太っちょ貴族と摩訶不思議なる肉料理5
「おお、我が王よ! 今宵は最高のディナーをありがとうございます! これほどの歓待を受けたのは、生まれて初めてだ! ええ、懇意にしている皆にもきちんと話を通させてもらいますぞ! この私の名に懸けて!」
ディナーも終わり、帰り際。
マグダナウ卿は、わざわざ見送りに出向いたおぼっちゃまに、感動した様子でそう言いました。
その手には、契約の内容をしたためた書類が、しっかりと握られています。
よほどご提示した内容が気に入ったのでしょう。
もっとも、美食でとろけた頭でサインしたものなので、翌朝、しっかりと目を通したら「騙された」と思うかもしれませんけどもね。
ですが、それだけではなく、おぼっちゃまは新規公共事業の一部をマグダナウ様の一派に任せると約束されたので、儲かるのは間違いありません。
それを守るために、この方はきっと大いに働いてくれることでしょう。
いやあ、お金に目がない人ほど、交渉しやすい相手はいませんねっ。
「うむ。気を付けて帰れよ、マグダナウ卿。今度はもっと大勢で食卓を囲うとしよう。もちろん、見たこともないような最高の肉料理でな」
「おおっ、王よ、あなたは私の太陽だ! 永遠の忠誠を誓いますぞ! ああ、お別れするのが寂しゅうございますぅ!」
そう言って感動の涙を流しながら、馬車に詰め込まれてご自身の邸宅へと帰っていくマグダナウ卿。
それを見送ると、おぼっちゃまがふうとため息をつかれました。
「やれやれ。皆が、あのようだと助かるのだがな」
「いえいえ、全員あの調子ではこちらが疲れてしまいますわ。たまにいる、ぐらいでちょうどよろしいかと」
なんて言いあい、微笑みを交わす私たち。
なんにしろ、今夜の作戦は大成功。
自分の立場を、どちらかの陣営に高く売りつけようと考えていたであろうマグダナウ卿を、こちらに転ばせることができました。
とはいえ、まだまだ勝負はここから。
今こうしている間にも、敵陣営は地盤を固めていることでしょう。
これからますます頑張り、なんとしてもおぼっちゃまをお守りせねば!
そう燃えながらも、私はお仕事に戻られるおぼっちゃまをお見送りし、軽い足取りでメイドキッチンへと向かいます。
(ふふん、無事ミッションも成功したし、とりあえず今日はここまで。これで、いい気分でおやつにありつけるわっ)
そう、自分のご褒美用に、私はメイドキッチンの冷蔵庫に、夜食スイーツを用意しておいたのでした。
今日の夜食スイーツは、なんとシフォンケーキの生クリーム添え!
夜食スイーツというだけでも罪深いのに、ふわふわ触感のシフォンケーキに、さらに生クリームまで添えちゃうなんて、まさに大罪です!
死後、地獄で、巨大スイーツ上りの刑ぐらいに処されても不思議ではないですねっ。望むところですけど!
ああ、やっぱり私にとって、スイーツはゆるふわ触感でなくてはいけません。
やわらかいスイーツが、ふわっと最初の一口を受け止めてくれる瞬間。
あれこそがまさに、私の生きている意味なんです!
なんて、上機嫌で、るんたったと廊下を行く私。
ですがそこで、窓から見える中庭に、どなたかが座ってらっしゃるのに気づきました。
「あら? あのお姿は……」
窓から差し込む照明の光に照らされ、ベンチに座る、メイド姿の美しい方。
それは間違いなく、一班のメイド頭にして私のパンの師匠、クリスティーナお姉さまでした。
いつも凛々しく、美しいクリスティーナお姉さま。
ですが、今は肩を落として、どこか元気がないように見えます。
(……どうしたのかしら? なにかあったのかしら)
なんだか心配になって、中庭に下りて声をかけようとした私。
ですがそこで、誰かの声が聞こえてきて、私は慌てて木の陰に身を隠しました。
「──なあ、クリスティーナ。そろそろ、いいだろう?」
それは、男性の声でした。
クリスティーナお姉さまのそばに誰かがいて、熱心に何かを話しかけているのです。
(いけない、どなたかと一緒だったのね。邪魔するところだったわ)
そっと覗いてみると、そのお相手は、どうやらお若い貴族の方のようでした。
見事な金髪に純朴そうな瞳をした、おそらく美形と言っていい類のお顔をしてらっしゃいます。
クリスティーナお姉さまと並ぶ姿は、なかなかに様になっていて、正しく美男美女といった風情でございました。
(もしかして、逢引き中だったのかしら)
クリスティーナお姉さまに恋人がいる、という話は聞いたことがありませんでしたが、いたって不思議はありません。
お姉さまの年齢は、確か二十代中ごろ。まだまだ若いし、あの美貌なのですから、男なんてそれこそ掃いて捨てるほど寄ってくることでしょう。
まあ、逢引き中にしてはお姉さまの顔色が優れないのが気になりますが。
邪魔しちゃいけないわ、と、そっと中庭を去ろうとする私。
ですが……その時、とっても気になる話が聞こえてきて。
私は、つい立ち止まってしまったのでした。
「なあ……いいだろう、クリスティーナ。そろそろメイドを辞めて、僕と結婚してくれ」
──はい?




