぞ、王宮のメイドが出す料理は絶品だとか」
「ええ、本日はそちらが出るそうですぞ、いやあ、普段は田舎料理ばかりだから実に楽しみだ。はるばる王都まで来たかいがあるとよいのですが」
なんて声も聞こえてきて、にやりとほくそ笑む私。
期待値は高いですが、大丈夫。
それを軽々と超えて見せますとも。
「皆様、急な事でしたがこうして駆けつけてくださって、本当にありがとうございます! 本日は、新婦のメイド仲間が、王宮で絶賛されている料理をふるまってくれるそうです。大いに呑み、楽しみましょう!」
新婦のお父様がそう声をかけ、いよいよ食事の時間となりました。
私たちはキッチンに飛び込むと、すでに盛り付けが終わっている料理を運び出します。
そうしてどんどんテーブルに並べられる料理を見て、参列者の皆様が驚きの声を上げました。
「おお、なんとも華やかな料理だ! これは素晴らしい!」
「なんて良い匂いなのかしら! ああ、ずっと嗅いでいたい!」
全部が並ぶのを待てない様子で、どっと詰め寄せる皆様。
そう、本日の食事は立食スタイル。
日本での披露宴とは違い、こちらでは自由に行き来して、交流しながら食事をするのが主流なのでした。
「まあ、綺麗! エビをこんな風に出すなんて、素敵……!」
さっそく注目を浴びているのは、結婚式と言えば、これ!って感じのアレ。
そう、ロブスターのテルミドールにございます!
伊勢エビやオマールエビ系の、でっかくてお高いロブスター。
それをぶつ切りにして二つに分け、その断面の上にベシャメルソースをかけて、オーブンでじっくり焼き上げた一品でございます。
「やだ、見た目だけじゃなくて本当に美味しいっ……! 嘘でしょ、エビをこんなに美味しいって思ったの初めて!」
「身がプリプリで、ソースがそのおいしさを何倍にも増幅している。これは素晴らしい、素晴らしいぞ! ああ、ワインが進みすぎてしまう!」
テルミドールに舌鼓を打つお客様たち。
それもそのはず、ロブスター君たちは、今日のために特別に確保してもらっておいた最高級品なのでした。
その身は、噛むと弾力がありつつも、口の中で甘くとろけ。
この一か月、みんなで練習を繰り返してきた極上ベシャメルソースと混ざりあい、口の中を楽園へと変貌させてくれる、最強の料理に仕上がっていたのでした。
もちろん、飾りも忘れていません。
その周囲には、飾り切りされたフルーツが盛り付けられていて、とびきりカラフルに披露宴を盛り上げてくれています。
「君、このスパゲッティ素晴らしく美味しいな! 赤いスパゲッティなんてありえないと思ったが、実に美味い!」
「ありがとうございます! そちら、カニのトマトクリーム・スパゲッティですわ!」
同様に高い評価を受けているのは、赤いスパゲッティ。
ほぐしたカニの身とトマトで彩られた、見た目も素敵なスパゲッティにございます。
この国ではまだ、トマトに対する風評被害がありますが、やっぱり食べればお口に合うようです。
なの、ですが。
「うおっ、なんだこれ、真っ黒じゃないか。失敗作か、これ……?」
「不気味だわ。何の料理なのかしら、これ」
その隣に置かれた、それ。
真っ黒な色のスパゲッティは、見た目のせいで大不評でございました。
(あっ、やばい、滑ったかも……)
それは、パーティなら変わり種も欲しいな、と私がねじ込んだ品。
そう、イカ墨スパゲッティなのでした。
「こっ、こちら、イカを使ったパスタにございます! おっ、美味しいですよ? いかがです?」
「そうは言われても、これはちょっと……。他の料理もあるし、遠慮しておくよ」
そう言って、すっと去っていく皆様。
ああ……やっちまいました。
私渾身の作、イカ墨パスタはどうやら認めてもらえないようです。
まあ、正直さすがの私だって、最初見た時はありえないだろって思いましたし。
仕方ないのかも。
真っ黒なのもそうだし、なんでイカの墨を料理に使うの!? って疑問もそうだし。
ああ、やはりこの国で出すには新しすぎた。
不評すぎるし、キッチンに下げておこうかしら、と考えていると、そこででっぷり太った初老の貴族様が声をかけてきました。
「君。これ、ほんとに食べられるの?」
「あっ、はい、もちろんにございます! 美味しいですよ!」
「そうか。わしは、こう見えても美食家でな。王都で真っ黒なスパゲッティを食べてきた、と言えば良いみやげ話になりそうだ。どれ、いただこう」
そう言って、少しだけイカ墨スパゲッティを皿に移してくださる貴族様。
ああ、それです! それを狙っていたんです!
華やかな舞台で、大事なのはインパクト。イカ墨くん、君の出番だ。やったね!
そして、恐る恐るイカ墨スパゲッティをお口に運ぶ貴族様。
そして噛むこと数度。
やがて、くわっ、とその目が見開かれました。
「馬鹿なっ……。美味い、美味いぞ! なんだこれは、未知にして最高の味だ! 美味いぞおおお!」
なんて言って、夢中で食べ進めてくださる貴族様。
ええ、そうでそうそうでしょう、予想外にもすっごく美味しいんですよね、イカ墨スパゲッティ!
独特の、コクがある、とでもいうのでしょうか。
やや塩っ辛い風味が、食べるほどクセになるんですよね。
「ええっ、そんなのが本当に美味しいのですか? ちょっと信じられないなあ」
「騙されたと思って食べてみなされ。良い思い出話になるし、これはスパゲッティの革命ですぞ!」
そう言って、笑顔で周りにイカ墨スパゲッティを勧める貴族様。
ですが、その歯は……案の定、真っ黒に染まっておりました。
ああ、そうなりますよね、イカ墨スパゲッティを食べた後って……。
とにかく、料理はどれもこれも大絶賛を受けています。
どなたも、料理を楽しんでくれていて、とってもうれしそう。
みんなで苦労して作ったかいがありました。
そして、そんな中。
「この、薄いパンの上にチーズを載せたやつ、素晴らしく美味しいな……! 凄いぞ、こいつは最高だ!」
「こんなに薄いのに、味に深みがあって最高だわ! いくらでも食べられそう!」
なんて、ひときわ人だかりができている料理が。
そして、その輪の中には新郎様の姿もあり、それを味わいながら嬉しそうにおっしゃいます。
「君、この料理、なんて言うんだい! 凄いぞ、こんなに美味しいもの初めて食べた! ぜひ料理名を教えてくれ!」
それを聞いて、私はちらりとクリスティーナお姉さまに視線を向けました。
すると、お姉さまとバッチリ目があい。
微笑みあうと、私は自慢するように言ったのでした。
「そちら、ピザと申します。クリスティーナお姉さまもお得意な料理ですわ。ぜひ、新婚生活でも味わってくださいませ!」
そう、それはお姉さまにパンの焼き方を教えていただいた、思い出の一品。
一緒に築き上げた、最高の料理。
お姉さま。私、あの日のこと、絶対に忘れません。
「皆様。ここで、とびきりのサプライズがあるそうです。ご注目ください!」
皆様の胃袋がそれなりに満たされた頃合いで、新郎のお父様がそう声をかけました。
なんだなんだ、次は何が出てくるんだと注目が集まる中。
私たちが、カートを押してそれを運び込んでくると、会場にざわめきが起きました。
「な、なんだあの大きいの? 真っ白だが、食べ物、なのか?」
「甘い香りがするから、たぶんそうでしょう。お菓子のたぐいかと」
「王様におやつをお出しているという、メイドの特別製ということでしょうかな」
「なんだかよくわからないけど、素敵っ! 幻想的だわっ……」
「やーん、披露宴にあんなの出してもらえるなんて、羨ましいっ!」
そんな驚きの声が聞こえてくる中、ケーキを新郎と新婦の前まで押していきます。
それを見たクリスティーナお姉さまも、びっくり顔。
それもそのはず、ケーキを出すとは言いましたが、こんな形だとは一言も言ってなかったのです。
つまりこれは、サプライズ。
それは、三段に並んだ巨大なケーキ。
クリームでコーティングし、その上にたくさんの装飾が施された、最高に美しい夢の一品。
そう、それは、言うまでもなく!
「ウェディングケーキでございます! お姉さま……ご結婚、本当に、本当におめでとう!」




