クリスティーナお姉さまの結婚4
「どっ、どうしましょう、急がないと調理にも取り掛かれないわ! お昼の披露宴まで時間がないわよ!?」
「どこから取り掛かる!? あっちもこっちも、泥だらけよ!」
「むっ、無理だわ、間に合わない! 今からでも、代わりに披露宴の食事を出してもらえるよう、どこかに掛け合ったほうが……」
「そんなの駄目よ! クリスティーナお姉さまは、私たちにお願いしてくださったのよ!?」
「仕方ないでしょ! 穴をあけて、お姉さまに恥をかかせるよりましでしょう!」
「ああ、こんな時、クリスティーナお姉さまがいてくだされば、的確に指示してくださるのに……!」
メイドみんなが慌てふためいて、まるでハチの巣をつついたような騒ぎです。
こういう時頼りになるメイド長は、介添人として、昨夜からクリスティーナお姉さまについてくれています。
だからここは、私たちでどうにかしないと。
でも、ああ、どうしよう……!
このままじゃ、お姉さまの披露宴を台無しにしてしまう!
(いや駄目だ、私まで混乱していたら。考えろ、考えるのよ私……。どうすれば最善なのかを!)
……全員で披露宴は、無理だわ。
それは、もう諦めるしかない。
なら、どうするか。
代わりに料理を頼むのは、駄目。
それだけは、私たちで作らなくてはいけない。
なら。
心を決めると、私は全員に呼びかけました。
「みんな、聞いて! 人を分けるわ!」
すると、メイドのみんなはぴたりと動きを止め、そして次の瞬間、ぱっと班ごとに列を組んで整列してくれました。
そう、クリスティーナお姉さまの号令でそうするように。
「まず、全員で正面入り口から客間までをチェック。汚れたものはすべて取り換えて、通路の清掃を最優先。すぐに掃除が無理な部屋は、連絡して今日の使用を禁止にしてください。それがすんだら、二班と三班はすぐ調理に移ってください。披露宴の食事だけは、必ず出します。いいですねっ!?」
「はいっ!」
みんなが、ぴたりと声をそろえて返事をしてくれます。
ですが、そこで二班のクラーラお姉さまがおっしゃいました。
「あっ、あんたんとこの五班はどうするつもりだい、シャーリィ?」
それに、私はにこりとほほ笑みを返すと、はっきりと答えました。
「私の班は、終日、清掃とおもてなしを行います。どこかがそれをせねばなりませんから。足りない手は、私があちこちに声をかけてどうにかしますわ。どうか、お姉さまたちは披露宴に行ってくださいませ」
「シャーリィ、あなた……」
三班のエイヴリルお姉さまが、驚いたように言います。
そして、クラーラお姉さまが動揺した様子でおっしゃいました。
「馬鹿な、あんたが一番、食事を出すの楽しみにしてたじゃないか! なんであんたが、割を食らわなきゃっ……」
「いいんです。だって、お姉さまたちのほうが、ずっとクリスティーナお姉さまとのお付き合いが長いんですもの。そうじゃなきゃ、いけないのです」
「でもっ……」
まだなにか言いたそうなクラーラお姉さま。
ですが、それをさえぎるように私は声を張り上げました。
「言い合ってる時間はないわ! 料理の作り方は、みなさん完璧に身に着けてらっしゃる! 私がいなくても、大丈夫よ! ……さあ、完璧に仕上げて、クリスティーナお姉さまを安心させるのよ! 行動、開始!」
「はいっ!」
元気に返事をして、メイド全員がてきぱきと動き出します。
クラーラお姉さまとエイヴリルお姉さまは、まだ何か言いたげでしたが、結局は言葉を飲み込んで行ってくださいました。
そして、私はそこに残っているわが班の三人に声を掛けます。
「ごめんね、こういうことになっちゃった。みんなも、本当は行きたいでしょうけど……手伝ってくれる?」
すると、アンにクロエ、それにサラは笑顔で言ってくれます。
「もちろん! 恰好良かったわよ、シャーリィ」
「みなさんを安心させるため、私たちで頑張りましょう!」
「お姉さま、素敵です! 一生ついていきます!」
それに私はうなずき、号令をかけました。
「ありがとう! じゃあ、さっそく取り掛かりましょう! 五班、シャーリィ班! 気合い入れていくわよ!」
そう、クリスティーナお姉さまだってきっとわかってくれます。
メイドは、王宮でのお仕事を保ってこそのメイド。
私が行けなくたって……いいえ、行かない私をきっと褒めてくださる。
だから、私は。
今、全力でメイドをやってみせますわ。
◆ ◆ ◆
「クリスティーナ。こんなところで、なにをやっているのです」
王宮からほど近い場所にある、披露宴会場。
その庭から、心配そうに王宮を見つめているクリスティーナに、メイド長のクレアがそう声を掛けました。
「……心配なのです。この嵐では、王宮にも被害があったはず。みんな、今頃大変なんじゃないかと思って」
不安そうな顔で、つぶやくように言うクリスティーナ。
そして、うつむきながら続けます。
「こんな日に結婚だなんて。私、みんなの迷惑になってしまったかも。しかも料理なんて頼んで、馬鹿なことをしてしまったわ。どうしよう。そうだわ、今からでも、断りの連絡をっ……」
そう言って、駆けだそうとするクリスティーナ。
ですがそれを、クレアが肩に手を置いて止めました。
「馬鹿なことはやめなさい。料理は、あの子たちも出したいと願ったものでしょう。あの子たちが無理だと言ってこない限りは、待ってあげなさい」
「でっ、でもっ……」
「心配なのはわかります。でも、今は、あなたが教えたあの子たちを、信じてあげなさい」
「……はい」
そう答えはしましたが、クリスティーナは、まだどこか心配そうに王宮に視線を向けたのでした。




