赤くて美味しい素敵なあいつ3
「カカオぉ? あんたたちが? なんで?」
アガタが目を白黒させました。
よほど意外だったのでしょう。
「カカオは、シェフが王様にお出しするサラダに時々使ってたみたいね。けど今は王様が臥せっておいでで、王子様はカカオなんて食べないから無駄になってたはずよ。そんなものを、あんたたちメイドが何に使うわけ?」
「それがね、これに使うの」
そう言って、持ってきていた最後のチョコのかけらを差し出します。
アガタはそれを受け取ってしげしげと見つめ、やがてそっと口に含んで驚いた声を出しました。
「……甘い! それに、美味しい!? 嘘でしょ、これ、あのカカオ!? あんたたち何をしたの!?」
驚くのも無理はありません。
おそらくアガタの認識では、カカオは”苦くてまずいけど健康にいい王侯貴族向けの食材”だったのでしょう。
気分的には、我が強く反抗的な息子のようなもの。
それがこんな甘くてフレンドリーな顔して戻ってきたらそりゃ驚きます。
おまえ……大人になったなあ!ってね。
「あーでも、確かにカカオだわこれ……。後味にカカオの風味があるわ。まさか、カカオをこんなおやつにしちゃうなんて。刻んで砂糖をだいぶ入れた、だけじゃこうはならないわよね。驚いたわ。これ、あんたが考えたの?」
「そういうことになってます」
「どういう返事よ、それ」
などとツッコミを入れてくるアガタ。
すると、どこか自慢げなアンが言いました。
「シャーリィは凄いのよ。ほんと、考え方が独創的なの。それも作るのにほんっとうに手間がかかるんだけど、王子様が美味しい美味しいって喜んでくださるの。私達の自慢だわ」
「そうね、自慢していいわよこれ。安く量産できたら、我が国の名産品として出せそうだもの。凄いわ、あんたたち」
と、まっすぐに褒めてくれるアガタ。
ですがすぐに顔を曇らせて言いました。
「でも、無理ね。カカオはうちの国では普通採れないもの。この農園のカカオも、実がなるまでまだ数ヶ月かかるだろうし」
「えっ、そうなの!?」
私は思わず驚きの声をあげてしまいました。
次は、数ヶ月後!? 私とアンは顔を見合わせて、絶望的な表情を浮かべます。
「そうなの。あんたたちに出してた分が全部で、次はまだまだ先よ。カカオの実は年に何回も採れるけど、前に収穫してからそんなに時間が経ってないし、この農園には少ししか植えてないしね。収穫はまだまだよ」
「そんなあ……。魔女様のお力で、こう、一気に成長させたりは出来ないんですか!?」
アンが泣き顔で言うと、アガタはしかめっ面で答えました。
「あー、そういう勘違い、してるやつ多いのよねー。魔女って言っても、そんな奇跡みたいな力が使えるわけじゃないわよ。いや、森の大魔女様ならわかんないけどさ」
森の大魔女。また知らない単語が出てきました。
ですが、今はそれはさておいて。アガタが続けます。
「でも、私程度だとほんと大したことはできないわよ。私は、土をちょっと操作できるぐらいで、あとは植物の声が聞こえるだけなの」
「植物の声……って、喋るの? 草や花が」
前世の絵本などではよく見た話でありますが、植物が喋れても大したことを言うとは思えません。
せいぜい、腹減った~だとか喉乾いた~だとか、その程度では。
そう考えていると、アガタがにやっと笑いました。
「そう、あんたが想像してるとおりよ。あいつら、腹減ったーと喉乾いたーぐらいしか言わないわよ」
心を読まれました。やだ、大したことはできないって言ったくせに。
「ふふん、今のは魔女の力じゃないわ。あんたの顔に出てただけよ。……実際、言葉というよりあいつらの欲求ね。それがわかるの。だから、それに合わせて肥料をやったり、水をやったり、状況を整えてやるの。魔女なんて言われてるけど、私がやってることはほとんどその程度よ」
なるほど。でも、それだけであれほど立派な農園ができるものでしょうか。
適した産地がそれぞれ違うものも栽培してたみたいですけれども。
そもそも、カカオはもっともっと温かい場所でなければ育たないはずです。
前世の世界でも、ガーナだとかブラジルだとか、限られた地域でしか栽培されていませんでした。
冬にはそれなりに冷え込むこの国に向いているとは到底思えません。
などと私が疑問を口にしようとしたところ、それより先にアンが声を上げました。
「じゃあ、つまり数ヶ月はチョコをお出しできないってことね……。うわああん!」
そのまま、顔を覆ってまた泣き出してしまうアン。しょうがない子です。
抱き寄せてよしよしと頭を撫でつつ、一応アガタに尋ねました。
「えーと、輸入品のカカオなんかは……」
「今はないわね。本来は、もっとずっと温かい南の国に生えてるものらしいから。船乗りに聞けば、もしかしたら持ってるかもしれないけど……望み薄ね。カカオは高い割に好んで買ってくれる人が少ないから、あんまり船に積みたがらないと思うわ」
頼めば仕入れてくれるとは思うけど、それでもやっぱり数ヶ月はかかる。それに、船は天候次第でどうなるかわからないから確実に手に入るとは限らないわ、と続けるアガタ。
なるほど。前世の世界でなら、まず沈まない大きな輸送船で大量に運べるカカオも、この世界では命がけの航海の産物。
望んでも、確実に手に入るとは限らないのです。
「元々、カカオは全然消費してもらえないから数を用意する必要がなかったの。作っても持て余されてたし。そういうわけで、わざわざ来てもらって悪いけど今すぐは用意できないわ。ごめんね」
「ううん、アガタのせいじゃないわ。無理を言ってごめんなさい」
謝ってくれるアガタに、こちらも頭を下げます。
そしてようやく落ち着いてきたアンをそっと離し、少し考えたあと私は言いました。
「じゃあ、代わりに出すものを考えないとね。アガタ、よかったら農園を見せてもらってもいい?」
「いいわよ、大歓迎。見ていって、私の自慢の農園を」
そう言って、アガタはニコリと微笑みました。




