クリスティーナお姉さまの結婚2
「……シャーリィ。あなた、どうしてここに……。もしかして、聞いていたの?」
「はっ、はい、ごめんなさいっ! ぐ、偶然通りがかって、声をおかけしようと思ったんですけど、そのっ。つい、聞こえてしまいましてっ……!」
カッコつけようとして、思いっきり噛んでしまい、わたわたと慌てる私。
すると、お姉さまは少し困った顔をした後、小さく笑って「いいのよ」と言ってくださいました。
「ちょうど、誰かに話を聞いて欲しいと思っていたの。よければ、隣に座らない?」
「あっ、は、はい! 失礼します!」
そう言って、お姉さまの隣に腰掛ける私。
私でよければ、お話しいただけませんか。
なんて、格好つけようとしたのにこの様です。
似合わないことは、するものじゃありません。
「……今の方は、お姉さまの婚約者さん……なんですよね?」
探るようにそう言うと、お姉さまはこちらを見ないまま小さくうなずきました。
そして、顔を伏せてとつとつと話し始めます。
「彼と私の両親が、仲が良くてね。子供の時から決まっていたの。でも、彼とは仲良しだったから全然嫌じゃなかった。いつかお互い立派になったら、素敵な結婚式を挙げようって約束していたの」
なんと、幼馴染で婚約者とは。
素敵ですが、私としてはちょっと窮屈かなって思わないでもありません。
……それに、私の幼馴染と言えば、今は亡きアルフレッドですし。
死んでませんけども。
「あの方のことを、愛してらっしゃるのですね」
「……うん。大好きよ。彼がいるから、私は安心してメイドでいられた。会える日が本当に楽しみで、辛い時の支えだった。あの人以外と結婚したいなんて、ちっとも思わないわ」
良かった。
もしかして、お姉さまはあの方との結婚が嫌なんじゃ。
なんて思いましたが、そういうわけではないようです。
ならば。
ここは、後押しするしかないでしょう!
……本当は、嫌だけど。すごく、だけど。
お姉さまには、幸せになって欲しいですもの!
「お姉さまっ。なら、躊躇することはありませんっ! 私たちのために、ご自身の幸せを諦めないでくださいっ!」
ご心配をおかけしたのは、私の不徳。
もちろん、お姉さまがいなくなればとてつもない痛手です。
でも、私たちだって成長しました。きっと、やってみせます。
だから、どうか今は自分の事だけを考えてくださいまし!
お姉さまの手を取り、そう熱弁を振るう私。
すると、お姉さまは驚いた顔をした後、寂しそうな顔でおっしゃいました。
「違うのよ、シャーリィ。それは、言い訳なの。……最初はね。将来、家を継ぐ彼のために、名を上げるためにメイドになったの。でも……やってるうちに、楽しくなっちゃって」
そう言って、お姉さまは幸せそうに笑いました。
きっと、メイドとして頑張り続けた日々を思い出しているのでしょう。
「おぼっちゃまはすくすくと成長なされて、お仕えすることがすごく嬉しかったし、メイドの皆と過ごす日々はとても楽しかった。おやつを作る腕が上がるたびに達成感があったし、いいおもてなしができた日は、本当にぐっすりと眠れた。いつのまにか……私にとって、メイドであることが全てになっていたのよ」
そして、お姉さまは肩を落として、うめくようにおっしゃいました。
「私、怖いの。彼の領地は遠くにあるから、お嫁に行くのなら王宮から離れることになってしまう。私は臆病者だから、メイドじゃなくなって遠くに行く自分に、どれほどの価値があるのかが怖いの。人生を捧げてきた事以外のことが、本当に私にできるのか。本当に、私が良い妻や良い母親になれるのか。不安で、不安で仕方がない。それを、皆が心配だなんだと言い訳して……私は、最低だわ」
そう言うと、お姉さまの目元から、ぽろりと涙がこぼれました。
それを隠すように、両手で顔を覆うお姉さま。
それを見て、私も自然と涙ぐんでしまいました。
いつも凛としていて、大人びたお姉さま。
そんなお姉さまでも、不安に心が押しつぶされそうな時があるんだ──。
それを考えると、私はたまらなくなって。
立ち上がると、お姉さまの頭を、そっと抱きかかえてしまいました。
「……シャーリィ?」
「お姉さま。良いことだけ、考えてください。お姉さまは、そのままでもとっても素敵だわ。お姉さまより良い奥さんやお母さんなんて、どこにもいません。私が断言しますっ!」
そして、お姉さまの両肩に手を添えると、私はその目をじっと見て続けます。
「お姉さまのお子さんだもの、それは素敵な子が生まれてきます。お菓子を食べられる歳になったら、ぜひ王宮にお連れください。この私が、腕によりをかけて歓迎いたしますわっ!」
そう、それは素敵な未来予想図でした。
とっても活発な男の子と、お姉さまによく似た女の子。
そんな二人を、綺麗なドレスを身にまとったお姉さまが連れてきて、私の出すおやつを家族で嬉しそうに食べてくださるのです。
そんな未来が、必ず来る。
そのために、おぼっちゃまも、メイドの皆も、お姉さまの分まで私が守ってみせます!
私がそう宣言すると、お姉さまは、ようやく笑ってくださいました。
「そんなの、どれぐらい先になるかわからないわ。あなた、そんな時までメイドを続けるつもり?」
「もちろんです、私は料理一筋ですから! 十年後でも、二十年後でもメイドですともっ! ぶっちゃけ、メイド長の後釜を狙ってますから! だから、お任せあれっ!」
おどけた調子で、胸を叩きながら言う私。
すると、お姉さまは目元の涙をぬぐい、優しい顔でこう言ってくださったのです。
「……ありがとう、シャーリィ。あなたのおかげで、心が決まったわ。私──あの人と、結婚する」
◆ ◆ ◆
「──そういうわけで、クリスティーナは結婚して、メイドを退職することとなりました」
それから数日後の、メイドキッチン。
メイド長がそう告げると、メイドのみんなが悲鳴のような声を上げました。
「うそっ、クリスティーナお姉さまが!?」
「嘘でしょ、お姉さまなしじゃやっていけないわっ……!」
「お姉さま、考え直してくださいっ! お姉さまなしじゃ、私生きていけませんっ!」
「馬鹿、めでたいことじゃないっ! わっ、笑って送り出して差し上げないと、だっ、駄目よっ……」
絶望の表情を浮かべる人、ぺたりとその場にへたり込む人、涙がこぼれるのをぐっと我慢している人。
皆の反応を見ていると、お姉さまの人徳というものを嫌でも思い知らされます。
ああ。
お姉さまは、皆に、これほど愛されていたのですね。
「あんたら、シャンとしな! そんなんじゃ、クリスティーナが安心して嫁にいけないだろうがっ! 泣き顔なんて、見せるんじゃないよ!」
そう気丈に言う、二班のクラーラお姉さま。
でも、その目元にも涙が光っていました。
静かに見守っている、三班のエイヴリルお姉さまも一緒です。
お二人には事前に知らされていましたが、それでも辛いはずです。
私よりずっと長く、王宮で共に過ごしてきたのですから。
「みんな、ごめんね。ありがとう。どうか、私の分も、おぼっちゃまにお仕えしてね」
「お姉さまあっ!」
わっと、みんなが一斉にクリスティーナお姉さまを取り囲みました。
この中で、クリスティーナお姉さまの世話になっていない人なんて一人もいません。
それを見て、さすがのメイド長も、ハンカチを頬に当てながら言いました。
「いいですか、これは喜ばしいことなのです。クリスティーナは、メイドとして最高の仕事をしました。別れを惜しむだけでなく、誇りに思いなさい。そして、彼女を失望させないよう、あなたたちも努力を続けるのです。いいですね」
「……はい、メイド長!」
メイド長の言葉に、全員の声が合わさりました。
ですが、まだまだしめっ気が強いメイドキッチン。
これではいけない、と思い、私は手を上げてこう言ったのでした。
「あのっ! 提案があるのですがっ!」
そして、みんなの視線が集まってきたところで、私はにやりと笑うと、こう続けたのです。
「よければ、なのですが。……お姉さまの結婚式に、私たち全員で、最高のケーキを出しませんか?」




